空に放した思いのかたちを、遠くの町で受けとめてもらった日。
誰に見てもらえるかもわからないのに言葉を綴って絵を描いている。
作品ができあがるまでの長い時間はいつも迷ってばかりいて、たいていは夜更けにやっとのことで色を塗り終えるとようやく安心する。
そうして自分の名前を記した作品を風船にくくりつけて空に放すのだ。
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第12回栞展の様子
奈良県にある本屋さん「とほん」の栞展に出品してみたくて、この冬にはじめて栞を制作した。
題を「夜と本と星」に決めて、思いつきをあれこれかたちにしていく日々は心躍るものだった。

締め切りの前日に、くまや星が描かれた栞は無事に奈良のお店へ到着した。
よかった、と息をついたのも束の間で、いったいどなたか購入してくれる方は現れるのか、本屋さんの平台のはじっこにおじゃましたままひなたぼっこをしているだけの栞になってしまったら、と心細くなったのだった。
そんなある日のこと、流星の如くきらめきながら夏樹さんの記事は白い画面に現れた。
記事によれば栞展の初日にお店を訪ねられ、なんとくまの栞をお迎えくださったのだ。
梅の花がほころぶような陽ざしのなか、本屋とほんさんの店内に並ぶ本や栞、それらを穏やかに包む空気と流れるスピッツの曲、読むだけで行きたかった場所の光景が目の前に広がった。
そっと涙をぬぐってくれるようなぬくもりに、
美味しいおやつと、和やかなほほえみ。
愛らしいお顔のくまさんたちのおしゃべりと、
痛みを虹の色に変えてゆくしなやかさ。
ふたたび“本屋とほんさん”へ」より
夏樹さんは作品集のZINEが発売されたその日にも小さな本をお迎えくださって、いつもくまのマフィンの絵と言葉を見守っていただいている。
その方から伝えてもらった“ぬくもりとしなやかさ”は、まさに自分がふわふわとおぼつかないながらも作品にのせようとしていたものに違いなかった。
そしてそれを確かに受け取っていただいたのだと知ると、目に見えない思いがかたちになったと感じられ、経験したことのない温かさに包まれる心地に泣きたくなるほどだった。

栞展へ向かわれる前に、夏樹さんは表紙のくまにまるであったか毛布のような言葉を掛けてくださっている。
君の仲間を、迎えに行ってくるね。
小さなZINEの表紙で毛布にくるまって眠る子に、そっと声をかけた。
ふたたび“本屋とほんさん”へ」より
やさしくなりたい、と思う。
傷つけられることがあっても、傷つける側になりたくはない。
やさしさはきっと手触りがよくやわらかい。
やわらかいものは壊れやすいけれど、やさしさはそうではないのだろうと思う。
やさしさを通すにはどれほどの強さが必要かこれまでに知ってきたから。
好きなお店が変わらずそこにあることも、行きたいときに行きたい場所に行けることも、そして本を読みたいと思えることだって、当たり前のことではなく、それはきっとささやかな奇跡なのだ。
ふたたび“本屋とほんさん”へ」より
あたたかいベッドで眠り、絵を描きたくさんの本を読めること。
音楽を聴き、舞台に心を動かされ惜しみなく拍手を贈れること。
夏樹さんの和やかな文章から、当たり前ではない日常のかけがえのなさが伝わってくる。

栞展に出品するきっかけとなった
みっちさんの作品とのコラボ写真
会ったことも話したことも
もちろんないのに
こんなにもつながっている
不思議なしあわせ
思い返せば夏樹さんのnoteをずっと読ませていただいていて、はじめてコメントをしたのは「本屋さんを開くなら」という記事だったと記憶している。
喫茶室もあり、ブックカバーの色を季節ごとに変えてくれるその記事の中の本屋さんには、とほんさんの雰囲気に通じるようなゆったりとした時間が流れている。
夏樹さんの文章をご存知の方は多いと思うけれど、きれい、とか美しい、など幅広くて分かりやすいばかりではなく、ご自身の感覚を再現する言葉をじっくり探されていつも大切に文章を紡がれている。
本を紹介されるときも、かわいい文房具やお店を見つけられたときも、つめたく澄みきった水のような感性の流れに思考の手を入れて、すくっては流しすくっては流し、誰にも見えるとは限らない言葉の金や銀のきらめきや影までもその指で静かにつかまえているよう。
そんな憧れの作家さんのような存在である夏樹さんにくまたちをかわいがっていただいている。
そのことはまたあてもなく作品を空へ放そうとする勇気になるのだ。
この感謝の手紙も、どうか遠くまで届きますように。
心をこめて🧸🔖
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ここまでお読みいただきありがとうございました。
思いのカケラが届きますように。