いぬがしゃべりました ㉟【もう会えないの?】あと5話
「ある日突然、イヌがしゃべった!なぜ?」
中2女子 桃々と犬のサトーさんが、謎を解明するふしぎな3年間。
「犬と話したい」と夢見る方にお贈りする、冗談みたいなお話です。
(※第1話へ)
<第35話>「もう会えないの?」
私たち家族から、サトーさんは奪われた。
だけど、世の中は徐々に動き始めていた。
私たちの考えや心の準備なんて関係のないところで、しゃべる犬のウワサがまことしやかにささやかれていたのだ。
最初は政府も情報の公開に慎重だった。
首相官邸のぶら下がり取材でも、
「総理、高い知能をもつ犬が存在するというのは本当ですか?」という記者の問いに、
「現在、情報を精査しています。」
「事実か?事実でないのか?」
「否定も肯定もできません。」
ずっとはぐらかしていたのだったが…。
やがて、サトーさんがしゃべったネット映像も出回って、世論がAI犬ライカ以上の騒ぎになると秘密にはしておけず、ついに政府は重い腰を上げた。
「内閣情報調査室では、人類史上まれに見る高い知能を有する犬の存在を確認しました。」
多くの関心を集めた官房長官会見。ついに真相を告白し、
「都内のある家庭で育ったこの犬は高い知能を持ち、人間の言葉をしゃべります。そして誘拐事件を起こしたことが判明しました。危険な存在となり得るため保護し、身体検査など詳細を調査しています。」と伝えた。

…と、ここまでは表向きの見え方。
あとで分かった事だが、実は、政府がわざと情報を流したのだという。
「そんなことする必要あるの?」とパパに詰め寄ると、
「そうするしかなかったみたい。」
永田町の記者クラブの同期から仕入れた酒の席のツマミ話だから、信ぴょう性は高いらしい。
話によると、国内より世界各国がいち早く情報を察知して、しゃべる犬に異常なほどの興味を持ったという。
特に米国は軍事利用を目的に大使館を通じて日本政府にサトーさんの引き渡しをせまった。圧力はかつてないほど激しく、関係のない日本製品の関税まで引き合いに出して、首根っこをつかんで離そうとしなかった。
しかし日本国だって外交カードとしてサトーさんを持っておきたい。政府は困った挙句、" しゃべる犬のウワサが世間にバレて仕方なく公表する " …てなフリをする、という策に出た。
「そうすれば、日本が既得権を主張できる。既成事実化したのさ。都市伝説的な憶測だけどね。ま、おかげで『都内のある家庭』ってのがウチだって会社にバレて、局長に責任を問われたよ。『マスコミ人の端くれなのになんで隠してたのか』って。懲罰を受けない代わりに、サトーさんの特番を組まなくちゃいけなくなった。」と、ため息をついた。
とにもかくにもこのニュースは、新聞やテレビ、ネットニュースなど瞬く間に世界を駆け巡った。
アナウンサーが叫ぶ。
「しゃべる犬…。なんということでしょう。数カ月前、災害予測のSNSアカウントや医学論文で話題を呼んだ『Mr.シュクレマン』の正体もこの犬だったのでは、と一部報道で噂されています。それが本当なら、私たちは人類以外に知性を持った生物と初めてコンタクトすることになります。人間に勝るとも劣らないその知能。彼はいったい何を目的としているのでしょうか?どこからやってきたのでしょうか?そして、私たちの生活にどのような影響をもたらすというのでしょうか?政府は徹底して情報管理を行っています。」
世の中は大きな衝撃をもってこのニュースをとらえた。
“ しゃべる犬の存在、政府認める”
“ 生物学上最大の発見!高知能犬!”
“ 友か?敵か?人類の存在に迫る、知性を持つ犬!!”
ついに、サトーさんの存在が、世の中の知ることとなってしまった。
ずっと家族で秘密にしていたのに。ささやかに幸せに暮らしてきたのに。
白い紙に真っ黒な墨汁をぶちまけるように、一瞬にして秘密が白日の下にさらされた。あまりにもあっけなく。
サトーさんは一体どうなってしまうのだろう?実験に利用されるの?解剖されるの?
