優しさと道徳
お年寄りが転んで地面に荷物が散らばったとします。
声をかけて拾うのを手伝うとします。優しさから声をかけるか、道徳心から声をかけるか。同じ行動でも、全く異なる意味を持ちます。
優しさと道徳は明確に違う
私は道徳で行動するタイプの人間です。
電車で「妊婦さんや子どもに席を譲ろうかな」
財布を落とした人がいて「届けに行こうかな」
いじめ、パワハラ、暴言を見て「止めようかな」
私はこの時、「立ってるのは辛いだろうな」とか「財布がないと困るだろうな」とはあまり考えません。
席を譲るのが、財布を届けるのが、いじめを止めるのが、私の道徳(≒正義)上、正しいからそうするのです。
いじめを見たら、可哀想だなと思いはしますが、そんなに強くは思わないのかもしれません。
つまり、相手を思いやって人助けをするのではなく、自分の道徳に従って人助けをしているだけなのです。
もちろん、優しさが全くない訳ではないのですが、優しさ10%、道徳90%くらいで行動しています。
寄り添い方が違う
同じ人助けだとしても、優しさか道徳かで、心の寄り添い方が変わります。
転んで泣いている子どもに声をかけるとします。優しさタイプも道徳タイプも同じ行動をとります。
優しさタイプは同じ「大丈夫?」と言う声掛けでも、優しく穏やか、自然で相手を安心させるでしょう。
道徳タイプはどこか、ぎこちなさが残るかもしれません。
子どもへの声掛けであれば、どちらも全く同じ行動をとります。
ですが、いじめへの対処など、問題が複雑化すると、優しさタイプと道徳タイプは、行動も相手本意のものと、自分本位のもので、大きく異なってきます。
道徳タイプの多くは、自分の道徳を他人にも適用するエゴが強いです。
いじめほど状況が悲惨だと、いじめられている人へ寄り添う気持ちも確かに湧きます。
ですが、それ以上に、いじめをする悪への闘争心、反骨精神がマグマのように沸き立ちます。
いじめと言う異常な状況を、是正したくてどうしようもない。
いじめをする悪人に物申したい。悪を正したい。
いじめられている人に寄り添わないばかりか、正義の旗を振りかざして、1の罪に、10倍の罰をぶつける事もあるでしょう。
ネットの暴言、失言に対する炎上や、過度な謝罪要求にそう感じます。私たちも、暴言や失言くらい何度もしているはずです。
道徳、正義、良心はエゴで独善
優しさタイプは、相手を思いやって行動します。
道徳タイプは、ただ自分の心(道徳、正義、良心、エゴ)に従っているだけなのです。
道徳だろうが良心だろうが正義だろうが、自分の心である以上、それは必ずエゴ(自我)です。
正義(≒道徳、良心)は究極的には独善です。
100人中99人に当てはまる共通項があっても、必ず例外が存在します。
道徳タイプは自分を愛してるだけ
愛情には四つの状態があります。
見ず知らずの人を愛する博愛。
親しい人を愛する他愛。
自分を愛する自愛。
自分すら愛さない自己虐待です。
優しさタイプは、博愛と他愛の気持ちが大きいですが、道徳タイプは自愛の気持ちが大きいです。
私は、人助けを何度もしてきましたが、相手を思いやる気持ちより、「それをしないと自分が自分でいられなくなる」「(私の道徳上)そうしないといけない。そうするべき」と思う気持ちが強いです。
あえてうがった表現をすると「人助けしてる私カッケー」です。そうは思っていませんが「人助けしない私なんて、ありえない。私じゃない」とは思ってます。
なぜ優しくないのか
なぜ、私が優しさから人助けをせず、道徳心から人助けをするかと言うと、人生の結果なのでしょう。
見て見ぬふりをされた事、虐げられたエピソードこそ記憶に残っていますが、いざと言う時に誰かが助けてくれたり、心を病んでいる時に声をかけてもらったり、本当の意味で優しくしてもらった記憶はありません。
私は自然に人助けが出来ませんし、他人に優しくあれません。
ただ、悪い事はせず、出来る範囲で良い事をしようと思っています。
私の行動の10%は優しさだと言いました。
私もとっさに浮かぶのです。「あ、席ゆずろうかな」とか「これっていじめだよな」とか。
