~フィンランドで味わうムーミンの日(8月9日)~
皆さんは「ムーミンの日」というのをご存じだろうか。
実は、もうすぐやってくる8月9日が「ムーミンの日」だ。
なぜこの日が「ムーミンの日」なのか。
それはこの日がフィンランド人のムーミンの作家、「Tove Jansson (トーベ・ヤンソン)」さんの誕生日だからである。
日本のムーミンファンの間では、「ムーミンの日」というと、周年グッズなどの新商品が出るので、注目している方も少なくないのではと思う。
日本でのムーミン人気はすごい。
過去に行われたキャラクターの認知度調査によると、フィンランドと日本は国内のムーミンの認知度は、9割越えでほぼ同率だったそうだ。
実際にフィンランドに来てから、さらに日本人のムーミン好きを実感することが多くなった。
フィンランドのムーミンキャラクターショップには、いつでも、ほとんど必ずといっていいほど日本人客がいる。
タンペレにあるムーミンミュージアムでも複数の日本人グループを見かけた。
そして、フィンランドに売っているムーミングッズより、たぶん日本に売っているムーミングッズの方が多い(笑)
(フィンランドから輸入しているもの+日本で製造されているものもたくさんある)
フィンランドより日本の方がムーミンは人気なのではないか。
という人さえいる。
もしかしたら、そうなのかもしれない。
だが、本国フィンランドはムーミンとの「関わり方」が日本とはまったく違うと感じた。
私はフィンランド人にとって「ムーミン」とは、もはやフィンランド文化そのものを象徴するような存在なのではないか、と感じている。
まず、フィンランドのムーミンショップに来るお客さんの中には、当然フィンランド人の方もいらっしゃるのだが、
おじいちゃんおばあちゃんが来ることも珍しくない。
(「モラン(自分の周りのものがすべて凍ってしまう、灰色の大きな女の魔物)」のグッズを見つけて、喜んで買っていく方が多かったのが印象に残っている)
ムーミンの小説を読んだことがある方は共感してもらえると思うが、ムーミンのお話の中では、自然や自然との関わりを丁寧に描写することが多い。
そしてそれは、心地の良いものばかりではない。むしろ大抵、薄気味悪かったり、翻弄されるようなものばかりだ。
フィンランドに来てからは、これらが主にフィンランドの気候や自然を描写したものだと気づかされた。
そういった環境の中で怯えたり、悩んだり、翻弄されたりしながら生きるムーミンたちに、フィンランド人は自分を重ねているのではないだろうか。
そして、古くから愛されているからこそ、家庭の中には自然と「ムーミン」があり(ムーミンマグなど)、フィンランドの精神と共に、ムーミンも受け継がれているのではないだろうか。
私はそのような想いを抱きながら、昨年の「ムーミンの日(Muumin päivä)」を迎えた。
昨年は、ムーミンの最初の小説『小さなトロールと大きな洪水』が1945年にフィンランドで出版されてから、80周年という記念すべき年であった。(第二次世界大戦の終戦の年と同じ)
1956年からトーベ・ヤンソンさんと本格的に関わりがあったストックマンデパートは、8月末までの期間限定でムーミンの巨大な飾りを正面玄関に据え、館内でもムーミンキャラクターたちが各階で出迎えてくれ、さらにはショッピングバックまでもムーミンデザインと、ムーミン一色に染まっていた。


さて、フィンランドで初めてのMuumin päiväをどう過ごそうか。。
ムーミンミュージアムのあるタンペレでは、記念の式典などイベントが行われるようだったが、
せっかくトーベ・ヤンソンさんが生まれ育ったヘルシンキに住んでいるのだ、
当日はトーベ・ヤンソンさんに想いを馳せながら、ヘルシンキの町を歩きたい。
そう思い、ヘルシンキ市が運営している、町のイベントWEBサイトに「トーベ・ヤンソンさんの足跡をたどるヘルシンキ」というコラムがあったので、それを参考に、ゆかりの地を巡ることにした。
朝早くから気合いをいれてアパートを出て、彼女が通った小学校(今のデザインミュージアム)に行き、外観を眺め、その直ぐ側にある彼女が1944年~亡くなる2001年まで過ごしたアトリエ兼アパートを見て想いを馳せた。


