E123 Dooley Wilson-As Time Goes By
サムの歌が聞こえる夜
映画『カサブランカ』主題歌を酒場スタイルで語る
1942年映画『カサブランカ』で、サム(ドゥーリー・ウィルソン)がピアノで歌い出すあの一曲。ハーマン・ハプフェルド作・作曲1931年のジャズ・バラード『時の過ぎゆくままに』(As Time Goes By)だ。戦火に包まれるモロッコの酒場で流れるこの曲は、禁じられた恋の哀感を映す象徴となり、一躍世界中に知られることになった。映画界ではアメリカ映画主題歌の名作2位にも選出され、NPRの20世紀米国名曲100にもランクイン。ま、そんな肩書き抜きにしても、聞けば酒場の空気まで甘酸っぱく染めてしまう甘美なメロディーなのは間違いないだろうよ。(記:森田和義)
作詞:Herman Hupfeld(ハーマン・ハプフェルド)作曲:Herman Hupfeld
編曲:マックス・スタイナー(映画全体の音楽監督としてスコアを担当。曲自体の原編曲は特定されていない)
プロデューサー:ハル・B・ウォリス(映画『カサブランカ』製作総指揮)
発売日:1942年11月26日(映画公開)※ウィルソン盤の商業レコードは当時未発売。
レーベル:Warner Bros. Pictures(映画版音源)
収録スタジオ:詳細不明(映画撮影はワーナー・ブラザース・スタジオ内セットで行われた)
※「オリジナル録音」という言い方は、映画用サウンドトラックのテイクを指す。商業シングルとしての正式な“オリジナル録音盤”は当時存在しなかった点に注意。
参加アーティスト
ドゥーリー・ウィルソン(歌唱)、
ピアノ演奏はスタジオ・ミュージシャン(ジーン・ヴィンセント・プラマー説が有力)
チャート・受賞
1931年ルディ・ヴァレ盤がリリース当初に小ヒット。1942年のミュージシャンズ・ストライキの影響でウィルソン盤は当時レコード化されず、ワーナーは代わりにヴァレ盤を再発。結果的にこちらが再評価された。
ウィルソン版のシングルは1977年に英国で発売され、翌78年1月に英シングルチャート15位を記録。(オーストラリア86位)。
映画『カサブランカ』自体は1943年の第16回アカデミー賞で作品賞・監督賞・脚本賞を受賞。主題歌としての評価も高く、アメリカ映画100年祭ベストソングで第2位、NPR選出20世紀米国重要曲100にも選ばれた。
楽曲のエピソード
もともとは1931年のブロードウェイ・レビュウ『Everybody’s Welcome』挿入歌だった。ハプフェルド自身はニュージャージー出身の歌手兼作曲家で、この曲はイギリスのダンス・オーケストラでも取り上げられていたという。しかし長らく埋もれていた歌が映画『カサブランカ』で日の目を見ることになったのは、プロデューサーのハル・ウォリスの采配による。ウォリスは音楽をキャラクターと捉え、リックとイルザを結びつける特別な曲としてこのナンバーを重視した。マックス・スタイナーは当初この古い曲を使うことに難色を示したが、イルザ役のバーグマンが撮影後に髪を短くしていたため、該当シーンの再撮影が不可能になった。結局ウォリスが「この曲は外せない」と押し切り、スタイナーは映画全体のスコアとして再構成した。外からは「まるで自分で作ったかのような豊かなロマンティック・スコア」と評されるほど仕上げたという。
映画では、開幕33分後にサムが「もう一度だけ……」と歌い始めるシーンが有名だが、この曲は実はリックが酒場で「禁じ手」にしていた曲。かつて分かれたイルザの面影を呼び起こすからだ。イルザが突然現れてサムに強引にリクエストすると、リックは呆然と突き刺すようにピアノと対峙し、ついには「お前のようにうまく歌えるヤツはいない」とサムを称賛する名台詞を漏らす。この劇的な再会シーンでは、メロディーがオーボエで不吉に奏でられるなど、マジカルな演出も隠されている。しかも終盤パリでの回想シーンでは、スタイナー楽団がワルツ調にアレンジしたメロディを華麗に響かせる。スタイナーのオーケストラは、元の譜面では「タタタタ♪」と直線的な原型だったものを、ヒューゴ・フリードホーファーの助言で3連のワルツ風に変換したという逸話も残っている。そのおかげで、映画版の情感がよりとろけるように増しているわけだ。