この直感こそ、優しさの本質だと思っています。直感を失うと、そもそも心に浮かばないのかもしれません。
私は直感が浮かびますが、即断即決できず、迷いが生じます。席を譲るか譲らまいか、声をかけるかかけまいか。
迷い、人助けをしない自分への言い訳、正当化、これらは理論、理屈的なものです。
損得勘定も人助けをしない理論の一つです。
私たちは現代社会を生きる上で、人助けをしない理由をたくさん経験し、無意識に刷り込まれています。
いじめっ子に立ち向かったら、自分がいじめられるようになるかもしれません。
皆が困っているおかしい事に意見すると、出る杭として打たれる事も多いです。
良かれと思って声をかけたら不審者として通報されるニュースが流れます。
道徳で迷いを断つ
色々な理由が無意識に刷り込まれて、あまり積極的に人助けをしようとは思えません。
だから、私は道徳に頼るのです。
とっさに頭に浮かぶくらいには直感が残っているけれど、あまり人に優しくあろうとは思えない。迷い、戸惑いが浮かぶ。
でも、見て見ぬふりをしたら、自分が自分でなくなる、自分の道徳を保てなくなるから、人助けをするのです。
優しい人など記憶にない
本当に、優しい人などこの世に存在するのでしょうか。
私は人生経験上、それをほとんど実感できていません。
人の本質は優しさ
優しい人など(ほとんど)いないと矛盾するようですが、人の本質は優しさだと思っています。
ただ、現代社会を生きる上で、その本質を見失い、忘れてしまっているのだと思います。私もそうです。
私は自分だけを愛し、家族をちょっとだけ愛している程度の人間です。
私の愛はほとんど自愛で、ちょっとの他愛。博愛なんてほとんどゼロだと思ってます。
ですが、見ず知らずの他人でも、転んでいれば助けてあげようという直感が湧きます。
そう思い浮かぶ人も多いのではないでしょうか。
子どもが泣いて迷子になっていたら? 迷って声はかけないかもしれませんが、「声かけようかな?」と一瞬くらい、浮かばないですか?
川で子どもが溺れていたら? 本当に見て見ぬふりをしますか? その川は、大人なら足がつく深さだとしても?
服が濡れるのが嫌ですか?
見ず知らずの子どもでも、助けたいと思いませんか?
つまり、私たちは究極的には、生まれながら博愛を持っています。現代社会の歪みによって、それを忘れているのです。
生物、遺伝、進化的にも、人間は助け合いをする生き物です。
乳幼児は見知らぬ他者が痛がっている状況を目にすると、近づいて声をかけたり、心配そうな表情をしたりすることが実証されています。
それを忘れてしまったのです。私たちは乳幼児以下です。
私は、自主的に誰かを助けようとすると、いつも迷い、戸惑います。
ですが、人に道を聞かれると、いつもとっさに快く、気持ちよく、迷う暇なく、案内してあげられます。
急に話しかけられて、くだらない迷いを抱く暇が無いのでしょう。
これも、人の本質が博愛であると思う理由です。
それに、助けてくれない人たちも、いざ、助けを求めれば、話を親身に聞いてくれたり、力になってくれる事があります。
助けを求めてなお、見捨てられる絶望もありますが。
妹との話
人生で四度、いじめを止め、四人、記憶に残る手助けをしました。
その一人が妹です。
妹は誰にも心の内を明かさず、相談をしない子です。そして、問題を器用に解決する事もできないタイプです。
なので、母から妹に対する心配事を、幾度か相談されてきました。
大学受験に失敗し、勉強を全くしない訳ではないが一生懸命さがなかった事。就職活動も同じで、全くしないわけではないが、失敗しても一生懸命さがなかった事。その後、仕事に就いたものの一度辞め、次のヴィジョンが決まらず停滞していた事。
私は妹と、ざっくばらんに本音を話すこともあるので、なぜ頑張れないかが良く分かります。
そんな私と妹ですが、私から見ても、妹は相談をしなさ過ぎでした。さらに、問題を解決せず、大きくしてしまう傾向があります。
また驚くことに、母に警戒と不信、父には敵対心すら抱いていました。
