見出し画像

嫉妬と逃避と

 嫉妬を糧にできない人生だった。原動力に変えてこそ嫉妬のしがいもあるというものだが、私はいつも逃げることを選んだ。


 大学受験の時なんかはいい例だ。高校の同級生の多くは塾に通っていたが、私はライバルと机を並べて勉強するのが苦手だった。自分と同じ分野で頑張っている人や成功している人が目に入ると、嫉妬や焦りで勉強が手につかなくなる自分の性格がよくわかっていたので、通信教育を利用して一人自室で勉強することを選んだ。毎月冊子に掲載される全国各地の成績優秀者達は目に見えなかったし、まさかその全国の猛者達の中で一位になってやろうと見えない優秀者に嫉妬することまではなかったので、通信教育は私の受験勉強の手段として最適だった。少しサボっていてもライバルに知られることもないし、かといっていつまでもサボっていたら提出期限までに課題が終わらないのでいつかは自力で終わらせるしかなく、自然と勉強が捗る。
 ライバルと机を並べて勉強することで刺激を受けるといって塾に行ったり自習室で勉強したりする同級生を見ては、すごいなあ、性格がいいんだろうなあと思ったが、真似しようとは思わなかった。私には無理だからだ。到底、無理。


 中国語に「紅眼病」という言葉がある。読んで字の如く、赤い目の病。目の炎症のことも指すのだが、もう一つの意味がなんと「ねたみ病」である。この言葉を知った時、中国語専攻の学生だった私はなんだかいたく感動した。目を真っ赤にして人を羨ましがったり悔しがったりする様子がたった三文字で手にとるように伝わってくるではないか。大学時代にも相も変わらず優秀な友人に嫉妬して余計な気力を消耗していた私は、その気持ちに向き合うこともその気持ちをエネルギーにすることもなく、「だって私、紅眼病にかかっちゃってるからさ〜」などと自分で自分に言い訳をし、嫉妬心を肯定していた。どうしようもない。


 ある日テレビで「酒のツマミになる話」(フジテレビ。2024年10月18日放送回)を見ていたら、平成ノブシコブシの吉村さんが、自分よりも目立っている人に嫉妬してしまうがゆえ、スポーツを見ることができない、大谷翔平にも嫉妬してしまって野球を見ることができない、と言っていた。すかさず千鳥の大吾さんが「誰が誰に嫉妬しとんねん!」とつっこんだのだが、長年「紅眼病」を患っている私は「わ〜。そんな嫉妬の種類もあるのか!それはずいぶん生きづらそうですなあ」と自分のことを棚に上げて感心した。その後チュートリアルの徳井さんが、物語を作り出す才能に嫉妬してしまうので小説を読むことができない、と言っているのに驚愕し、私はまた「あらあら〜。そんなことにまで嫉妬して生きていたら大変そう」と自分とは異なる種類の嫉妬をもつ人々の苦しみに思いを馳せた。誰が誰を心配しとんねん、である。


 思えば私が嫉妬する範囲はとても限られている。受験勉強なら受験勉強、語学なら語学、などその時に自分が力を入れて頑張っている特定の分野で、近しい人が成功するのが悔しいのだ。だから、親しい友人が家を建てても子どもを産んでも、大変そうだな〜と思いこそすれ嫉妬をすることはないし、綺麗な友人がいても嫉妬するどころかむしろその友人の存在を誇りに思う。


 私には親しいタイ人の友人がいる。彼女とは大学時代にお互い中国留学をしていたことから知り合い、その頃の彼女は母語のタイ語の他、英語と中国語の3ヶ国語ができたのだが、後に日本に来て日本語も出来るようになった。中国語と受験勉強用に無理矢理叩き込んだ英語が少し出来るだけなのに語学に妙に高いプライドをもっていた私は、嫉妬を感じてなんだかすごく面白くなかった。
 彼女は4つの言語が話せるのに、私は日本語と中国語と拙い英語の3つしか、話せない。その後私もタイ語を話せるようになりたい、としばらく奮闘した時期もあったが、次第にこう思うようになった。私がどんなにタイ語が出来るようになっても、ネイティブである彼女のタイ語レベルを超えることはできない。であれば、4つ目の言語は、彼女が話せないものを選びたい。
 こうして私はまた逃げることにした。4つ目の言語には彼女とは関係ない韓国語を選ぶことにしたのである。韓国語は大学時代に選択科目としてつまんでいたので基礎知識はあった。なんとこの選択科目も、当時一緒にゼロから韓国語を学び始めたはずの友人に韓国人の彼氏ができ、授業のたびに自分と実力の差が開いていく現実に耐えられなくなり、それが理由で途中から投げ出してしまったのだった。大学卒業から六年ほどの月日が経過し、その時の嫉妬心もようやく薄れた頃、もう一度4つめの言語が話せるようになりたいという理由で韓国語に向き合うことになる。
 逃げて、また逃げて。大学時代に嫉妬心を原動力にして勉強することが出来ていれば、とっくの昔に韓国語が出来るようになっていたかもしれないのに、韓国語が出来ます、と言えるようになる頃には30代も折り返しが見えてきていた。これで働くわけでもなく、専門的に勉強した中国語のように検定で高みを目指すこともしなかったので、完璧ではない仕上がりではあったが、私は自分に心底満足した。何年もの時間は要したが、気づけば4つの言語が話せる友人への嫉妬も綺麗さっぱり消え去っていた。


 では私が今何者にも嫉妬心を抱いていないのかというと、もちろんそんなことはない。このような面倒な性格をもつ者は、なんでもないように見える日常の中にも何かしらのひっかかりを見つけて一人で嫉妬心を燃やしているのが常である。しかし、現役のスポーツ選手が引退するまで自分の弱点を大衆に明かしたりしないように、私もまた、今私が何に嫉妬し、何から逃げようとしているかを語ることはない。
 自覚していることがある。私の嫉妬と逃避はいつも無意味で自分を疲れさせるだけだ。美容院に行くことや服を買いに行くことが何よりも億劫で、おしゃれになんて興味も関心もない私、綺麗な友人に嫉妬することはないなんて言っていないで、そんな友人にこそ一刻も早く強く嫉妬すべきなのだ。そしてメイク道具の一つでも買いに行けばいい。



こちらの企画「嫉妬祭り」に参加しました。