そんな時、私たち家族のもとに、
『サトーさんとの面会許可が下りた。』という知らせが届いた。
弁護士の八ツ橋お萩さんが暴れてくれたらしい。
◆

呼ばれたのは、永田町、内閣府庁舎中央合同庁舎第8号館の会議室。
やっとサトーさんと会える。
寒い中でお腹を空かせていないだろうか。奴らに虐待されて身体を壊していないだろうか。精神的に追い詰められ、やせ細ってはいないだろうか。
「面会は5分です。」
重いドアを開けると、広い絨毯床の真ん中でぽつんと置かれたソファに眠っているサトーさんがいた。
「サトーさん!」
ピクッと耳が動き、首を上げた。
「桃々ちゃん?」。
ソファから飛び降りると、一直線に走って私の胸に飛び込んだ。顔をなめながら、
「桃々ちゃん!大丈夫かい!?身体の具合は?胸は息苦しくない?」
「大丈夫、なんとか元気だよ。」
「良かった。本当に良かった…。」
ヘナヘナと座り込み、大きくホッと息をついた。
「心配してくれたんだ。」ニヤニヤ。
「してないし。」と照れ隠し。
私の膝を蹴るように離れた。
「サトーさん、ちゃんとごはん食べてる?」
「はいはい。それよか見てくれよ。」
くるりとお尻を向けたサトーさん。紙オムツをはいている。
「失礼だよな。尊厳を傷つけられた。トイレくらい行けるってのに。」
「案内の人に聞いたよ。そこら中におしっこひっかけたんだって?」
「首輪で括りつけようとしようとしたんだぞ。抗議したんだ。『違法だ、人権蹂躙だ』ってね。そしたら弁護士が出てきて、『人権は犬には適用されません』とかなんとかって言うもんだから。アッタマにきて。」
「ひどい事されてない?大丈夫?」
「パソコンが欲しいよ。勝手に連絡とるからダメだってさ。」
「あんたを野放しにしたら危険だからね。」
「内閣官房にハッキングして、閣僚全員の写真にちょんまげヅラをかぶせてやろうとしたのがバレたのかな。」
みんなで笑った。相変わらずの冗談を言えるくらい元気なんだ、って安心できたから。サトーさんも私たちの顔を見て緊張が解けたようだ。
「ははは、ああ、早く家に帰りたいなあ。家のソファで寝たいよ。」
「そうだよ。早く帰ろうよ。」
「でさ…」
サトーさんが真面目なトーンで話を切り替える。
「彼らはボクの身柄を渡せって言ってるんだよね。」
「えっ、ああ、」私はパパとママと顔を見合わせた。不意打ちの動揺で嘘は隠せない。
「でもさ、私たちは絶対…、」
「そっか。」
サトーさんが天井を見上げる。そして隅に設置されている防犯カメラに向かって言い放った。
「ねえ、聞いてるでしょ?話がある。」
「どした?」
キョロキョロする私たち。
息つく間もなく、ガチャリとドアが開いた。
入ってきたヤセ男。不敵な笑みですぐに分かった。病院で憎まれ口をたたいていた葛切内閣調査官だ。タイミングの早さから、すぐそばで監視していたことがうかがえる。
あとから入ってきた白玉災害担当課長が汗をふきふきペコリと頭を下げた。
「感動の再会。美しいですね。」
葛切はぺろんと垂れた前髪をかき上げた。相変わらずその感じがムカつく。前髪うっとうしいんだよ。ハサミでちょん切ってやろうか。
頭に血が上る私と違って、サトーさんは冷静だ。もうすっかりこの境遇に慣れている様子。
「決めました。」
「ほお、なんと。」目を細める。
「僕の身柄は国に提供する。すべてだ。」
「えっ!?」「何言ってるの?」
「ありがとうございます!やっとご理解いただけましたか。」
予期せぬ朗報が舞い込んだことに喜びを隠せない葛切。細い体をよじらせ、おっほっほっほと漏らした。白玉さんは、目を丸くして覗き込んでいる。
サトーさんはパパとママを見上げ、
「言われたんでしょ。桃々ちゃんの病気の治療を国が保証するって。」
「えっ?」
「みんな隠すのヘタだね。」
「それは…。」
葛切に向かって、
「協力します。身体を提供します。研究のため好きなだけいじくりまわしていい。」
「ダメだよ!サトーさん!私大丈夫だから!」
「何言ってんの。一択でしょ。桃々ちゃんの命が最優先でしょ。ボクは身柄を差し出すだけ。殺されるわけじゃあない。」