私にとって、母は良い親で、父も悪い所は目立つけれど普通の父なので、初めてその秘密を聞き出した時はビックリしました。
それらは、小学5年生から6年生のいじめに原因があると分かります。
妹は男子四人のグループからいじめられていたのです。私は中学生の頃、母から、解決した話として聞いていました。
5年生の頃からいじめられ、クラスメイトから無視もされていました。
6年生の時に発覚して、担任の教師が母に連絡します。それで、男子生徒の親の一人からは謝罪の電話があったそうです。
男子四人も妹に謝罪をしたそうです。
私にはよく分かります。そんな謝罪、どうせ口先だけだって。
お人よしの母は、それで解決したと思ってしまいました。当時の母は仕事が忙しく、夜遅くまで働いていた事も、問題に全力で取り組めなかった原因でしょう。
いじめは続きました。いじめだけでなく担任教師は、学級崩壊を抑えることも出来ませんでした。
妹の話で、とくに心苦しかったのは、卒業式の日でも、彼らがわざわざ妹の元まで、嫌な顔を浮かべながらやってきて、妹を侮蔑した事です。
妹は(誰でもいいから助けて欲しい)(まだなにも解決してないよ)と祈っていました。
それが、妹が相談をしない理由、母を信じない理由、性格が前よりも暗く内向的になった理由、母に前よりも話しかけなくなった理由です。
父とはこんな事があったそうです。
夏休み明けの新学期、妹は父に「学校に行きたくない」と漏らしました。
ところが父は、烈火のごとく妹に怒鳴りつけました。昭和生まれの父、田舎の風習では、学校に行かない事は悪であり、恥でした。
父は激高し、妹の普段のささいな態度に対する文句まで、激しい口調でまくしたてました。
それが、妹が父を敵視する理由です。
それを十数年後に、聞き出しました。
こりゃ、やべーぞって感じです。
この件を、そのまま、ほっぽっておいたら、私が孝行し損ねたおばあちゃんは草葉の陰で悲しんでいるでしょうし、父があの世に行こうとしても、三途の川でおばあちゃんに蹴落とされる事になりそうです。閻魔様から棒を借りて、頭を何度も叩くかもしれませんし、賽の河原で石積みさせては蹴り飛ばして崩してしまうかもしれません。
私は妹に、母と当時の事を話そうと提案しました。母は真実を知れば、妹に謝り、一緒に悲しんでくれると思ったのです。
自然豊かな公園で妹が過去を打ち明けると、母が妹に謝り一緒に悲しみ、妹は母を許しました。
妹と母の間にあった壁はなくなり、一緒に海外旅行に出かけるようになり、色々と本音の話もするようになったようです。
父にも当時の話をしました。
母と妹ほど、簡単に関係が修復した訳ではありませんが、父の妹に対する態度も変わり、少しずつ良い方へ動いています。
めでたしめでたし。ですが、ちょっとした失敗談があります。
優しさと道徳の違いで。
私は、直感が浮かぶ一瞬や、いざと言う時しか、見ず知らずの他人に優しくありません。
ただ、誰しも、親しい人には優しいものです。
私もこの時は、妹に優しく接していました。
ただ、一つマグマが噴出しました。
大人になった妹には、いじめになんか負けないでいて欲しい、いじめなんて軽く跳ね返せるくらい強く成長していて欲しい。
話の流れで、もし、もう一度いじめられたらどうするのかを問いました。対抗策があるのが、私にとって当然の事だったのです。
ですが、妹は話をはぐらかす事しか出来ませんでした。
私は危機感を覚えました。もう一度、いじめとかパワハラとかの被害にあったら、どーすんねん!!!!! って。
私は問い詰めました。「いま妹は大人でしょ! もう一回、子どもに戻ったら、何とかできるでしょう! 何も出来ないの!? もう一度、いじめられるの!? ほら、そいつらがもう一回来たら、どうするの!?」
覚えていませんが、このような事を言った気がします。
妹は当時の恐怖を思い出しました。
私は父と声が似ています。普段は穏やかな話し方をしますが、マグマが湧くと語気が強くなります。
それで、穏やかで優しい兄が、突然、父のように詰めるので、泣いてしまいました。
