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伴走者へのアップデート

「おれ、最近、ママとパパと一緒にいる時間が少ない気がする」

ある晩、寝る前の布団の中。静寂を破るように、小学三年生になったばかりの長男が、ぽつりと言い出した。
特に心当たりがなかった私は、「そう? いつもと変わらなくない?」と、反射的に返した。

会話はそこで途切れた。暫くして隣で寝息を立てる息子を横に、私の頭の中は少しずつ、もんもんとしだす。

私は後になってからの後悔がとにかく多い。その場でゆっくりと言葉を紡げばいいのに、ついパパッと返してしまう。
仕事上での雑談も、お酒の席も、ママ友との付き合いも苦手だ。
仲良くなって言葉数が増えるほど、後になって「あの言い方はまずかった」「もっと別の言い方があったはずだ」と、一人反省会が始まってしまうから。

長男は、どう返してほしかったのだろうか。

実際のところ、生活リズムは昨年から変わっていない。
幸いなことに、彼はまだ家族との時間を大切にしてくれていて、休日には一緒に公園へ行くし、家でもリビングでべったり過ごしている。
家で長男だけが違う部屋に行くのすら「怖い」といって、必ず誰か連れていく。弟を主に。二歳児を連れてって何になるのだろうと思うけど、心強いらしい。

早い子は年長前後で少しずつ親の手を離れ出していく。
ひとりで近くの公園に行っていたり、友達のお家に子どもだけで遊んだり、夜もひとりで寝たりするらしい。
彼にはまだその兆候は全くない。だからこそ、あの言葉の真意が分からず、暗闇のなかで独り、思考の迷路に迷い込んでしまった。

そんなもんもんとした思い出の一つとなった出来事だけど、数日後に答えがでた。

小学校の懇談会で、担任の先生が話してくれた言葉が、ストンと胸に落ちたのである。

小学三年生は、いわゆる『ギャングエイジ』の入り口。反抗は自立のサイン。親は『やってあげる』側から、一歩引いた『伴走者』になる時期。
大切なのは、まずは話を最後まで聴き、善悪の判断は一旦置いて、気持ちに共感してあげること。自己肯定感が揺らぎやすい時期だからこそ、まずは認めることが大切。

なるほどぉ〜、そうだったのかぁ〜。全然共感してないわぁ〜びっくり〜。

あの時の言葉はやはり間違っていたわけである。私の放った「いつもと変わらなくない?」という言葉は、彼の揺れ動く繊細な気持ちを一刀両断してる。見事に。全然ダメじゃん。

あの時の正解はきっと「そうだよね〜わかる!なんでそう思ったのか、教えてくれる?」と、彼の心に寄り添う一言だったのだろう。
私はたくさんもんもんとしてきたが、こんなにも綺麗に間違ったもんもんははじめてだった。とてつもなくスッキリし、次からちゃんと気をつけようと心に刻んだ。

懇談会に出て、本当によかったと思った。
いつの間にか「子供がいま、どう生きているのか」を知ろうとする努力を忘れていたことにも、気がつけたから。

妊娠中は、赤ちゃんの成長を細かに知れるアプリを入れて、毎日の様にチェックしていた。通勤で使っていたバスを待つ間に見るのが楽しみだった。
産まれてからも、五歳くらいまでは、同じく産まれた後の成長を細かく記してくれるアプリで「この月齢だとこういうことをし出すのか」など事前情報の収集にも力を入れていた。トイレや寝る前のベットで必ず開くアプリだった。

あんなに毎日欠かさずチェックしていた育児アプリは、いつの間にかスマホから消えている。綺麗さっぱりなくなっている。

長男が小学生になり、少しずつ手が離れていくなかで、私はどこか慢心していたのだと思う。
目の前のタスクをこなすことに猪突猛進し、余裕のないまま一日を終える。そんな日々のなかで、彼の小さな変化を見落としていたのかもしれないし、知ろうともしなかったのかもしれない。
後悔と反省。けれど、今、気づけてよかった。
これからは、長男のいちばんの理解者として。彼が自分らしく進んでいけるよう、同じ歩幅で寄り添う「伴走者」として、また新しい気持ちで猪突猛進していけばいいだけだ。

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