喜ぶ葛切に、決意をにじませる笑みを浮かべてもう一言。
「その代わり条件がある。」
「条件?ほお、なんでしょう。」
何でも聞きますよ。引き渡してくれれば何でも。どうせ大したことないでしょ。という余裕を見せた。
「桃々ちゃんの病気はボクが治す。そのためのバックアップを要請する。」
「は?」笑顔が固まった。「冗談にしては笑えませんね。」
「僕は、医学部の課程は習得した。ネットに転がっている医学書や論文で手に入る情報の範囲だけど。医師免許試験の過去問を試しにやってみたよ。合格ラインはゆうに超えている。」
「犬でしょ。研修医実績もない。医師免許は法的に認められない。ましてや医療行為なんてもってのほか。ハハハ。その前足でどうやってメスを持つんですか?」
「いいのかい?僕、知ってるよ。現代の医学でこの病気、『新種の先天性QP延長症候群』は治せないでしょ。」
「うっ…。」
「やはり。あなたたち、できもしない約束を善良な家族に提案したようだ。国家が無能なのは仕方ない。けど、ウソはダメですよ。」
高官らしくプライドは高い。無能呼ばわりは不服なようだ。口をへの字にして焦る。
「いやいや、治せないまでも悪化を遅らせ、今の状態のままキープすることはできる。そういう意味で治療…。」
「ほらね。いまの医学では限界がある。内服薬の投与とか、せいぜい不整脈を止めるための除細動器を体に埋め込むとかだろう。でも、それでは完治は望めない。時間稼ぎでしかない。」
「口では立派ですけど、犬のあなたに何ができるって言うんですか?」
「僕が検証してきた方法で、桃々の治療をさせてほしい。」
「ちょっと頭がいいからってそんなこと…。」
「ボクは、遺伝子療法を使用する。」
「ほお。」
「これまでの研究で桃々ちゃんの体内の原因遺伝子を同定できた。心筋と血管の遺伝子操作を行ない、イオンチャネルや調節タンパク遺伝子の変異を抑制する。」
「そんなことが…?不可能だ。」
「可能さ。スイスのキシュトルテ大学の遺伝子療法の権威、アプフェル・アウフラウフ教授に連絡をとれば分かる。彼と協力してずっと検証してきたんだ。こっそりね。臨床試験も成功したと聞いている。」
思わず、
「あんた、いつの間にそんなこと?」
微笑んで、「マッチングアプリだけしてたんじゃないよ。」
そう言えば…。
あの時のやりとりが頭の中でフラッシュバックした。
サトーさんがパソコンで誰かと話していたっけ。
「ドイツの女子高生とマッチングしてんの?あー気持ち悪い。」
「んなわきゃないだろ。失礼な。こないだの論文について議論を交わしてたんだよ。」
…確かに。
だから『医学を学びたい』って…。
サトーさんが宣誓のように毅然と背筋を伸ばす。
「医療施設、人員、費用の提供を求める。免許なしでも医療行為をするための法的な特別認可ももらいたい。」
「んー、断ったら?」
「ボクの身体は渡さない。質問にも答えない。」
「そんなことしたら…。」
「ムリヤリ手術台にしばりつけてメスで突っつき回したっていいさ。何がわかるというの?ボクの協力なくして『犬がなぜ話せるのか?』『きわめて高精度の災害予測』『画期的な遺伝子療法』…。人類が到達したことのない謎にどうやって迫ることができるのさ?約束してくれたら、すべての知見を提供するのになあ。」
「………。」
勢いに口をつむぐ葛切。劣勢を感じたのか大きくため息をついた。
はいはい、わかりましたよ、すべて受け入れるしかない。そんな諦めの表情で肩をすくめ、無言でどうぞと手を差し伸べた。
満足そうにサトーさんは振り向く。
「やっと、僕の人生の目的に集中できる。」
「目的って?」
「桃々ちゃんの病気を助けることさ。」
「え?なにを言って…。」
サトーさんは何も言わず微笑む。
もしかして…?
それで毎日勉強してたの…?
「あんた、聞いても私に関係ないって…。」
犬のくせに思春期こじらせて冷たくされていたと思っていたのに…。
サトーさん…あんた私のためにずっとずっとそんなことを?