電話を切られ、対話を打ち切られました。
すぐにLINEで謝りました。落ち着いてから電話を再開して、許してもらいました。
優しさ、思いやりが足りず、自分のエゴを優先して失敗しました。
妹を泣かせてしまい申し訳ない気持ちがあります。
すぐに謝って、その日のうちに和解出来たので、しこりはありません。
ただ、現実として妹がまた、いじめられたり、パワハラを受けた時、なす術が無いと困るんじゃないかなあと思います。
妹を泣かせた時は、申し訳ない事をしたなあと言う気持ちと、どこか悲しく寂しいやるせない気持ちを抱えました。
妹は、いざと言う時、自分を助けられないままなのです。
私は匙を投げるしかありませんでした。
その残酷な質問を妹にぶつけても、今は意味がないと。
ただ、その時の私の物言いは、地獄で生き残るための業火に燃え盛り、到底、良い伝え方ではありませんでした。
それから大体、一年後。
ある人の力になろうと思って、自分があまり優しくないのだと実感しました。
道徳と正義が強く、寄り添いが弱いのだと。
しかし、それを実感した事で、意識し、行動を変えることが出来るようになります。
妹と同じように、その人を傷つけてしまいました。
傷ついた事を率直に話してくれて、謝ることが出来たので、恐らく許してくれたのだと思います。
最初は、優しさも50%以上はあったのですけれど、メールのやり取りは、直接会って話すより、とても難しかったです。やり取りをするうちに時間も経ち、寄り添う気持ちもだんだん、薄れていったのだと思います。
いつか、妹に、同じ話をするかもしれません。エゴを消して、何でもない雑談のように、穏やかに話せればいいかと思います。その人との失敗談も交えるかもしれません。
今、妹への期待は良い意味で、消え去っています。
別に、話しをして、変えようなんて思わない。まあ、変わって欲しくはあるけど、変わらなきゃいけないとは思わない。
いじめを乗りえて欲しい、勇気を持って欲しい、立ち向かって欲しい。
でも、まあ、すぐに、乗り越えなくてもいいか。いつか乗り越えられるでしょう。数年先でも、数十年先でも、数百年先でも。
伝わらなくても良いけど、ほんの少しだけ、変わろうと思ってくれたらいいなあ。
勇気
インド人が経営するカレー屋で、昼間からビールを飲んでいる老人がいました。
老人がインド人のボーイに、悲しく弱々しい声で話しかけます。
「妻がねえ、病院にいるんです。もう、一緒にいられないんです」
私は、老人の奥さんが、重病でも患ったか、はたまた亡くなってしまったのかと想像しました。
だが、悲しいかな、そこはインド人カレー店。あまりに場違い過ぎました。
「ハイ、ハイ」
「妻がねえ」
老人は言葉を繰り返しますが、インド人のボーイはお悔やみを言う事もできず、「ハイ、ハイ」と繰り返して困惑するだけでした。
他にもお客はいましたが、老人に声をかける人などもちろんいません。
私は声をかける事にしました。
「奥さんが、どうかしたんですか?」
奥さんは命の危機という訳ではありませんでした。
階段で転び、骨を折ってしまった。病院暮らしで、一緒に暮らすことが出来ない。そして、老人故、リハビリでの回復も見込めず、ほとんど寝たきりなのだと言います。
奥さんだけでなく、そのお爺さん自体も足を悪くしていました。
杖を突いて、それでもほとんど歩けないくらい、足が弱っています。
骨を折る前は、むしろ奥さんが、お爺さんの世話をしていたくらいです。
足のせいで、気軽に外にも出られず、人と触れ合う機会もありません。
足の話、奥さんの話、身の上話など色々聞きましたが、ここでは息子さんの話を簡潔にお伝えします。
昔は息子さんと仲が良かったそうですが、今は息子さんに負い目があり、気まずい思いをしているそうです。
足が悪い自分と、奥さんが世話になるばかりで申し訳ない。
息子さんは(良かれと思って)あれこれお爺さんとお婆さんに指示を出し、怒る(これは食べちゃいけないとか)。
息子さんはいわゆるエリートで、お爺さんは、あまり裕福な生活をしていない。
