カーネーションはどんな花?
妻は子どもを産んだあと、一人の女性から、必死に母親になろうとしてた。
私はどちらかというと、妻が切り開き、足跡をつけた道を、頑張って着いていく事が多かったと思う。
どんなに寄り添うことを心がけても、私は生物学的に男である事が決定している。
物理的に出来ない事は、どうしてもあった。
母親とは、その身と精神を削っているからこそ、母親になるんだと思う。
出産、授乳、そして心を通わせる強さ。
これは精神論ではない。
物理的な構造に近い確信を持って、母親になっていく強さを、私は目の当たりにしたんだ。
ならば父親とは、どうしたら父親になったと言えるんだろうか?
私は、妻がいつか倒れてしまうんじゃないかと心配している事が多かった。
妻を支えようと考える事で精一杯だった。
だから私自身は、子ども達にどれだけの事ができたのだろうかと疑問に思う。
母親に比べて、父親に出来る事は、本当に少ないと思う。
何なら私も妊娠ができれば良かったのにとさえ思った。
愛はどこからやってくるのだろう?
子どもは、最初からこの世界に存在していた訳ではなかった。
なのに産まれた瞬間、世界中に肯定される事が決まってた。
ずっと不安だった。
妊娠して、嘔吐している妻。
お腹が大きくなっていく妻。
幸せだった二人の生活。
そこに、見た事がない人間がやってくる。
私みたいな人間に、子どもを愛せる自信なんてなかった。
なのに妻は、私が気づいた時には、自分の存在のすべてを使って子どもを守ることを、ずっと前から始めていたんだ。
そして、どんどん前に進んでいく。
待って欲しかった。
私の気持ちが追いつく事を。
でも、待てる事じゃないのも分かってた。
妻の眼差しは、もう私ではなく、子に向いていたんだ。
寂しかった。
こんな弱音を、妻には言えなかった。
妻の方がよほど必死なのに。
なのに、夫がこんな弱気で、子どものいる未来を消極的に受け止めているなんて事を、妻には絶対に言えなかったんだ。
当たり前だけど、日々は止まる事なんかなくて、私はもがきながら妻の背中を追いかけた。
だから私は、父親になる覚悟なんて何一つできていないまま、父親になってしまった。
それが、妻と私の、最大の違いなんだ。
妻は時々、自信をなくして、弱くなる事があった。
私がこんなに怒っちゃうからダメなのかな?
私の母乳が悪いから飲んでくれないのかな?
そうやって、何度も何度も自分を責めていた。
その度に思った。
君は、子どもを産んだだけでなく、私よりずっとずっと子どもの事を考えて、今だってその心と身体を削り続けている。
それは、私にとっては明らかな事実だったけど、私が妻にそう伝えても、妻に届く事はなかった。
たくさんの言葉を並べても、どんなに綺麗な言葉を使っても、私たち夫婦の間には見えないフィルターがあるかのようだった。
私はずっと戸惑いながら、いつも恐る恐る子どもを抱っこして、オムツを変えて、沐浴をしてあげた。
壊してしまいそうで、少しでも目を離した間に大変な事が起きてしまう気がして。
わたあめを触るようにお湯をかけた。
自分の命を狙われているかのように、夜、ハッと目を覚ましたんだ。
それでも、子どもを抱っこしてポンポンしてあげると、妻は、私と子どもを見て微笑んでくれる。
だからある日、唐突に気がついたんだ。
(私はもうすでに、この子を愛してた。)
そんな事を妻に言うのは恥ずかしかったから、私は最初から子どもを愛してた事にしたんだ。
私は見えないものをいつも追いかけて、行動や言葉で捕まえようとする。
だけどきっと、本当に大切な事は、逃げていくものを捕まえる事じゃなくて、気がついた時に側にあるものを、受け入れる事だと思ったんだ。
だから私は、パパになれたんだと思う。
普通ならそういう時、
(ママ、この子を産んでくれてありがとう。)
とか言うのが美しい運びなんだと思うけど、
この子は最初は私から出てきたとも言えるわけだからね!
って妻に言ったら、
すんごい軽蔑した顔で、
『そんな事、絶対にこの子に言わないでよね。
嫌われるよ。』
って言われた。
だからその後にちゃんと、
『ママ、ありがとう。』
って伝えたよ。