「桃々ちゃんを守ること、ママとパパたち家族を守ること。それが僕の一生を捧げる使命なんだ。」
そうだ。
サトーさんはいつも私たち家族のことを思ってくれた。
幼い頃…。
地震の日には、私たちを引っ張ってベッドの下に逃げ込み、家族を守ってくれた。
どしゃぶり雨の日には、どろんこになって四つ葉のクローバーを見つけてくれた。
家族に亡くなったタル兄がいない寂しさを埋めてくれたし、
「ガッコ行こ。」と、私を学校に行かせてくれた。
ネオサピエンス研究機関でも、突き飛ばされた私のために傷を負ってまで戦い、こうやって何年もかけて私を病気から救ってくれようとしている。
ずっとずっと私たち家族のことを考えてくれていた。
早く言ってよ。ずるいよ、ずるい。自分だけカッコつけて。
…私、分かってなかったよ。
なのに今まで嫌なことばかり言ってた。ごめん。
この小さな体で、こんなにも自己犠牲に満ち、献身的に尽くしてくれた人生。その時間を思い知らされて、たまらなくなった。
「ダメだよ。そんなこと言わないで。一緒に帰ろう。ね?」
「僕は、桃々ちゃんを助けたい。いや、絶対に助ける。ぼくの生きる価値はそこにある。だから…ごめん。元気でね。バイバイ。」
「なによそれ…カッコつけて…。」
胸がいっぱいで、憎まれ口をたたくのが精一杯。
「あれ、言ってなかったっけ?」
止めようとしても涙があふれ出た。
「言ってません。」
◆

あれ以来、私たち家族はサトーさんと会えなくなった。
たった一回の面会だけで。
再びサトーさんは国に拘束された。葛切は「保護」なんて勝手なことを抜かしてたけど。
分かってるよ。サトーさんの出した条件と引き換えだということは、十分理解している。
でも、やっぱり…、
寂しいよ。
寂しくて寂しくてたまらないよ。
部屋にいるだけで、いたるところに思い出が染みついていた。
転がっているアヒルのおもちゃ。
幼い頃、かじって叱られたカーペットの端っこ。
壁に飾られた “ ももだいすき “ と書いた画。
ずっと背中を向けて勉強していたイス。
目にするだけで、サトーさんと過ごした時間がいやでも思い出された。
ずっと私たち家族のことを考え、どれほどの努力を続けてくれていたか。
知ってしまった今だから、余計につらい。
私のせいじゃん。私の病気のためじゃん。じゃなかったら、サトーさんと暮らせたっていうの?
「ねえ、パパ。いつまでなの?いつまで我慢すれば会えるの?もしかしてそう思って毎日暮らしているうち、サトーさんの一生が終わってしまうの?」
泣きながらいくら揺すっても、困り顔で黙るだけ。
ある日、地震が起こった。
大きくはなかったけど、事前予測の発表はされなかった。
きっとサトーさんや白玉さんは国民に伝えたかったに違いない。だけど葛切が止めていたのだろう。
ひとしきり家具や食器がガタガタ揺れて静かになったあと、私たち家族はそんなことを思っていた。
だけどパパもママも何も言わなかった。
サトーさんのいない毎日は、私たち家族3人の生活を変えた。
私はまた家にこもってしまった。
幼なじみの苺乃大福くんが心配して玄関口に来てくれるけど、布団にもぐって出られなかった。
わかってるよ、わかってる。ダメな私。ちゃんといつか元気に戻るから。もう少しだけこのままでいさせて。
そんな時…。
「寝てるかな。いいよ。寝てると思って言うね。」
パパがいつになく小さな声でささやいた。
心配したパパとママが、私のベッドの前で珍しく2人並んで座った気配がする。私は背を向けたまま寝たふりで枕に顔を沈めた。
「今までごめん、心配させて。パパとママとのこと。パパは自分の事しか考えていなかった。ママと話をするのが怖かったんだ。ママの悲しみを癒す自信が無かったから。でも本当は、ママの方がずっとずっと不安で辛かったんだと思う。」
「ママもごめんなさい。ずっと自分だけが悲しくて寂しいと思ってた。でもパパだって辛かったはず。どんなにママが冷たくしても、パパは家族の前で変わらないように明るく努めてくれた。もういいの。私たちはこれからのことを考えましょ。今から、明日からのことを。」
「そう。樽斗は皆の心の中に生き続けているさ。パパ、ママ、桃々、タル兄ちゃんの思い出、それからサトーさんと家族一緒に前を向こう。」
ママは優しく、布団の上から手のひらでそっとたたく。
「サトーさんとの日々がママたちに教えてくれたの。家族はもう一度ひとつになれるって。これからはサトーさんの分も、私たち家族が勇気をもつ時よ。」
背中に響く、手のひらの感触が優しすぎて、涙がこぼれた。
ねえ、サトーさん、もう一生会えないの?
(つづく) あと4話…
第1話へ 前へ 次へ
いいなと思ったら応援しよう!
シオツマのnoteはすべて無料です。お代は頂戴しません。
少しでも多くの方に楽しんでいただけたなら…それだけで幸せです。