公営団地に住み、息子夫妻を自分の家に招くのも、恥ずかしくて出来ない。
しかし、息子さんは仙台から静岡まで毎週、新幹線で来るような真面目さも持ち合わせています。
息子さんは頭がよく、お爺さんと奥さんの件を、あれこれテキパキ決めます。時には、勝手に決めたり、強引に決めたりもします。
それで不満に思う事はあっても、自分たちは今、頼りっぱなしで強く言う事も出来ない。
そんな風な話を色々と聞きました。
そういった事情で、お爺さんは最近、息子さんを名前で呼べなくなったそうなのです。用事があって声をかける時、「あのぉ」とか「ちょっと」と言って声をかけるのだそうです。
それを涙ながらに話していました。それが、お爺さんと息子さんの間に出来てしまった壁を象徴するものだと思いました。
私がしたアドバイスは
「とにかく勇気を出して、本音で話して」
「人はいつか上辺で話し、本音を話さなくなるけど、いざと言うとき、話さないといけない」
「自分の事情、自分が感じている事、世話になってばかりで申し訳ない事、家に招くのが恥ずかしい事、自分が貧乏でコンプレックスがあること」
「他にもあれやこれやそれや」
「全部、正直に話して」
と言うような事を、私の体験を交えて話し続けました。
勇気、本音、正直です。
ランチタイムが終わり、店が閉められ、そのお爺さんを見送ろうとしました。
そしたら、そのお爺さんはですね、予想の10倍、足が悪かったのです。秒速5センチメートルしか進みません。
しょうがないので脇と腕を、肩で担ぐように支えて、えっちらおっちら歩きました。それでも、普段の歩きの3分の1くらいのスピードでした。
公営団地まで送ると、歓迎するから家に来てくれないかと言われました。少し悩みましたが、冒険心でお邪魔することにしました。
家でも、しばらく色々な話をしました。
そんな時、電話が鳴ります。息子さんからの電話でした。
お爺さんは終わり際「じゃあね、大ちゃん」と言いました。
「言えたじゃないですか。名前」
私が言うと、お爺さんは酷く驚いていました。
「言ってました? 私、名前?」
「言ってましたよ。大ちゃんって言うんですね」
私が名前を当てると、お爺さんはこれまた酷く驚いていました。無意識に言っていたようです。
ですが、小さな奇跡が起きました。お爺さんにとって名前を呼ぶのは恐怖でした。同時に、昔の仲が良かった関係を象徴する希望でもありました。
勇気とは、少し違いますが、無為自然、人のあるべき元の姿を、その時、少し取り戻したのでしょう。
勇気や道徳を持って生きていると、こうした小さい奇跡が、人生に度々起こります。自分の人生に。おまけで周りの人に奇跡が起こります。
人助けしてもどうせ
道徳タイプは、善行を積むと、異常に感謝されたり、あるいはほとんど感謝されなかったりします。
行動自体は、優しさタイプと似る事が多いので、表面上は違いが分かりません。
優しい人だと思われて、期待される事もあります。
異常に感謝されると、なんだかしっくりこなくて変な気分ですし、ほとんど感謝もされないと、がっくり来たりします。人助けって、そう言う報われない物かなと思っていました。
ですけど、自分の道徳(エゴ)が主体で、相手への優しさ、思いやりが少ない時、あまり感謝されなかったのかもしれません。
なんで、人助けをするのか、我ながら疑問に思いながら、目の前に困った人が現れれば、道徳で迷いを断ちながら声をかけてきました。
人助けをしても、良い事なんて何にもないと思っていました。
でも、ここ数年は、人助けをして、微かに良い結果が返ってくる事も増えた気がします。
事情を想像する
「今日から俺は」が令和に再ヒットした西森博之先生ですが、「お茶にごす。」と言う作品があります。
最近、読み直しました。
優しさと道徳をテーマにした傑作です。
お茶にごす。は想像力を育てる入門書でもあります。
母は、父は、妹は、こういう事情なんじゃないかな。妹は、こう思ってるんじゃないかな。妹は、これがトラウマなんじゃないかな。
