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閉鎖病棟とはどんなところなのか

自分歴史の中でも本当につらかった話の一つです。
何かを伝えるわけでもなくただどんな所だったのか書きます。

数年前にうつ病をこじらせ気づけば保護室にいました。絶望的な気分でした。閉鎖病棟というのはその名の通り外部との接触を遮断して治療に専念するところでです。誰かに会いたくても余程のことがないと許可はでません。

その中でも保護室という部屋があります。言い方はよくないかもしれないが動物を監視する大きな檻のような部屋でした。

部屋の上にはカメラがありトイレとペラペラの布団のみ。食事は小窓からスッと出てきます。直接手渡しはしません。何か悲しい気分になったのを覚えています。私は猛獣か。

たしか風呂は1週間に3回だった気がします。そこは病院によって違うと思います。うつ病がひどい時自宅のふろに入るのも辛かったのに病院で逆に制約されると入りたくなり毎日入りたいと懇願していました。歯磨きは寝る前だけ。

他の患者さんの声とかこわい音とかは保護室にいても聞こえるので3日で大人が半泣き状態で看護師に退院させてくれとお願いしましたがだめでした。

1週間経過して先生から一般部屋に移動許可は出ましたが鍵付きで自由に廊下にさえ出ることはできませんでした。ここからが本当の暇との闘いでした。1日やることがないのでベッドにころがって空眺めるだけの生活でした。スマホの持ち込みはNGでした。病院によってはOKの所もあるのでしょうか。そこはわかりません。

数日くらいするとだんだん暇を越して「無我の境地」になりました。
頭の中がすっきりしてくる感じでした。ぐるぐるした思考が落ち着いてくる感じです。これが治療なのかと初めて薬以外で実感しました。

入院のポイントとして環境を変える=リセットするイメージでよいと思います。

症状が安定してくると制限時間つきで鍵が開きます。次第に午前、午後、終日といった感じに。出入りが出来るということは他の患者さんと顔を合わせることになります。年齢は幅広く様々な精神疾患を持ったひとたちです。

怒りながら独り言を言うおにーさん、自分の病室がすぐに分からなくなるおばーちゃん、昔レディースだったらしくエアバイクにまたがり私にブンブンいっている総長。様々。

中には自分でコントロールができず暴れん坊もいますがそこは精神科の先生たち。あっという間に拘束されて部屋に戻されていました。

広い談話室ではトランプや囲碁、将棋、オセロ、雑誌、新聞などありました。テレビもあるので浦島太郎になることはなかったです。看護師さんたちとも話はするのでちょっとしたコミュニティのような所でした。

入院して1か月以上するとだいぶ自由になり毎日好きな時間にお風呂がはいれるようになりました。つまり一番風呂が狙えるのです。入院生活の楽しみです。お風呂のシステムは変わっていて浴場の中に家庭サイズの湯舟が何個もありました。独占できるのは気持ちがよかったです。洗濯ものはランドリーあるので自分でするか委託?するかだと思います。

院内の売店には残念ながらいけず看護師さんにお金を渡してお使いをたのでいました。シャンプー買ってきてというように。

最終解放として看護師付きではありますが屋外での散歩と軽い運動がありました。もちろん病院の敷地内ですが広大だったので十分でした。入院したのが2月くらいで桜の木がたくさんみれる部屋に入って長期間の花見をしました。気分がよかったです。

それと病院のご飯は好みではなかったです。かなりの薄味。こんなこというとおこられるけど。

退院近くなると外泊訓練として家に帰りその様子を報告、いったん病院に戻り問題なければ退院という流れですが当時コロナが流行していてそこはカットされました。院内クラスターに過敏になっていた時です。

トータル3,4か月入院した精神科の話でした。

最後までお読みいただきありがとうございました。



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