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美味しいコーヒーの愉しみかた Acidity and Bitterness 第17話

第3章


 午後3時頃になると、一旦客足が落ち着く。
 一般的なカフェが混むような時間帯に店内はガラガラになった。

「こんにちはー」

 そんな時、よく知った金髪の長身男性が店に入って来た。
 会っている頻度は割と高めだけれど、彼がこの店に来るのは珍しい。

「ああ、祥太くん! いらっしゃい」

 嬉しくなってその客を見ていると、すぐ後ろに女の人がいた。
 肩上くらいの明るい赤系の茶髪。髪が綺麗で目を引く子だ。背は決して高くないけど、頭が小さくてモデルさんのようなスタイルをしている。

「こんにちは……」

 祥太くんの陰に隠れるようにしながら店に入って来ると、きょろきょろと店内を見回していた。華やかな雰囲気なのにどこかあどけなさを感じる。
 もしかすると、かなり若いのかもしれない。

 祥太くんは優しいしかっこいいし、誰にでも自信を持って勧められる。
 だから、こういう子の存在が居てもおかしくない。

 でも、いつの間に彼女が出来ていたのか。僕は知らされていなかった。
 定期的に話をしているし、祥太くんと僕は仲がいいつもりだったのに。

 祥太くんは、その連れの女性と一緒にテーブル席に着いた。
 2人でメニューを見ながら何やら楽しそうに話していて、恋人同士が放つ独特の雰囲気がする。

 恋愛は暫くいいやみたいな話をしてたの、つい最近だったのに……。
 祥太くん、舌の根も乾かないうちに……。

「ナツさーん、俺、ブレンドで。彼女にはガトーショコラとカフェラテで」
「かしこまりましたー」

 普段のやり取りをしたけど、僕は祥太くんに聞きたい。いつの間に。

 ブレンドコーヒーを淹れながら、モヤモヤしている。
 カフェラテを淹れている間は、機械の音で会話が聞こえない。2人は仲睦まじく話をしながら笑っていて、祥太くんは明らかに浮かれている。

 祥太くんが幸せなのは僕だって嬉しいんだよ。
 でも、何も知らされていないから素直に喜べない。
 ガトーショコラを皿に盛りつけて、ブレンドコーヒーとカフェラテと共に祥太くんの席に運んだ。

「お待たせしました」

 並べながら、「取り皿とフォークは要りますか?」と確認した。
 女性が「残したのを祥太さんに渡せばいいよね?」と祥太くんに聞いていて、「そうだね」ということになる。フォークは要らないらしい。

 仲が良くても、同じフォークを2人で使おうとかしないよね……。
 もしかして祥太くん、この人の存在をずっと僕に隠していたのか?

 複雑な気分で2人の席を離れてシンクの掃除をする。連れの女性は「甘すぎなくて食べやすいよ」とガトーショコラをフォークですくって祥太くんに向けていた。祥太くんは自然にそれを口に入れる。

 僕は、「祥太くん?!」と口に出しそうだ。

 店内にいたもう1人のお客さんが帰り、お客さんは祥太くんたちだけになる。
 聞きたい……。いつから付き合っているんだろう……。

 そう念じていたら、連れの女性が化粧室に向かった。これはチャンスだ。

「祥太くん?」
「……はい」
「一体これは、どういうことですか?」
「あー……いや、彼女ではなくて……」
「はははは、見苦しい嘘をつきますね」

 そんなことを言われても信じられない。
 友達同士の距離がそれなら、祥太くんはだいぶ問題だ。

「つい最近会った子なんですよ」
「その割に、昔からの知り合いのような距離じゃないですか」
「いや、まあ、その……」

 歯切れが悪すぎる。堂々と話せないような関係なのだろうか。

「利津さんも知ってるんですか?」
「いや、実は今日、夕食に利津のところ連れて行くんです……」
「えっ。利津さんとお父さんに衝撃を与えすぎてしまうんじゃ……」
「おじさんは分からないですけど、利津は大丈夫だと思います」
「そうかなあ……」