この発言と、この発言、またはこの行動、こっちが本質なんじゃないかな。
お爺さんはこういう事情なんじゃないかな。これが問題の本質なんじゃないかな。息子さんの事情はこうなんじゃないかな。
洞察が当たっていたとして、振りかざせば良い訳でもないのに注意です。
真実は人を傷つけるし、エゴも人を傷つけます。
成功だけでなく、微妙な結果も経験しました。
相手の事情を想像して、合っている事もあれば、外す事もあります。
相手の気持ちを想像した所で、至らない事もあるでしょう。
西森博之先生の作品は「お茶にごす。」「道士郎でござる」「天使な小生意気」の順にオススメです。
「大丈夫(大丈夫じゃない)」
私は助けてもらった記憶はありませんが、弱っている私を見て「大丈夫?」と声をかけてくれた人はいたでしょう。
ですが、人は「大丈夫だよ」と強がってしまうのです。
私もそんな強がりを言ったでしょうし、妹も言ったでしょう。
見て見ぬふりをしていた人たちでも、実は声をかけると、親身に話しを聞いてくれたり、微力ながら味方になってくれる事も多いです。体感、50%以上はいるでしょうか。
時には、勇気を出して、人に相談する事も大事です。
ところで、彼らは優しいのでしょうか。
困っている、弱っている人が、勇気を出して声を上げた。親身に話を聞いて、味方になる。そんなの、当たり前です。
もしかしたら、昔の私はこう思っていたのかもしれません。
「大丈夫って、言っちゃったけど、そんなの強がりだよ。本当は助けて欲しいよ」
「助けてって言えないけど、それでも誰でもいいから助けてよ」
昔のこと過ぎて覚えていませんが。
ただ、想像力が強く働くときがあるのです。
「こいつ、大丈夫って言ってるけど、どー考えても、大丈夫じゃねーだろ!」って。
いじめられていて助けを求める人は、一人もいませんでした。
妹が自主的に秘密を打ち明ける事などありませんでした。
自ら弱みをさらしたり、助けを求められる人はほとんどいません。
子どもは親にイジメの相談などしません。
想像力で動くのは、大分怖いです。
「大丈夫?」って声かけて「大丈夫だよ」って返されたら、放ってしまう方がずっと楽です。
意地
ですので私は、意地で人助けしているフシがあります。
自分を助ける力があります。それでも、ピンチの時は、苦しいし、大変でした。
大体、ピンチの時は、ピンチだと中々、認識できないものです。
「こいつ、大丈夫って言ってるけど、どー考えても、大丈夫じゃねーだろ!」理論です。
人は自分にも、大丈夫だと言う自己暗示をかけます。
なので、「大丈夫」って言ってる人に、お節介を焼いて、首突っ込むのは意地です。
報いはあるか
しかし、人助けなんてしても、物質的には全く報われません。
ふわっと何かが良くなるのですが、直感が働かないと気づきもしません。
まあ、具体的な良い事は、まず起こりません。
私の人生に、漫画みたいな報いは、無かったような気がします。
強いは強いですが、漫画の主人公ほど強くもありません。
まあ、あの世でおばあちゃんが褒めてくれるでしょう。
それに、なんやかんや上手くやってきました。
無茶して、首突っ込んで、「大丈夫」って断られても、いらないお節介焼いて。正論も真実も正義も人を傷つけます。
私だって、人を傷つけたくありません。
これまで何度も、人を傷つけてきました。
何となく、分かる時があります。怒らせるなとか、傷つけるなとか。
思いもよらず、怒らせたり、傷つける時もあります。
傷つけたくない、怒らせたくない。人を傷つけるのが、一番、嫌な気持ちになる。自分も嫌な気持ちになって、下手したら、一生、記憶に残る。
それでも、上手く行くと、少しだけ報われます。
良かったって。
迷った甲斐があった。時間をかけた甲斐があった。苦労した甲斐があった。
それが報いかもしれません。ほんのちょっとですけどね。
それに、新しい境地にも達せたはずです。
私のエゴで、人を傷つけてきましたが、これからはグッと減るでしょう。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
