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意識の謎は、まだ解けていない(第13話) 失われた腕が、まだそこにある感じ

意識の謎は、まだ解けていない(第13話) 失われた腕が、まだそこにある感じ

1. ないはずの手が、痛む

事故や病気で腕や脚を失った人の多くが、奇妙な体験をすると言われています。失ったはずの手足が、依然として"そこにある"ように感じられるのです。これは「幻肢」と呼ばれる現象です。

さらに厄介なことに、その存在しない手足に、耐えがたい痛みを感じることがあります。「幻肢痛」と呼ばれるこの症状では、握りしめたまま切断された手が、そのまま握りしめられ続けているような感覚に、当人が苦しめられ続けることさえあります。もはや存在しない体の一部が、なぜこれほどリアルに"感じられて"しまうのでしょうか。

2. 「体の地図」は、脳の中にあった

この謎を解く鍵は、脳の中にある「体性感覚野」と呼ばれる領域にあります。ここには、体の各部位に対応する、いわば精巧な"体の地図"が描かれています。手を触られれば、その地図の手に対応する部分が反応し、私たちは「手が触られた」と感じます。

問題は、手そのものを失っても、脳の中のこの"地図"は、そう簡単には書き換わらないという点です。地図の上の「手」の領域は、実際の手がなくなった後も残り続けます。そして何らかのきっかけでその領域が活動すると、脳は「手が何かを感じている」という情報として、それをそのまま受け取ってしまうのです。感じているのは、腕の先ではなく、脳のこの"古い地図"そのものだったのです。

3. 鏡を使って、痛みを騙す

この理解から生まれた、驚くほどシンプルな治療法があります。「ミラーセラピー」と呼ばれるものです。患者の前に鏡を置き、健康な側の手を鏡に映し、あたかも失った側の手が鏡の中に"存在している"かのように見せるのです。

多くの患者が、この鏡に映った"存在しない手"を動かすことで、実際に幻肢痛が和らぐと報告しています。脳は、目から入ってくる視覚情報を優先的に信じる傾向があります。鏡の中で動く手を見せられると、脳の中の"古い地図"は、まるで本当に手が動いて痛みから解放されたかのように、情報を更新してしまうのです。

4. 「感じ」は、体そのものではなく脳が作っていた

幻肢痛は、私たちに重要な事実を突きつけます。体の感覚とは、体そのものから直接もたらされるものではなく、脳が体について作り上げている"モデル"を通して初めて成立する、間接的な現象だということです。

私たちは普段、自分の手や足を、まぎれもなく「そこにある」ものとして感じています。しかし幻肢の存在は、その"そこにある"という感覚自体が、脳が絶えず更新し続けているシミュレーションの産物にすぎないことを教えてくれます。体さえも、私たちが直接触れている実体というより、脳が描き続けている一枚の地図なのかもしれません。

5. 「私の体」という感覚も、作られたものだった

これまでの回で見てきた色や音のクオリアだけでなく、「これは私の体だ」という、最も基本的で疑いようのない感覚さえも、脳の働きによって作り出された構成物だったということになります。

もし体の感覚がここまで書き換え可能なものだとしたら、「私」という存在の輪郭そのものも、私たちが思っているよりずっと柔軟で、作り替え可能なものなのかもしれません。意識の謎は、まだ解けていません。そしてその謎は、心の中だけでなく、私たちが最も身近に感じている、自分自身の体の中にも根を張っているのです。

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