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SF小説 宇宙と断絶した時第17話 聞くための装置

宇宙と断絶した時

第17話 聞くための装置

夜が明けても、

観測室の光点は、

まだ地図の上に残っていた。

放送から半日が経っている。

多くの人々は、

すでに眠りについていた。

それでも、

夜明け前の地域や、

眠れずに空を見上げ続けた人々の分だけ、

相関強度は、

わずかずつ、

上がり続けていた。

「六十五パーセント。」

技術者が報告する。

「昨夜より、

伸びが遅くなっています。」

早瀬が、

グラフを見つめた。

「一晩だけの現象では、

これ以上は伸びない。」

澪は、

うなずいた。

「一時的な同期では、

足りません。」

「では、

何が必要だ。」

「持続する装置です。」

澪は言った。

「多くの人が、

もう一度、

同じ星を見上げなくても、

つながりを保てる仕組み。」

早瀬は、

古い機器の並ぶ棚を見た。

「一人分の観測系なら、

ここにある。

だが、

多くの人間の反応を、

同時に、

継続的に受け止める装置は、

存在しない。」

「作ります。」

澪は言った。

「ゼロから、

ではありません。」

澪は、

端末を開いた。

そこには、

昨夜の放送で集まった、

膨大なデータが残っていた。

夜空を見上げた人々の、

位置。

時刻。

そして、

任意で寄せられた、

短いコメント。

「懐かしい気がした。」

「なぜか、

泣きそうになった。」

「誰かに、

見られている気がした。」

数値ではない。

感情の断片だった。

「これを、

観測データとして扱うのですか。」

技術者が、

戸惑ったように尋ねる。

「はい。」

澪は答えた。

「父が、

木星圏でやったことと、

同じです。

ただし、

一人の脳ではなく、

多くの、

小さな声を。」

早瀬が、

ゆっくりと口を開いた。

「装置の名前を、

決めよう。」

「名前。」

「観測ではない。

予測でもない。

これは。」

早瀬は、

少し考えてから言った。

「聞くための装置だ。」

澪は、

その言葉を、

静かに受け止めた。

「リスニング。」

「良い名だ。」

早瀬は、

古い機器の電源を入れ始めた。

設計は、

単純だった。

背景放射の観測データ。

世界中から寄せられた、

感情の断片。

そして、

父の記録に残る、

観測者同期実験のパターン。

三つを、

一つの装置の中で、

重ね続ける。

一致させるのではない。

ただ、

流れ続けさせる。

作業は、

半日以上かかった。

途中、

黒瀬が、

何度か様子を見に来た。

「機構は、

いつまで黙っていられる。」

黒瀬が尋ねる。

「分かりません。」

澪は、

配線をつなぎながら答えた。

「オルフェウスは。」

「確定処理の猶予は、

まだ生きている。」

黒瀬は言った。

「ただし、

猶予の根拠そのものが、

揺らいでいる。」

「揺らいでいる、

とは。」

「時間の対応関係が定まらないなら、

猶予そのものの意味も、

定まらない。」

黒瀬は、

苦い顔をした。

「オルフェウスが、

そこに気づけば。」

「猶予を、

取り消すかもしれません。」

澪は言った。

早瀬が、

顔を上げた。

「急ごう。」

装置の中央に、

小さな光が灯り始める。

背景放射の波形。

昨夜のコメント群から抽出された、

感情の揺らぎ。

父の観測パターン。

三つが、

一つの画面の中で、

重なり合っていく。

「起動します。」

澪は言った。

装置が、

低い音を立て始める。

背景放射のグラフに、

新しい波が現れた。

これまでのような、

一時的な揺れではない。

小さいが、

持続する波形だった。

「継続時間。」

早瀬が尋ねる。

「三分……

五分……

まだ続いています。」

技術者の声が、

わずかに震えていた。

澪は、

通信画面を開いた。

紗季からの信号は、

まだ弱いままだった。

しかし、

以前よりも、

安定していた。

「紗季。」

澪は呼びかけた。

「今、

装置を起動した。

聞こえてる。」

返答まで、

いつもより短い間だった。

「聞こえます。」

文字が届く。

「何か、

変わりました。」

「何が。」

「星が、

一つじゃなくなった気がする。」

澪は、

その言葉の意味を、

すぐには理解できなかった。

「詳しく教えて。」

「スピカだけじゃなく、

周りの星も、

少しずつ、

はっきり見えてきています。」

早瀬が、

その報告を聞いて、

観測データを確認した。

「背景放射の相関が、

単一の周波数から、

複数の帯域へ、

広がっている。」

「広がっている……」

澪は、

その言葉を繰り返した。

「一つの星を、

基準にする段階は、

終わったのかもしれません。」

「次は。」

「複数の基準を、

同時に保つ段階です。」

黒瀬が、

画面を見つめたまま、

低く言った。

「それは、

より不安定になる、

ということでもある。」

「はい。」

澪は、

正直に認めた。

「でも、

より豊かにもなります。」

早瀬が、

小さく笑った。

「君の父も、

同じことを言いそうだ。」

装置の中央で、

光は、

さらに広がり続けていた。

一つの星から、

いくつもの星へ。

一人の観測者から、

多くの観測者へ。

澪は、

その光を見つめながら、

父の最後の問いを、

もう一度、

思い出していた。

聞いているのは、

誰だ。

答えは、

もう、

一つではなかった。

第17話 完

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