 祥太くんって、自分の行動で周りがどれだけ動揺するか分かっていない。僕ですらここまでショックを受けているのに。
 
 化粧室から出て来た祥太くんの連れは、席で祥太くんと話をしていた僕を見て驚いた顔をしていた。

「クリエイターのナツさんですか?」
「?」
「あの、祥太さんから聞きました。私もナツさんの作ったミュージックビデオ、すごく好きです」

 なるほど、僕の話を事前にしていたわけか。この子の言うMVとはどれだろうか。

「ありがとうございます。祥太くん、もしかして僕をダシにして店に誘ったんですか?」
「いや、そんなんじゃないです」
「祥太さんの美容室がある商店街に、幼馴染がいる定食屋と伝説のクリエイターがやっているコーヒーショップがあるって聞いて」

 伝説……。なんかもう既に死んでそうな感じがするな。

 ふーん、祥太くんってこういう人が好みなんだ。
 目や口のパーツが丸くて、ほんのりきつく見える猫目。確かに、男性ウケが良さそうだ。

「僕が映像を作ってたのは過去のことで、今はコーヒーショップの店長なんです。よろしくお願いします」
「真樹ちゃん、ガトーショコラもナツさんの手作りらしいよ」
「へえーすごい! これ、作ったんですか」

 うん、お店で出してますよー。
 すごいって言われちゃったけど、これでお金取ったらダメって意味なのかなー?

 まきちゃん、ね。祥太くん、ほんと色々聞かせてもらわないと僕の気が収まらなくなって来たぞ……。

 祥太くんはしっかりと夕食の時間まで店内に居座り、まきちゃんという女性と仲良く話していた。
 祥太くんがまきちゃんを好きなのは間違いないし、まきちゃんはどう見ても祥太くんに惹かれている。

 でも、付き合ってはいないらしい。
 僕はもう、若者の恋愛がよく分からなくなった。

 店内が落ち着いていたので、接客中に届いたメッセージを確認するために携帯電話を覗く。1件、相手は日葵だ。

『この間のコンペ、勝ったよ。ナツの言う通りだった』
『おめでとう。脱ナツ第一歩だね』とだけ返信する。

 日葵は、僕が会社を離れた後でライバル社の有名クリエイターと付き合った。
 そのスピード感はあまりにも早く、僕と付き合っていた頃から親交があったのは明らかだった。
 それが分かってもショックを受けなかった程度に、その頃は心が死んでいたけれど。

「じゃあ、ナツさん。ご馳走様でした」
「ガトーショコラ美味しかったです」
「ありがとうございました」

 祥太くんとまきちゃんが揃って店を出て行った。
 これから一緒に利津さんちの定食屋に行くらしい。明日あたり利津さんはうちの店に来るだろうし、2人のことを噂するかもしれない。

 祥太くんがいいなら別に口出しをする気はないけれど、どうみても彼氏彼女みたいな関係で付き合えないって、なにか事情があるのだろうかと勘繰ってしまう。

 なんというか、祥太くんは軽んじられる関係を簡単に受け入れてしまいそうな気がしていて、そんな状況だとしたら友人としては黙っていられない。

 そこで、携帯電話がメッセージを受信した。

『ナツって日曜休みだよね?』

 通知で表示された文面だけで、それが日葵からだと分かる。
 僕はそれを一旦見なかったことにして、祥太くんたちのいた席に向かった。

  *

「やっぱりナツさんのところにも来てたんですか!」
「来てたましたよー。もうほんと、彼氏彼女って雰囲気漂わせて」
「祥太って分かりやすいですよね」

 祥太くんがまきちゃんという女性を連れてきた翌日、利津さんがお店に来た。利津さんも利津さんのお父さんも、祥太くんのデレデレっぷりに「あれはどう見ても……」となったらしい。

 もしかして祥太くん、これまでの人生はずっとあんな感じになのだろうか。
 器用に見えてそうでもないのか。いや、あれで計算という可能性も……いやいや、そんなタイプじゃない。

「大丈夫でした? 利津さんのお父さん」
「何がですか?」
「いや、祥太くんを義理の息子にしたがってたみたいだったから……」

 この間倒れたという利津さんのお父さんが、これでまた体調を崩さないか僕は心配だ。「定食まなべ」はあのお父さんに懸かっている。
 利津さんには祥太くんみたいな頼れる幼馴染がいると心強い。
 赤の他人である僕がそう思うくらいなのだから利津さんのお父さんはもっと思っているはずで、僕はなんだかまきちゃんという人の存在を素直に喜べないでいた。

「お父さんは納得してました。祥太って、彼女できると浮かれるんですよ。そういうの、私もお父さんもずっと見て来たから」
「でも、付き合ってないって言い張ってましたよ、祥太くん」

