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フジは私たちを呼び戻す

今にも雨が降ってきそうな曇り空の中、二人の子ども達を連れて、私は公園にやってきた。

妻は来てない。
昨日の夜から、私たちは少し距離を取ってるんだ。


もう11時。
間もなくお昼の時間だ。

家を出発するのが、あまりに遅すぎた。


日曜日は保育園がお休みなので、私たちはいつも、家族みんなでお出かけをする。

4才の娘は、いつも土曜日になると、

『明日はみんなで遊ぶ日?』

と聞いて、楽しみにしていたんだ。


2才の娘が言う。

『ママは?』

私は、

『ママは、今日は来ないんだって。』

と教えた。

今、パパ達はケンカ中だなんて事は、わざわざ言わなかった。


山の斜面に作られた公園は、どうも管理が行き届いてない様子だった。

中央のアスレチックは黄色のビニールテープで封鎖されており、周辺の草むらもまた、私のくるぶしまで伸びた絨毯になっていた。

おかげで、2才の娘は歩きづらそうにしており、私はフォローに回りながら進んだので、4才の娘はぐんぐんと先に行ってしまうのだ。


『パパ!パイナップルのやつやろう!』

唐突に、4才の娘が言い出した。


パイナップルのやつ?

…ああ、グリコか。

じゃんけんをして勝った方が、グリコ、チョコレート、パイナップル、と数えながら階段を登っていく遊びだ。

『いいよ、2才ちゃんが追いつくまで、少し待ってね。』


少し遅れて到着した私たち。


みんなで坂道に設けられた階段に並び、ジャンケンをする。

2才の娘はジャンケンもまだ上手くできないし、難しいルールを覚えられないので、私と同じ段に登る事にする。


『ジャンケンポン!』

娘はパー。

私はチョキ。


『パパの勝ちだよ。チ、ヨ、コ、レ、イ、ト!』



私たちは何度かジャンケンをするが、娘は、最初に必ずパーを出す。

私は12段高い位置から娘を見下ろして、言った。

『4才ちゃん、パー以外にも出さないと、ジャンケンに勝てないよ。』


そして、またジャンケンをする。

私は、グーを出す。

そして娘は、パー。

またパーだった。


パーではあったが、娘の勝ち。

娘はニコニコ笑って、階段を登る。

『パーイーナーツープール!』


次のジャンケンで、勝敗が決する。

私は思った。

(私がグーを出せば、きっとこの子が勝つだろう。)


(……でも、それで良いのかな?)


ジャンケンポン!


私は、チョキを出した。

そして娘は、パー。

やっぱり、こうなった。


『パパの勝ちー!やったね!』

あえて明るく、そう言う。

すると娘は、

『何で勝てないの!!』

と怒って、振り返り、階段を降りていってしまった。




私は、家での事を思い出した。


朝、私は奥の寝室にいた。

目は覚めてる。
でも起きたくなかった。

妻と顔を合わせるのが嫌だったからだ。


けれど、向こうから聞こえてくる音、声で、何が起きているのかは大体分かった。

妻と娘たちは、カルタをしている。

妻は娘に合わせて、カルタをとらせてあげた。

大人が本気を出せば、子ども達が勝てるわけない事なんて明らかだった。


だからいつもは、子ども達に勝たせてあげる。

私も、妻も。


けれど、今日は様子が違った。

妻は、娘に勝たせてあげようとしなかった。

見つけたカルタを、普通に取ってしまうんだ。

勝てない娘は、怒った。

そして妻はこう言う。

『勝負に負けて怒るなら、もう遊べないからね!』


その様子に気がついて、私は起きる。

すると、起きてきた私と入れ替わるように、今度は妻が寝室に閉じこもってしまったんだ。




勝てなくて、悔しい気持ちは分かった。

だけど、勝たせてあげるのは、私たちだけだった。

かけっこも、イス取りゲームも、運動会も、そこでは誰も負けてはくれなくて、誰だって一番になりたいに違いない。



けれど、負ける事にも意味はあると思った。


私はいつも娘にこう言う。

『一番になりないなら、一番になれるように行動するんだよ。』

って。

私は娘に、負けた事を受け止めて欲しかったんだ。



2才の娘の相手をしながらだと、追いかけようにも追いかけられない。

階段を一段一段降りながら、4才の娘を見失わないように目を向けた。


2才の娘は途中で転んだり、シロツメクサやタンポポの綿毛をむしったりして、私はその自由さに辟易した。


4才の娘は私の話を聞こうともせずに、たまに振り返って、私たちとの距離が縮まっている事に気がつくと、わざと走り出して距離をあけた。


最近あの子は、素直に言う事を聞かないんだ。





そもそも、全ての始まりは、昨日の夕方だった。

お散歩道の途中、茶色の栄養ドリンクのビンか何かが、道路の隅で粉々に割れていた。


この前、ミネラルマルシェに行った私たち。

あれ以来、娘は、庭に穴を掘るようになった。


『岩の中とか、土の中に埋まってる綺麗な石を磨いたのが、こんな宝石になるんだよ。』

その話を聞いて、どこにでも宝石があると思ったようだった。


そんな折に、道端の土や砂に入り混じる、キラキラした破片を見つけた娘。

4才の娘は駆け寄る。

2才の娘もだ。


そして私は、

『それに触るな!!』

と大きな声で叱り、厳しく叱責したんだ。


家に帰り、泣きながら妻に抱きつく娘。

妻と私は分かり合えなかった。

『この子はただ、綺麗な石を拾いたかっただけなんだよ!』

『俺は子ども達に怪我をさせたくなかっただけだ!』

そうやって私たちは、しつけ方のすれ違いを起こして、喧嘩したのだった。




妻にイライラした。

言う事は分かる。

でもあの時、私は最悪のケースだって考えた。

君はあの場にいなかった。

しゃがみ込む姉。

駆け寄る妹。

もし転んだら?

