50音は「音の設計図」だった。日本人は本当にロジカルシンキングが苦手なのか
喉に指を当てながら、「か」と「が」をゆっくり発音してみてください。
口の形や舌の位置は、ほとんど変わりませんが、「が」と言ったときだけ、喉が震えるのを感じないでしょうか?

日本語は、この物理的な違いを「゛」という一つの記号で表しています。「かきくけこ」に濁点をつければ、「がぎぐげご」になる。
子どもの頃から当たり前に使ってきましたが、よく考えると、驚くほど整った仕組みです。
私はこのことに気づいたとき、50音表が、人が発生する音のプログラム設計図のように感じました。そして、ある疑問が浮かびました。
日本人は、本当にロジカルシンキングが苦手なのか?
たしかに、ロジカルシンキング(論理的思考法)という言葉自体、難しそうですし、私が社会人になった時、物事を論理的に説明することに苦手意識がありましたし、私の周りも苦手な人は多かったように思えます。
しかし、今回の気づきで「日本人はロジカルシンキング自体は苦手じゃないのかも」と思うようになりました。
驚くほど構造化されている日本の50音表
子どもの頃から当たり前に見ている「あいうえお」。

縦に見ると「あ・い・う・え・お」という5つの母音が並ぶ。
横に見ると、カ行、サ行、タ行……と子音の系列が並ぶ。
つまり50音表は、音を縦軸と横軸で整理したマトリクスのようなものです。
そして、日本語のかなは、一文字が音のまとまりとして扱いやすい文字です。「な」と「つ」を並べれば、そのまま「なつ」と読めます。
一方で、アルファベットは、文字そのものの名前と、単語の中での働きが分かれています。
“b” は文字として読めば「ビー」、“a” は「エー」です。けれども、“ba” と並んだときに「ビーエー」と読むわけではありません。そのときは、“b” が子音、“a” が母音として働き、「バ」に近い音になります。
つまり、かなは音のまとまりをそのまま並べる仕組みに近く、アルファベットは音の部品を組み立てる仕組みに近い。
さらに、「かきくけこ」に濁点がつくと「がぎぐげご」になります。ざっくり言えば、似た口の使い方をしながら、声帯が震えるかどうかで音が変わります。

音声学的には例外や細かな違いもありますが、日常的に使っている日本語の中にこれほど整った構造が隠れていること自体が面白いです。
他にも、日本文化を見渡すと、考えた構造を言葉ではなく、形や仕組みの中に埋め込んだ例が少なくないように思います。
例えば、釘に頼らず、木と木の組み合わせで建物を支える宮大工の木組みもそうです。私の故郷、熊本城の武者返しもそうです。下部は緩やかですが、上へ行くほど傾斜が急になり、敵が登れない防御構造になっています。
これらには、性質を深く理解し、構造を考え抜いたかなり高度な設計思想があります。
ただし、言葉で説明する文化は弱かったのかもしれない
一方で、日本には「阿吽の呼吸」という言葉があります。
言わなくてもわかる。
空気を読む。
目と目で通じ合う。
そうした感覚的な理解を大事にしてきた面もあります。
子供の頃を振り返ってみても、「言語化」して説明するのではなく、「こうやるんだよ」と実際にやってみせて説明していたように思います。
なので、構造を作る力があったとしても、その構造を言葉で説明する訓練は、十分ではなかったのかもしれません。ここに「日本人はロジカルシンキングが苦手」と言われる理由があると感じます。
つまり、ロジカルシンキング(論理的思考法)が苦手なのではなく、自分の中にあるなんとなくわかっていることを、他人にも伝わる形に変換する練習を増やせばいい。
「なんとなくわかっていること」を、
何が起きているのか。
なぜそう考えるのか。
どんな具体例があるのか。
と分けて、目に見える形にしていく。
50音表が人間の音を縦と横に並べたように、頭の中にある構造を、言葉や図として外に取り出していく。
ロジカルシンキングとは、難しい理論を覚えることではなく、自分の中にある構造を、他人にも見える形へ変換する技術なのかもしれません。
頭の中では、なんとなくわかっている。でも、いざ言葉にしようとすると、うまく説明できない。そんなモヤモヤした頭の会議を整理し、ひとつのゴールまで導く方法について、こちらの記事で詳しく書きました。
「考えていることを、他人にも伝わる言葉へ変えたい」と感じている方は、あわせて読んでいただけるとうれしいです。
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