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【エッセイ】【文学】カフカに倣いて(0) 徒手空拳

 極端に楽しみの少ない人生を送っている。
 そんな中、1月から始まったNHKラジオのドイツ語講座応用編「カフカを読む」の週二回の放送はささやかな楽しみで、愛聴している。教材として取り上げられているのは、現代文学に多大な影響を与えたチェコのユダヤ系ドイツ作家フランツ・カフカ(1883~1924年)の代表作「変身」や、三大長編「失踪者」(アメリカ)、「審判」(訴訟)、「城」、主要な短編作品のさわりの部分のほか、公務員カフカの手になる公文書にまで及ぶ。講師の川島隆京大教授のテキストの読みはさえ、その解説はすこぶる面白い。辞書の海に溺れ、学生時代に退行したような気分だ。退行してどうする。
 何十年ぶりかにカフカの原文と格闘していると、カフカについて何か書いてみたいという不遜な思いがむくむくと頭をもたげてきた——いや、無茶だ。私はカフカのよい読み手ではないし、カフカについて「いっぱしのこと」を書くには、知識量が絶対的に不足している――しかし、これがドストエフスキーのようななまじ知っている(つもりの)作家だと、生半可な衒学に走った駄文になってしまうかもしれず、チェーホフのような思い入れの強い作家だと、「俺のチェーホフ」的な押しつけがましい悪文となってしまう恐れがある。案外、カフカくらいが間合いとしてはいいのかもしれない――でも、カフカについて何を書いたものやら、構成がトンと頭に浮かんでこない。好きな作品の感想めいたものなら書けるとして、昔あまりに面白くて頭をくらくらさせながら読んだミラン・クンデラのカフカ論とか、今となっては何が書いてあったのかさっぱり思い出せないドゥルーズ=ガタリのそれとか、本の山の下から探し出すだけでも時間がかかりそうだ。あるいは昔読んだ時はすごく感動した記憶がある、カフカの若い弟子ヤノーホの「カフカとの対話」とか、今読んだらどんな感じなのだろう。果たしてどこまで戦線を広げられるのか――迷わず書けよ、書けばわかるさ。回数を決めず、不定期連載で書いていこうと思う。徒手空拳、行き当たりばったりである。カフカならきっと許してくれるだろう。

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