誰がこの子の顔を守るんだ?
そう思った。



2才にイライラした。

私は4才に追い付きたいのに、私が急かしても、私の顔を見上げてはイタズラっぽく笑う。

親の反応を見てるんだ。

この小賢しい娘を、私はそれでも置き去りになんてできる訳がなかった。



4才にイライラした。

やめてと言ってもやめない。

怒り、反発し、生意気な口を聞いて、あまつさえ、

『こんなに怒られる家なんか出ていきたい!』

とさえ喚いたんだ。



どこまで優しい顔をしてたら良いんだろう。

誰かが悲しい思いをしても、その事によって取り返しのつかない事が起きてしまうよりはましだと思った。

娘を泣かせてしまう事だって、やむを得ないと思ったんだ。

だけど妻は違った。

娘は母親にしがみついて、私の顔を見ない。


私は、何をどうしたらいいのか分からなくなった。

そのうち私は、イライラを通り越して悲しくなり、追いかけるのをやめた。

二人に背中を向けて、東屋のベンチに座り込んだんだ。



遠くに、フジの花が見えた。

この前、ミネラルマルシェの帰りに、遊園地に行ったんだ。


園内には綺麗なフジが咲いてて、私は、クマンバチに驚いた。

そしたら娘が、私の驚いた声に反応して、泣いた。

あの時も、妻は私を責めた。

私は、もっとゆっくりフジを見たかった。

あの綺麗な花の構造を知りたかった。

どんなふうにすれば、あの花を私の庭に招く事ができるのか、知りたいって思ったんだ。



私はもう一度、子ども達に目をやった。

4才の娘が泣きそうな顔で、私の方を見てた。


この子は私を信頼してた。

逃げても、パパは追いかけてきてくれるって、信じてるに違いなかった。

私は一瞬でも子ども達から目を逸らして、背中を向けた事が恥ずかしくなった。


でももっと前から、私は全然うまくやれてる気がしてなかった。

いつも怒ったし、いつも泣かせたし、でもそうしないと、他にどうしたら良いのか分からなかった。

だって私も、君と同じだ。

人間としては41歳だけど、父親としては4才なんだよ?

そんな言い訳が胸をよぎって、情けないって思った。


2才の娘は、4才のお姉ちゃんにやっと追いつく事ができて、喜んでお姉ちゃんに抱きつく。

でも4才のお姉ちゃんは、怒った顔で、それを押し除けた。

泣きそうな顔になる2才の娘。

その顔をみて、4才のお姉ちゃんは、2才の妹に言った。


『2才ちゃんごめんね。』


こんな4才の娘でさえ、自分の悲しみと怒りを飲み込んで、思いやり、妹を抱きしめているのに、何で私は東屋で座り込んでいるのだ?

悔しくて泣きそうになった。


だから私は立ち上がって、子ども達の所まで歩いていった。

今度は二人とも、逃げなかった。



私は二人の前でしゃがみ込んで、二人を抱きしめた。

『ごめんね。』


娘はすぐに答えなかったが、少しして、言った。


『4才ちゃんも、ガラスに触ってごめんなさい。』



びっくりした。

全部、分かってた。


昨日は認めなかった事。

謝ってくれなかった事。


その事で、私たち夫婦が喧嘩をしている事。


この子はこの子なりに、自分のやってしまった事を知り、その事が引き起こした、数々の歯車の乱れを、この小さい身体で受け止めてるんだって事に、私はやっと気づいたんだ。



『あのフジまで競争しよう。』

『どこにあるの?』

『ほら、向こうに見えるでしょ?』

『あそこ?』

『うん。』

『先にゴールした人の勝ちだよ!』

『うん!』

『先にゴールしたら、お昼ご飯のかわりにドーナツを食べてもいい事にしよう!』

『いいのー!?』

『いいよ!!』

『よーいドン!』


4才の娘は走った。

その背中を追って、2才の娘も走った。

そして私も、二人を追いかけた。


私は、その気になれば、簡単に追い抜く事ができたんだ。

でも、どうせ私は歳をとるから、黙ってても勝てなくなるに違いないんだ。

そしてこの子達は、私が教えなくたって、どこかで負ける事の大切さを覚えてきたりするのだろう。





子ども達を乗せて、私は運転する。

助手席にミスタードーナツの箱を乗せて、私は帰り道の運転をした。


2才の娘は、眠ってしまった。

もう昼を過ぎてる。
保育園ではお昼寝の時間なのだろう。


『4才ちゃんも眠ってていいよ。』

私はそう言うが、

『ううん、起きてる。』

そう言った。




眠ってしまった2才の娘を抱っこして、私は寝室に向かった。


私が寝室に入ると妻はまだ布団の中にいて、私たちの事を見た。

多分、それで察したんだろう。

布団を半分開いて、

『ここに置いて。』

と言った。

私は、

『お願いね。』

と言って、4才の娘の待つ部屋に行ったんだ。



4才の娘と私は、ドーナツを食べた。

そして庭に出て、ジョウロで地面に線を何本も引いた。

『ここで、パイナップルできるよ!』

娘に言うと、嬉しそうに私の顔を見て笑ったんだ。

そして私は、ずっとグーだけを出した。




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