歌詞は非常にストレートだ。「キスはキス、ため息はため息…いくら時が流れようとも、恋人たちはやはり『愛している』とささやく。これだけは間違いない」。まるで恋愛の不変律を説く格言のようで、シンプルすぎて生真面目かよと思わないでもない。実際に英語詞の原案には「アインシュタインの理論はどこへ行った」なんて皮肉まであったが、映画ではカットされてしまったとか。いずれにせよ「時間が過ぎても変わらない基本」がテーマなのは明白で、聞いた瞬間になぜか昭和喫茶の空気や熟成したウイスキーの匂いまで思い出させるんだから不思議だ。ちなみにこの曲はワーナー・ブラザーズの映画ロゴにも使われている。99年以降、エンドロールでお決まりの「ワーナー・ロゴ」が出る直前に、この曲の静かな演奏が流れるのに気づいた人もいるだろう。
アーティストの歴史
ドゥーリー・ウィルソンは1886年生まれ、20年代からドラム奏者・歌手として活動したベテランだ。30年代にミュージカル映画や舞台で名を上げ、ハリウッドでも端役で顔を売っていたが、54年契約で借り出された『カサブランカ』のサム役こそ出世作となった。興味深いのは、彼自身はドラムの名手で、映画でのピアノ演奏はスタジオ・ピアニスト(ジーン・ヴィンセント・プラマー説が有力)が担当していたと言われている。映画撮影時の待遇は破格で、ウォリスの特別契約で7週間だけパラマウントから借り出され、週500ドルのギャラが提示されたが、最終的にウィルソンの手元には350ドルしか渡らなかったとか。彼は1960年代にアメリカでクリント・イーストウッドが主演した『ダーティハリー』シリーズの監督を務めたドン・シーゲルの義父でもある(豆知識だ)。だが結局ウィルソン自身は1953年に67歳で死去し、この曲のレコードリリースを見ることはなかった。要するに、ウィルソンにとってのライフワークは映画の1シーンであり、楽曲のヒットとは裏腹に人々は彼の素顔をあまり知らないままだ。
評価
当時としては、古いキャバレーの余韻みたいな素朴なバラードだった。リアルタイムでの評価はさほど突出したものでもなく、戦後のアメリカではサムの歌で一躍盛り上がったけど「既視感あるメロディだな」という印象だったろう。むしろ現在になって「歴史的名曲」の冠がついたのが皮肉といえば皮肉だ。最近の視点から見ると、歌詞は素直すぎて逆に新鮮味には欠けるし、安っぽいノスタルジアに浸りたくない若者には響かないかもしれない。ただ、それだけに普遍性もまたある。例えばチャールズ・チャップリンに比べれば大仰じゃないけど、1950年代以降に多くカバーされた経緯を見ると、「いくつの時代を超えても恋人たちは変わらず愛を囁く」というメッセージは国境を越えて多くの人に届いたということだろう。ブライアン・フェリーやナタリー・コール、ビル・エヴァンスらがそれぞれのテイストで歌い継いできたように、演奏法の違いでキザにもコミカルにもなる。
俺はいいと思うけど、弱点を挙げるとすれば、やっぱり「古典的すぎてややベタ」ところか。豪華な映画音楽の時代にあって、それほど華やかじゃないからな。でもまあ、この映画が「禁じられた歌」をここまで象徴的に描いたのは画期的で、相対的に価値は上がっていると思うよ。
あとがき
時間は過ぎ去っても、変わらないもの。恋に落ちれば「愛してる」と囁いてしまうっていうシンプルな真理を、湿り気を帯びたピアノとヴィブラートで包むこの曲は、映画の時代を超えて染み込む魔力がある。たとえば50年後にこれが残っていたらすごいな、なんて思うけど、まあどうでもいい話だ。俺はこの大人のラブバラードが好きだし、ダメなところも歌詞の安直さくらいしか思いつかない。でも結局、音楽の時間ってのは人それぞれ流れ方が違うわけで、聴き手が感じたままにおいしい酒の余韻みたいに心に残ればそれでいいんじゃないか。さてさて、こんな大仰な話についてきてるヤツが実際いるかどうか知らないけど、そろそろ酒でも引っ掛けてこようじゃないか。
