「ふゆのひみつ」を確かめるたび②
5時10分。「ねぇ、起きてる? もういくよ」
父の声で目を覚まし、慌てて支度をした。空には月とオリオン座が見えている。凍み渡り(しみわたり)の記憶の時間よりも1時間早く出発しており、まだ夜の真っ最中なのだ。
雪の壁も小学1年生の頃は何倍にも大きく感じたが、今は2メートル弱だ。それほど高いとは感じない。はしごを使わず、事前に除雪しておいた40センチほどの段差をポンと上がって、家の庭から畑のある方へ行く。
気温は-3℃。足元の雪は締まった感触で歩きやすい。冬季閉鎖された道路に街灯はなく、手元のライトを点けても暗い。月がまぶしく感じるほどだ。よく知った道とはいえ、周囲に注意して進んでいく。
うす暗闇の中、足跡をたどる
15分歩いたところで、1キロ先の信濃川の堤防に着いた。川から霧が上がってきていて、さらに視界が悪い。
一旦、堤防の上の歩きやすいところを端から端まで歩き、日の出まで時間を潰すことにする。家を出た時より若干明るいのか、空から星が見えなくなっている。
足元を照らして歩いていると、5センチにも満たない動物の足跡が2種類あった。堤防の先にずっと続いている。深い足跡と浅い足跡だ。
父の話だとイタチやハクビシンが生息していて、この足跡はどちらかのもののようだ。深い足跡は昨日以前、浅い足跡は今朝できたばかりだという。試しに手でなでると、サッと消えてしまった。
堤防の端まで来ると、信濃川の支流がある。足跡はその下まで続いていた。
魚を獲るために流れの穏やかな水辺を狙っているのだ。動物たちも狩場まで歩きやすい堤防の道を使っている。雪原でばったり会うことはないだろうかと父と話した。

もう一方の堤防の端の先へ
片道2キロの堤防を往復すると、ライトなしでも周りが見えるようになった。堤防の上では川から霧が上がり、それが風で流れていく様子が見える。モクモクとした霧が堤防を上り下りしている。
堤防の先に父も足を踏み入れていないエリアがあるそうだ。夏場は草が多すぎて入れないが、雪に覆われているこの時期だけは通れる。
堤防を下ると、凍み渡りではあまり目にしない林が見えた。木々は雪に埋もれず枝を伸ばしている。枝の先が白く、近くで見るとトゲトゲした結晶がついていた。霧が風に乗って枝に少しずつ水滴を付着させ、それが凍りついたようだ。

小さすぎるためカメラのピントを合わせにくい。

次はどこへ行くかの相談中。

雪上で読書をする
信濃川から10メートルという場所を休憩の場所にした。みたらし団子とコーヒーを用意する。ここからは自由時間だ。
ぼくは凍み渡り中に信濃川の近くで読書をしてみたかった。
文芸誌のページを適当に開く。特集は「自炊」だ。家に帰ったら何を作ろうか、イメージを膨らませる。父はじっとしていられないようで、さっさとコーヒーを飲み終えると、荷物を置いてどこかへ行ってしまった。
川の流れる音が大きすぎて、他の音は聞こえない。
たまに近くにいたカモの群れがこちらに気がついて、バサバサと飛び立っていく。
時間が止まればいいのにと思った。短編エッセイを2つ読んだところで父が帰ってきた。

もっとゆっくりしていたかった。
足跡の正体
現在は8時。帰路の方向を見ると、日光と雪面が反射してキラキラしている。けれどこの景色は、スマホのカメラの性能では捉えきれない。
片付けをして立ち上がった。帰り道は信濃川の支流に沿っていく。
4本指の足跡があり、追うと5メートル先で途切れていて、羽が落ちている。野鳥だ。
近くに野鳥はいないが、川を気にしながら歩いていると、体長30〜40センチのイタチが枯れたガマの穂の間を横切るのを発見した。
ジッとこちらを見て、枯れ草の隙間を移動している。すぐにスマホで動画を撮る。姿を捉えたと安心してカメラを止めたら、一度見失い、再び現れた。口元には小魚をくわえている。ほんの数秒のことだった。
イタチは食事を安全な場所でしたいようで、近くの坂を上り、雪とコンクリートの間に隠れてしまった。最後の最後に、夜明けまえに追っていた足跡の主を見ることができたのだ。


硬い雪の感触や人のいない静けさは、記憶の中とほとんど変わらなかった。
次に凍み渡りをするなら記憶と同じく、日の出まえのライトのいらない時間を選びたいな。
凍み渡りよ、そしてイタチよ、ありがとう。