このアパートの最上階に住んでいたそうだ。
その足で、”Tähtitorninvuori” (天文台の山)という公園に足を運ぶ。
どうしても公園の正面から入りたかったので、わざわざ遠回りする。
公園へと続くまっすぐな道は建物と木々が美しく、公園の一歩手前にあるドイツ系のルーテル教会の鐘の音が私を出迎えてくれた。

この道をまっすぐすすむ。

この場所は、ムーミン小説の中でも私のお気に入りの「ムーミン谷の彗星」の天文台のモデルとなったところの一つと言われている。
天文台にまっすぐに伸びる石畳の道は、ひっそりとしていながらも堂々として見える。
物語のシーンを思い出しながら、やっとの思いで天文台に着くムーミンたちを重ねて見る。
実際、この建物はヘルシンキ大学の天文台として、今も利用されている。
一般の人も博物館として(大体の方は有料で曜日限定だが)中に入ることができる。
そして、もう一つムーミン谷の彗星の天文台のモデルと言われている場所がある。
この日は行かなかったが、kaivopuisto(泉公園) の天文台だ。
ここは丸っこい形の小さな天文台だが、上部に玉ねぎのような装飾もあり、デザインへのこだわりが感じられる。

なめらかな岩肌も見えるところがフィンランドを感じさせる。
Tähtitorninvuoriから今度は海沿いを歩いて、マーケットの方に行ってみる。
みんなの憩いのエスプラーナディ公園がある。

ヘルシンキといえば、このエスプラーナディが思い浮かぶ人も少なくないのではないだろうか。
しかし、エスプラーナディの海側にあるこの噴水の像が、トーベ・ヤンソンさんがモデルと知っている方は多くはないのではないだろうか。

彫刻家である、彼女の父が制作した。
像の前で、トーベ・ヤンソンさんへの敬意と感謝の気持ちで心を満たし、
次は彼女が幼少期に遊んでいた「トーベ・ヤンソン公園」へと行ってみる。
エスプラーナディから海沿いをまっすぐ歩いていくと、ウスペンスキー寺院が見えてくる。
寺院のすぐ奥にあるのがその公園だ。
実はもともとこの公園は、カタヤノッカ公園と名づけられていた。
(Katajanokkaという地域にある)
しかしトーベ・ヤンソンさんが亡くなった後、彼女の偉業を残すために公園を作れないか、という話が上がり、
幼少期によく遊んでいたこの公園が選ばれ、彼女の生誕100周年となる2014年に「トーベ・ヤンソン公園」と改名が行われたようだ。
参照:https://yle.fi/a/7-818853
公園には、ムーミンの絵が施された少しの遊具がある。

公園の改名の際に、花などの植栽はあったようだが、
派手に作りこみすぎないところがフィンランドらしさを感じた。
幼き日のトーベ・ヤンソンさんは、まさか将来この公園の名前が自分の名前になるとは思いもしなかっただろうな、と思った。
もしかしたら自分もこれから公共の何かに名前が付くような、すごい人になれるんじゃないか?と思わせてくれた(思うことは自由である)この公園に感謝したい。
人生はまだまだこれからである、と改めてワクワクできる場所であった。
その後カタヤノッカにある彼女が幼少期を過ごしたアパートを眺め、中心部へもどった。
そしてもうひと頑張り、ヘルシンキ美術館(HAM)へ足を延ばす。

リアルすぎるカモメの頭がなかなかに怖い。
ヘルシンキ美術館では、トーベ・ヤンソンさんの作品の展示も行われており、ムーミンの日にはなんと無料で館内すべての展示を見ることができた。
(展示への扉が解放されていたが、勝手に入っていいのか不安になって、近くにいたスタッフの方に「今日は無料の日ですか?」と聞いた。にこっとして、そうですよ~楽しんで!と歓迎してくれた。)
トーベ・ヤンソンさん展示のエリアを担当していたスタッフの方が、「何か展示で気になるところがあれば、なんでも聞いてくださいね!」と英語で声をかけてくださったのが、とても印象的だった。
一日中トーベ・ヤンソンさんを感じることができた、貴重な「Muumin päivä」になった。
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この時期にフィンランドに行かれている方で、ムーミンに興味がある方は、ぜひフィンランドだからこそできる、自分だけの特別な「Muumin päivä」を過ごしてみてはいかがでしょうか。
(延長してもいいかもしれませんね!)
こんなサイトも見つけたので、よかったら翻訳をかけて読んでみてください。
あらゆるムーミンスポットが載っています✨

思い思いに、ムーミンの日を楽しめますように🐦
