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西日に溶けた横顔

 近所の図書館に通い詰めていた。午後の強烈な陽射しを避け、夏休みの宿題と格闘するために。いや、本当はただ、現実を忘れたかった。

 自動ドアの隙間から入り込む熱気が、冷房の風と絡み合って、足元にまとわりつく。インクの匂いがする静寂の中、空っぽだった心に響く蝉の声。

 そして、出会ってしまった。友達が片思いしているクラスメイトに。密かに気になっていたのに、気を遣い過ぎて、時間だけが過ぎてしまった。

 湿った夏に溶け込んだ声が、耳に届く。
 「久しぶり。ここで勉強してるの?」
 図書館の冷たい空気が一瞬だけ止まる。色鮮やかな和紙の雰囲気をまとった、綺麗な立ち姿。声には芯があり、澄んでいて、よく通る。けれど、ほんの少し虚飾を感じる、不思議な響きだ。違和感と魅力が、同時に胸を刺す。ぎこちなく答える。
 「そうだよ。宿題でしょ?頑張ろ。」

 その日から、図書館に行くたび、その横顔を探していた。毎日、真剣な表情に目を奪われ、話しかけたいけど、壊したくない距離感に縛られる。声に出せばこの穏やかな時間が崩れてしまう気がして 。汗でシャツが肌に張り付くような、じっとりした暑さのせいで、余計に動けなかった。

 夕方の西日が窓を染める頃、クラスメイトはそっと姿を消す。明日こそは、そう思いながら、結局何もできないまま、夏休み最後の一週間が過ぎていった。

 新学期。教室で会ったクラスメイトは、あの日と同じ声で「おはよう」と言った。その笑顔は誰にでも向けられる完璧なものだった。だからどこか作り物のようで、でも、やっぱり色鮮やかで、眩しい。知れば幻滅してしまうだろうか。その横顔は、西日に溶けて、しばらく消えなかった。

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無銘の徒 きっといいことありますよ