 僕が一番納得が行っていないのはその辺だけど。
 これから付き合うというニュアンスを感じさせずに、ただ付き合っている関係ではないという言い方をしていた。

「なんか事情があるんでしょうね」
「事情ですか……」
「祥太、優しいから。ちなみに私は祥太と喧嘩してたんですけど、幸せそうな姿で現れて帰っていくのを見たら、どうでもよくなっちゃいました」
「なんか分かります。僕も驚いちゃってショックはありましたけど、祥太くんを信じちゃうんですよね」

 僕は頷いて焙煎機から離れ、利津さんのブレンドコーヒーを淹れる。
 部外者の僕らがどうこう言う問題じゃないから、祥太くんが話したくなるまで待つしかない。

「ところでこの間、お店に日葵さんが来ていましたね」

 利津さんから急に日葵の話を振られた。そっちに話が行ったかああ。利津さん容赦ないからなあ……。

「なんか、失礼な感じでしたよね……すいませんでした」
「日葵さんこそ、ナツさんに気がありそうでしたけど」
「いやあ、そんなことはないと思いますよー」

 ひいい。怖い。こういう尋問みたいなのは苦手だというのに。
 カウンターから睨まれて「今すぐ吐け」という圧がすごい。利津さんは、僕が食器を拭いているのをジロリと見ながらコーヒーをすすった。

「祥太もナツさんも、私には話してくれないんですね」
「いや、そういうわけでは……」

 うーん、まあ、祥太くんと利津さんでいえば、祥太くんの方が懐が広くて深い。
 利津さんのまっすぐなところは好きだけど、僕には勢いが強くて扱いを持て余すところがある。

 なんというか、逃げられない感じがしてしまう。
 まあ、実はそういうの嫌いじゃないんだけど……。

「ナツさんて、日葵さんのどんなところが好きだったんですか?」
「ええっ?!」
「元カノさんですよね? つまり、好きだったってことですよね?」
「いや、まあ……」

 これ、コーヒーショップの店長とお客さんの会話かなあ……。
 できれば避けたい話題だけど、利津さんは許してくれないだろう。
 他のお客さんから聞かれていない今くらい、過去の話をするのはいいのかな……。

「まあ、以前は支えてもらってたんです」
「日葵さんにですか?」
「日葵は営業担当で、僕の仕事をすごく支持してくれていたんです。お客さんにも猛プッシュしてくれて……」
「……日葵さん、あれで支えるタイプなんですか?」

 利津さんの眉間に皺が寄っている。あからさまだなあ。
 そんなに日葵って支えそうなタイプに見えないのだろうか。
 確かに、自由奔放に見えがちなところはある。人に気を遣って生きているようには見えないのかもしれない。

「見た目があんな感じだから、誤解されやすいんですけどね。彼女は人を支えることにかけては一流ですよ」
「そうだったんですね……」

 利津さんは言葉を失っている。
 日葵は、芯が強くて他人を守ろうとするタイプだ。
 その正義感がたまに危うく感じることもあったけれど、僕はそういう日葵だから当時は一緒にいることを選んでいた。

「まあ、仕事中の日葵と、普段の日葵はちょっと違うかもしれませんね」

 僕はブレンドコーヒーを焙煎することにした。
 別に利津さんから逃げたわけではない。いや、ちょっと逃げた。

 まだ、日葵から来たメッセージに返信をしていない。
 日曜休みかどうか聞かれたその先に、何かしらの誘いがあることは間違いない。それが分かっているから、どうしたら良いのか分からないでいる。

 夏祭りで日葵に手伝ってもらってみて、やっぱり一緒に仕事をするのには楽な相手だと思い知った。

 皮肉なことに、僕たちは私生活のパートナーとしては恐ろしく相性が悪い。
 日葵は仕事を離れた途端、思い切り構ってほしいタイプになるからだ。
 僕はどうも引っ張って行ってくれる女性でないとダメらしい。
 日葵と僕は、仕事でコンビを組む位が丁度いいのだろう。

 焙煎機のやかましい音が、僕の雑念を読んだように店内に響く。

 長いこと仕事も私生活も共にした相手を、そう簡単に憎めないのは普通だろう。愛情がなくても情だけは残るものだ。

  *

 日葵へのメッセージ返信を保留にして、僕は祥太くんにメッセージを送った。

『今日、泊まりに行っても良いですか?』

 このメッセージを送ると、祥太くんはすぐに返信をくれる。美容師という職業は仕事中にも頻繁に携帯電話を見られるのだろうか?
 あの美容室の事情はよく分からないけれど、祥太くんのレスはいつも早い。

