偉大なる科学者の大失敗・第22話 正しい実験で、なぜか少しずつ間違った答えに近づき続けた測定値の話
偉大なる科学者の大失敗・第22話
正しい実験で、なぜか少しずつ間違った答えに近づき続けた測定値の話
これは、誰かが嘘をついた話ではありません。むしろ、ノーベル賞を受賞するほど優れた実験によって決定された数値が、その後何十年もかけて、多くの物理学者たちの手によって、少しずつ、しかし確実に間違った方向へと据え置かれ続けてしまった話です。
1. 油の粒で「電気の最小単位」を捕まえる
1909年、アメリカの物理学者ロバート・ミリカンは、電子が持つ電気量、つまり「電気素量」を求めるための精巧な実験を考案します。細かい霧状にした油の粒を、上下から電圧をかけられる装置の中に浮かべ、重力と電気の力を釣り合わせることで、油滴に帯びたわずかな電荷の大きさを求めるというものでした。
この「油滴実験」によってミリカンが導き出した電気素量の値は、当時の測定技術としては驚くべき精度でした。彼はこの功績により、1923年にノーベル物理学賞を受賞します。以後、ミリカンが示したこの数値は、物理学における基礎定数として、長らく教科書に採用され続けることになりました。
2. 後継の測定値が、なぜかいつも同じ方向にずれ続けた
ところが、その後数十年にわたって世界各地の物理学者たちが、より精度の高い装置で電気素量を測定し直すたびに、興味深い現象が起こります。新しい測定値は、ミリカンが示した数値からわずかにずれた、より正確な値を示すようになるのですが、そのずれ方が奇妙なことに、毎回ミリカンの値から少しずつ、同じ方向へとしか動かなかったのです。まるで、正しい値へ一足飛びに到達するのを、何かが妨げているかのようでした。
のちに科学史・科学社会学の研究者たちがこの現象を分析し、一つの興味深い説明にたどり着きます。それは、後続の研究者たちが自分の測定結果を検討する際、無意識のうちに「権威あるミリカンの値から、あまりにもかけ離れた結果は、自分の実験のどこかに誤りがあるに違いない」と判断し、ミリカンの値に近い測定結果ばかりを採用し、大きく外れた結果を「失敗データ」として除外してしまう傾向があった、というものです。ミリカン自身も、実際の油滴実験では条件の良いデータだけを選んで公表していたことが、のちに彼のノートから明らかになっています。
3. 権威という重力から、少しずつ抜け出していった数値
この「権威ある数値からかけ離れた結果を、無意識に排除してしまう」傾向は、のちに科学史家たちによって「アンカリング(投錨)効果」の一例として広く知られるようになりました。最初に示された数値が、まるで船の錨のように、その後の測定者たちの判断をずっと引き留め続けてしまったのです。
最終的に電気素量の値がミリカンの示した数値からきちんと修正され、現在知られている正確な値に落ち着くまでには、およそ半世紀近い年月を要しました。この間、決して不正な実験が繰り返されていたわけではなく、それぞれの研究者は皆、自分なりに誠実に実験と向き合っていました。それでも、最初の権威ある数値という重力から完全に自由になるには、それだけの長い時間がかかったのです。
■ 今回のオチ
ミリカンの油滴実験そのものは、決して的外れな失敗ではありませんでした。彼が示した数値は、当時としては十分に優れた、称賛に値する成果でした。この話の本当の「失敗」は、むしろその後に続いた大勢の研究者たちの側にあります。
一人ひとりの研究者は、誰も不正をしているつもりはなく、むしろ「立派な先人の結果を尊重している」つもりでした。しかしその謙虚さの積み重ねが、結果として真実にたどり着くまでの歩みを、半世紀近くも遅らせてしまったのです。
どれほど権威ある結果であっても、それを絶対の基準として自分のデータの取捨選択を行ってしまえば、集団としての科学はかえって真実から遠ざかってしまうことがある。
少しずつしか動かなかった電気素量の測定値の記憶は、「権威を尊重することと、権威に測定そのものを歪められることは、紙一重である」という教訓を、今も静かに物語っています。
(第22話・おわり)
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