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SF小説 宇宙と断絶した時 第12話 三つの拍動

宇宙と断絶した時

第12話 三つの拍動

早瀬宗一郎が電源を入れると、古い観測室の奥で、低い駆動音が響き始めた。

二十年間、眠っていた機械だった。

配線の一部は、澪が持ち込んだ新しい部品に置き換えられている。

しかし、中心にある観測系そのものは、父が使っていたものと同じだった。

「動きます。」

早瀬が言う。

「動くのと、

使えるのは別です。」

澪は答えた。

画面には、

三つの空欄が並んでいる。

地球側観測系。

アステリア側観測系。

そして、

未接続の第三系統。

父が切り離された観測区画。

澪は、

自分の腕に電極を取り付けた。

脳波。

心拍。

皮膚電位。

すべてが、

観測系へ接続される。

「本当に、

一人で受けるのか。」

早瀬が尋ねる。

「複数の人間を接続すれば、

同期が不安定になると、

父の記録にありました。」

「だから一人にする、

というのは、

父と同じ選択だ。」

澪は、

早瀬を見た。

「父は、

一人を残して他を戻しました。

私は、

一人で三つをつなぎます。

違う選択です。」

早瀬は、

何も言わなかった。

ただ、

隣の端末に座り、

補助観測の準備を始めた。

澪の役目ではない部分を、

外から支える。

それしかできることはなかった。

「地球側、

接続完了。」

澪は言った。

観測系が、

地球の各観測所からのデータを取り込み始める。

背景放射。

精密時計網。

量子通信の記録。

すべてが、

一つの画面へ集まってくる。

「アステリア側、

接続。」

弱い信号だった。

数値列。

断続的な音声。

読唇解析による文字。

どれも、

完全な情報ではない。

それでも、

観測系は、

その断片を拾い上げていく。

「第三系統。」

澪は、

一瞬、

手を止めた。

二十年前、

父が残された場所。

そこに何があるのか、

誰も知らない。

「開けます。」

澪は、

接続を実行した。

画面に、

古い記録が流れ込む。

背景放射のパターン。

船内時計の値。

そして、

微弱な、

人間の脳活動に似た波形。

「反応がある。」

早瀬が、

身を乗り出した。

「生きている、

ということですか。」

「分からない。

ただ、

パターンは、

止まっていない。」

澪は、

三つの観測系を、

同時に画面へ表示した。

一致はしない。

補正しても、

重ならない。

それぞれが、

それぞれの中で、

正しい値を示している。

「重ねます。」

澪は言った。

観測系が、

三つのデータを、

一つの座標へ変換するのではなく、

並べたまま処理を始める。

画面に、

星図が現れた。

スピカ。

三つの観測系、

それぞれが見ているスピカの位置が、

わずかにずれながら、

同じ場所を指していた。

澪は、

自分の意識を、

その星へ向けた。

幼い頃、

父と見た夜空。

「星は、

見えている場所にあるとは限らない。」

父の声が、

記憶の中でよみがえる。

そして、

もう一つの記憶。

紗季の声。

「お母さんは、

宇宙の声は聞くのに、

私の話は聞かない。」

澪は、

その二つの記憶を、

同時に抱えたまま、

星を見つめ続けた。

脳波計の数値が、

大きく揺れる。

「心拍数、

上昇。」

早瀬が読み上げる。

「まだ大丈夫です。」

澪は答えた。

画面の中で、

三つの観測系が、

少しずつ近づいていく。

一致するのではない。

重なっていく。

地球側の時刻。

アステリア側の時刻。

第三系統の時刻。

三つの針が、

同じ円の上で、

別々の位置を指しながら、

同じ速さで動き始めた。

「同期率、

上昇中。」

早瀬の声が、

緊張している。

「三十パーセント。」

「四十。」

澪は、

意識を保ったまま、

スピカだけを見続けた。

位置は考えない。

距離も考えない。

ただ、

同じ星を、

三つの場所が見ている。

その事実だけを、

保持する。

「五十パーセント。」

画面に、

新しい波形が現れた。

アステリア側の音声回線に、

かすかな声が混じる。

「……お母さん……」

紗季の声だった。

はっきりしている。

以前より、

ずっと近い。

「聞こえる。」

澪は言った。

「紗季、

聞こえる。」

「お母さん……

装置は……」

「動いている。

そのまま、

窓の外を見て。」

「見えるのは……

同じ星……」

その時、

第三系統から、

別の反応が現れた。

音声ではない。

文字でもない。

だが、

人工知能が、

その波形を解析し、

一つの言葉へ変換した。

画面に、

短い一文が表示される。

「聞いているのは、

誰だ。」

澪は、

その文字を見つめた。

父の最後の問いと、

同じだった。

しかし、

今度は、

過去の記録ではない。

今、

第三系統から、

新しく生成された波形だった。

「父……」

澪は、

呼びかけた。

「聞いています。

私です、

澪です。」

反応が返る。

だが、

言葉にはならない。

代わりに、

観測系全体の同期率が、

急激に上昇し始めた。

「六十。」

「七十。」

早瀬が、

声を上げる。

「危険域に近づいている。」

「まだ止めないで。」

澪は言った。

「もう少しで、

紗季たちの位置が確定します。」

「君の脳への負荷が、

限界に近い。」

「分かっています。」

画面の中で、

三つの星図が、

ほとんど重なりかけていた。

地球。

アステリア。

第三系統。

同じスピカを、

同じ角度で見ている。

「八十五パーセント。」

その時、

観測室の扉が開いた。

黒瀬恒一が立っていた。

背後には、

数名の機構職員がいる。

「止めろ。」

黒瀬が言った。

早瀬が振り返る。

「どうやってここへ。」

「オルフェウスが、

観測網の異常な出力を検知した。

同期率八十パーセントを超える人為的な観測操作。」

黒瀬は、

澪を見た。

「今すぐ止めろ。

脳への影響が、

回復できない領域に入る。」

澪は、

答えなかった。

答える余裕がなかった。

意識の大部分が、

すでに観測系へ引き込まれている。

「九十パーセント。」

早瀬が、

震える声で読み上げる。

黒瀬が、

装置へ駆け寄ろうとする。

澪は、

かすれた声で言った。

「触らないで。」

「正気か。」

「今、

切れば……」

澪の声が、

途切れる。

画面の中で、

三つの観測系が、

完全に重なった。

その瞬間、

観測室のすべての画面が、

一斉に同じ光を放った。

背景放射の説明不能相関。

数値、

検出。

地球。

アステリア。

第三系統。

三か所すべてで、

同時に。

そして、

アステリアからの通信に、

映像が戻った。

紗季の顔。

はっきりと見える。

「お母さん、

見える。」

紗季が言う。

「地球が、

見える。」

澪は、

意識の中で、

その言葉を聞いた。

同時に、

第三系統から、

もう一つの反応が届く。

言葉ではない。

だが、

確かに、

何かが応えていた。

観測系の記録には、

新しい一行が刻まれた。

観測者、

三名。

同期継続中。

早瀬が、

叫んだ。

「澪、

戻れ。」

澪の視界が、

白く染まっていく。

スピカの光だけが、

その中に残っていた。

第12話 完

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