 今日は……なかなか返信が来ないな。
 例の「まきちゃん」と約束でもしているのだろうか。
 僕に彼女とのことを追及されると思って警戒しているのだろうか。

 結局、この日の営業時間中は祥太くんから連絡が来なかった。
 珍しいこともあるなと閉店作業をしていたら、携帯電話が鳴った。

『すいません、ナツさん』
「はは、どうしたんですか?」

 祥太くんからの電話。いきなり謝ってくるところが彼らしい。すぐ返事ができないことくらい、どうってことないのに。

『あの、今日の泊まりなんですけど……』
「ああ、都合悪かったですか?」
『はい、実は家にいなくて』
「まきちゃん?」
『はい、まあ……』

 おいおい、付き合ってないんじゃなかったっけ??
 泊まったりする仲なんじゃないか……。

「分かりました、その辺の事情を今度話してくれるなら」
『えっ……。はい、そうですね』
「祥太くん、歯切れ悪すぎ」

 思わず笑ってしまった僕に、祥太くんは気まずそうに「また泊まりに来てください」と返す。どうやら祥太くんにとっての第一優先は、まきちゃんという子になったらしい。

 電話を切ると、今日は長い時間をかけて家に帰るのかあと途端に気が重くなった。
 僕の日常は、祥太くんの家に定期的に泊まらせてもらっているお陰でかなり助かっていた。

 そろそろ、引っ越しを考えた方がいいかもしれない。
 自分の店から家が遠いというのは致命的だ。
 少しでも睡眠時間を確保しなければ、このまま一人で店をやっていくことはできない。

 この町を気に入って、家から遠くてもここに店を構えることを決めた。
 お店を持って全部を自分がやるというのは、想像以上に体力を使う。

 僕はずっと祥太くんに甘えていて、それがあまりにも心地よかったから、ずっとそのまま過ごせるのだと勘違いしかけていた。

 携帯電話の、返信をしていないメッセージを呼び出す。

 日葵。

『日曜日は休みだよ。何かあった?』

 メッセージを返すと、予想通り僕の携帯電話が鳴る。
 祥太くんじゃないけれど、日葵もかなり返事が早い。

「はい、どうした?」

 閉店作業を終えた店内に、僕の声はよく響いた。人がいないだけで、昼間よりもがらんと広い空間に見える。

 日葵は最初に「ごめん」と切り出した。
 今日はどういう訳か、要件の前に謝られる日だ。

「いきなり何?」

 僕はどうせまた何か頼まれるのだろうと思って半ば呆れながら次の言葉を待っていた。

『前やってコンペに負けたプレゼンの件なんだけど、あの、ナツにコンセプトとストーリーと絵コンテ描いてもらったやつ……』
「ああ、うん」
『不採用になったって連絡が来てたはずが……案だけそのまま盗まれてる』
「へえ……。まあ、よくあるっていえば、ある話だね。その会社、もう付き合うの止めなよ。舐められてるって」
『うん……普通はそういう話なのかもしれないんだけど、今回はちょっと違うの。その企画で制作を担当するのが……』

 そこで日葵は詰まった。ここまで言いづらそうにしているところからして、嫌な予感がする。

「あの男なんだ?」
『ごめっ……』

 日葵の声に、泣き声が加わった。
 僕を振って、日葵が付き合った男……あいつ、まさか日葵に近付いてうちの提案を盗んだのか。

「いや、なんで……? 見せたのか?」
『見せてないよ。さすがにそんなことしない……。でも、PCをいじってるところを見られてたから、寝ている時にデータを取られたんだと思う……』
「やることが徹底してるね。随分と余罪のありそうな犯罪者だ」
『証拠はないんだけど』
「偶然にしては似すぎてたんでしょ? 提案が。しかも、向こうには何かしら特典付きで差別化できてて」
『うん……』

 つい、溜息が出た。
 あいつ、まさかそんな理由で日葵に近付いていたなんて。

 日葵に対する愛情がなくても、これは許せることじゃない。
 とにかく僕は苛立っていた。


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碧井夢夏 創作活動の時間を捻出して、より多くの作品を作る原動力にします。