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自立した1人のアーティストとしての声明──Visions / ALICE MERTON【ディスクレビュー36】

ドイツ・フランクフルト生まれ、イギリス・ドイツ・カナダにルーツを持つシンガーソングライター、ALICE MERTON(アリス・マートン)。

幼少期はカナダ、アメリカ、ドイツ、イギリスと転居を繰り返し、「どこにも根を下ろさない」という感覚を抱えたまま育った。5歳からクラシックピアノを学び、一時はオペラを志し、17歳でソングライティングに目覚めた。

2016年のデビューシングル「No Roots」が世界的なヒット(2026年5月現在YouTubeで4億回再生)。

楽曲だけでなく、そのノマド的なライフスタイルを含め、共感と羨望のムーブメントを巻き起こす。

2019年の1stアルバム『Mint』、2022年の『S.I.D.E.S.』を経て、2026年1月。独立レーベルPaper Plane Records Internationalから3rd『Visions』をリリース──メジャーに頼らず、権利を自ら保持する。

Flóki Studiosを含むアイスランドの複数の都市で録音された本作。

神秘的かつダイナミックなアイスランドの景観が、自由で風通しの良いアレンジを作品にもたらした。実験的かつ「自立したアーティストとしての声明」が息づいている。


お気に入りの楽曲①「Ignorance Is Bliss」

アルバムのオープニングトラックにしてリードシングル。もともとはピアノで書かれた曲が、制作する過程でロック調へと進化を遂げた。

控えめに始まり、サビで爆発する構成──スタンプビート(足踏みのようなリズム)とコーラスが一体となり、スタジアム規模のスケール感を作り出している。

ベースとギター、ドラムの上に、シンセサイザーや鍵盤楽器の一種であるメロトロンが重なる層の厚さも、この曲の強度をしっかりと下支えしている。

「無知は福」という言葉を逆手に取った歌詞も印象的。

他人の意見やフィードバックを遮断し、自らのビジョンに集中する──それは意固地ではなく、自分を信じる覚悟だ。

外部の批評に惑わされず「自分がいたい場所に立っている」と言い切る自己肯定が、アルバム全体の宣言的なトーンを決定づけている。


お気に入りの楽曲②「On the Wire」

アリス本人が「じわじわと良さがわかる曲」と評し、一方で聴くと自宅で踊り出してしまうのだとか。思い入れのある一曲であることがわかる。

キャッチーなメロディラインはこれまでの彼女らしさを保ちつつも、このアルバム全体に根付くロックな空気感がベースにある。

「ワイヤーの上を歩く」ような危うさ。直面する恐怖や葛藤を隠すことなく正直に歌い上げる。

アリス自身が「お気に入りの1曲」として挙げるのは、この曲が鏡のように自分の内面を如実に映しているからなのかもしれない。派手さではなく、ありのままの感性で勝負する一曲だ。


Visionsは、誰かに向けて作られたアルバムではない。自分のビジョンを信じることができなかった過去の自分へ、そして今も同じ葛藤を抱える誰かへ──外部の批評に惑わされず舵を握り続けることの難しさと、それでも握り続けることの意味を、13曲かけて鳴らし続けた作品だ。


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