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アセスメント

ふと思ったこと。
傾聴って実は何も考えない方が上手くできるのでは?
何も考えないというのは、医療的な「この人は今こう・このレベル」とかの視点をあえてもたないということ。
というか、傾聴が出来るってスキルのように語られてるけど、全くできない性格の人がスキルとして身に着けられるんだろうか…(元々他人にあまり興味がないとか)

精神疾患がある人の話も、普通に聴く、みたいな。もちろん「妄想がある人」とかも事前情報は知っておくべきだし、本人の世界に巻き込まれすぎるのもダメだし、入院レベルの人は「どこまでが本当の話なんだろう?」ってこともあると思うんだけど…

なんか普通に「聞き上手」の人が相手の言った単語を拾って、掘り下げるとか、相手に興味を持ちながら気持ちよく話させてあげる、みたいなことで良いんじゃないかと思っている。(私が割とナチュラルに傾聴が出来るから、こんなこと思うのかもしれないけど)
そして最初に書いた「医療的な視点をもたず」というのは、色んな人を観てると、つい「この人の辛さは〇点」とか、そういう思考が出てきちゃう人、いると思う。支援者でも。「もっと辛い状況だった人もいるよ」的な。
でもこれ、聴いてる態度に絶妙に出てることが多い。私が地域の人(精神とかで困ってる人)と一緒に他の施設や他部署に相談しに行ったとき、私ですら感じたことがあるし、傷ついた人って、ほんとーーーに繊細に相手の目線・言葉遣い・雰囲気などなど観てる。バレてますよ。

そして、相手がどんなレベルだろうと、その人が次のステップに行こうとしない限り進めないし、制度を変えられるわけじゃないから使える制度が増えるわけじゃない。
となると、結局使える制度を使い倒した後は、本人に伴走するしかないのでは、と経験浅めの保健師は思うのです。

あとたびたび思い出すのが、「看護は全人的に人を看る」というナイチンゲールの言葉。あーーー、違う人かも(笑)
『医療的にだけ看るのは看護じゃないのですよ。「うつ病の〇〇さん」じゃなくて「〇〇さん」として看るのよ』by母校の大学の先生


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