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かわいいの檻に囚われて #嫉妬祭り

かわいこぶってるのが嫌いなんでしょ。

そう聞いた彼に、「ちがうよ、かわいい子も嫌いだよ」とは言えなかった。

かわりに、「かわいければ許されるっていう社会そのものが嫌いかな」と言った。

デッドボールは回避したつもり。横目で彼に引かれていないか、そっと伺う。

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最初に自分は王道のプリンセスではないと気付いたのは、おそらく4歳の時だった。

まだディズニー全盛期、母がお手伝いもお片付けも「プリンセスなら〜」とかこつけて学ばせようと躍起になっていた時期である。

バレエを習っていた私は、正座をした時にむきだしの太ももが、お米の粒の形になることを知った。

華奢なあさちゃんにはできないそのもりあがり。俯いてそれを眺めながら、横綱と親戚に呼ばれていた赤ちゃんのころの写真を思い出す。

あさちゃんは、私が密かに憧れていた衣装を発表会のソロで着て踊った。袖が広がるレースになっていて、手を伸ばすと白鳥の羽根のようにキラキラ白く光るやつ。私は、同じ白でも袖が広がらない、硬いチュチュのついたレオタードを、ほかの3人とお揃いで着た。

王道プリンセスは、みんな痩せているし、二重で目が大きい。

私はそのことにやっと気づいて、一重まぶたの母をそっと恨んだ。父の濃い眉毛の代わりに母の薄い眉を、母の一重の代わりに父のぱっちり二重を受け継いでいたら。たった1センチの采配を、神様はミスったと思った。

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最も強烈な違和感は、女子校時代の反動として、大学生になってから私を襲ってきた。

入学式初日、男子学生を前に私は比喩ではなく肩を震わせていた。中高時代の6年間、両手に収まるほどしか同世代の男子と言葉を交わさなかったのだ。リアルな生き物を前に、でか、と思考が停止した。

受験のために部活を辞めたことで、人生のピークほど太った18歳の私。おばあちゃんがお祝いで買ってくれたスーツは身長に見合わないLサイズ。初めてのメイクはちぐはぐで、ふくれたほっぺたに一重が埋もれていた。

一際おおきな声で話す前髪のない女の子ふたりは、早速男子との合同グループをつくっている。それを私は、ぼうっと遠くから眺めていた。

女子校で妄想して過ごした私は当然のように恋愛に憧れがあって、ドラマ仕込みの恋愛脳はあたりまえに理想も高かった。あのグループの人たちは、もう早速付き合ったりするのかな。まったく、お花畑である。

一方で自然と振る舞えない私には、恋愛どころか男友達を作るのも難しい。わからないことをわからないと言えないプライドの高さと、外見のせいだと決めつける自意識を加速させ、どんどんと歪んでいった。

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安居酒屋で語られる彼氏の愚痴や一夜の遊びも、いつしか自慢のように聞こえるようになる。誰かから可愛いって言ってもらえていいね。欲しいって求められていいよね。女子会で求められる華やかなリアクションの裏に、黒いどろどろが渦を巻く。

彼氏いそうなのに〜という慰めすら、いない私になにか致命的な欠陥があるかのように心に刺さった。もう外見じゃないなら、私って中身も誰かから認められたものじゃないんだ。

長女としても女子校でも頼られてきた私は、女の子が「できない」と微笑めば男性が引き受けてくれる風潮にも憤っていた。いやいやいや、君もできるじゃん。自分は甘えることができなくて、羨ましさが恨み節にかわっていったのだ。

飲み会後に傘を渡しただけで、偉いねと頭に手を置いてきた先輩を軽率に好きになった。スペイン語の授業でペアの男子と通学の電車が同じで、運命だと思った。

自意識は膨らむだけふくらむのにひとつの成功体験もない。いつしかはたちを越えていて、ストレスでまた体重が増えた。今思えば卑屈すぎた。

なんでも自分でやろうとするのが正しいと思ってきたから。女の園では、私たち、なんでも自分たちで解決してきたじゃん。だから飲み会で時々毒を吐く。

「男子はころっと騙されるよね。本当はあんなこと、女子はみんなできるのに。」

みんな、かわいこぶってるわけではなく、経験豊富で生きるのが上手いだけだった。楽単を履修する感覚で、男子とごっこ遊びをしていたんだろう。私はひとり、可愛さを憎む自分への自己嫌悪にまみれて、切実に世の中を恨んでいた。

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でも私は本当に許せなかったものはかわいいものでも、かわいいものにはやたら寛容な社会でもなくて、「かわいい」の画一的な基準だったのかもしれない。

痩せてなきゃいけない。ぱっちりと二重がいい。鼻は高くて色白で、なんか守ってあげたくなるような感じ。明るくて、おどおどと周りの様子を伺ったりもしない。

そこから外れていれば、いわゆるスクールカーストの高い先輩男性から、かわいくねぇと軽んじられても文句は言えないと思ってしまっていた。それを笑って流せない自分が悪いんだと思っていた。

でも今思うと、私はアイドルのようにかわいくなりたかったわけでもない。クラスの人気者は常に憧れだったけど、そのまえに胸を張れるような私でいたかっただけなのだ。それがこんなに難しいとは、こんなに自我が頑なになってしまうとは知らなかった。

28年生きてきて、誰かから守ってあげたいなんて言われたこと、一度もない。ひとりで食いしばって立つ強さこそ、私がまとってきた自分を守るための武装で、私が私を認めてあげられる砦だったのだ。

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あるとき、私のことを「ほんとうに綺麗だと思ってるよ」と言って抱きしめてくれる男の子が現れた。

21歳の私の、無防備なこころに刺さった。必死に築いてきた恨み節と強がりの武装が、全然通用しなかったのだ。その言葉に泣いて泣いて、でもおかげで世界は、まだ理不尽だけど敵ではなくなった。

私はただ、「あなたは特別だよ」って誰かに言ってほしかった。みんなのいい子じゃなくて、一人にとっての愛おしい子になりたかった。猿のような赤ん坊でも褒めてくれる親じゃなく、私をかわいいと思う義理のない人間に、一度でも認められたかった。きっと社会の基準とかじゃなかった。

28歳、あの時の彼にはもう一生会わないかもしれない。それにまだ、私は世界に優しいわけじゃない。でも、前より息がしやすくて、いびつなところも含めて自分のことが結構好きだ。

「自分らしくいる」ってみんな簡単に言うけど、一筋縄じゃいかないのだ。誰かに認められたい自分をそのまま認められたことで、少し前に進めた。

今は、自分の好きな服を着て出かけられる。まだ女性アイドルを見て嬉しい気持ちにならないけれど、コンプレックスを口に出せることそれ自体が、嫉妬の渦から一歩踏み出した証拠なんだと私は知っている。




こちらの記事は、斉藤ナミさんの新連載を推す企画、嫉妬祭りに参加した文章です。

可愛さへのコンプレックスを、こんなにも短期間でぶちまけることになろうとは思ってもいませんでした。つい1週間前に、真面目にどろどろの感情を綴ったばかりだったんです。たまたま。

ただ、この文章は文章で自分の今応援したいものに寄せて書いていたし、使いまわしたくなかったので、新たな嫉妬を書きおこさせていただきました笑。

お祭り、楽しませていただいています。読んでいただきありがとうございました。

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