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いぬがしゃべりました ㉙【犬の楽園へ】

「ある日突然、イヌがしゃべった!なぜ?」
中2女子 桃々と犬のサトーさんが、謎を解明するふしぎな3年間。
「犬と話したい」と夢見る方にお贈りする、冗談みたいなお話です。
(※第1話へ)

<第29話>「犬の楽園へ」


左大文字山ふもとの弘法大師堂は、ずいぶんと質素だった。大文字山の立派なお堂とまるで違ったものだった。

とはいえ、サトーさんも私たちもなぜか嬉しかった。

観光都市京都なのに、ネット検索でも出てこない、誰も訪れないさびれた祠。人知れぬ存在だからこそ、むしろ何か大切なことが隠されているかのような、わくわくした期待を抱かずにはいられなかったから。
平たく言うと、『謎解きフラグ』が立ちまくり。



パパとママが茂みを潜り抜けてきたのを待って、サトーさんは「ほら。」と黒い鼻先で鳥居の向こうを指した。
見ると、鳥居の根元から、林の奥へと石畳が続いている。

土で埋もれがちなので気づかなかったが、大小ふぞろいな飛び石が丁寧に並べられ、ヘビの通り道のように木々のすき間をぬって、くねくねどこまでものびている。その姿はまるで神社の参道のように、我々をこの先へといざなうようだ。

「気を付けて、誰かがいるかもしれない。」

サトーさんが一歩踏み出すと、誘われるまま私たちもあとに続いた。

「この先に何があるの?石畳はどこへ向かってるの?」
「わからない。追い風だから匂いの情報も足りない。」

最後尾のパパが祠に柏手を打って、「妙だね。仏教と神道が一緒に?」と不思議そうに鳥居をくぐり、「弘法大師堂は仏教でしょ。なのにここからは神社。なんで一緒にあるんだろうね。」と尋ねた。

「神仏混交だよ。」先を行くサトーさんが答える。「昔から日本には多くこういう場所がある。日本固有の神と、仏教を調和させて信仰したんだ。神仏習合ともいう。」

「神様って、ミックスとかトッピングとかしていいものなの?」
私が聞くと、
「桃々ちゃんたちだって神様を混ぜてるじゃん。お正月は神社で初詣、クリスマスや結婚式はキリスト教、死んだら仏教でお葬式。まるでファッションみたいに着替えてる。それに古来より日本では “八百万の神” といって、木だって川だって自然のあらゆるものに神様が宿ると考えるくらいだし。とにかく…。」

「とにかく?」
「とにかく、もしかしたら寺や神社は “隠れ蓑” にすぎないのかもしれないな。」

「隠れ蓑?どういうこと?」
「先へ進もう。日の高いうちに。」
「もお、またはぐらかす。」

林の中、石畳に沿ってゆるやかな坂を下っていくこと数分。
やがて冬の殺風景な林を抜けると、目の前に鮮やかな赤いツバキが咲き乱れる草木のアーチが現れた。
頭上にはソシンロウバイの黄色い花たちが私たちを見下ろす。その昔、参拝者がここを通ったのだろうか。冬に咲く花々にカラフルに彩られた通路の枝をかき分け、さらにその先に降りていくと、一気に開けた平地の高台に躍り出た。

「うわっ。」

昼下がりのまぶしい木漏れ日をかすめて目の前に広がったのは、田園風景だった。

遠くに民家がぽつんぽつんと点在している。山に囲まれた小さな集落。
それぞれがよく手入れされた畑や田んぼを見ると、静かながらも今も人々の暮らしが息づいているのが分かる。



「山の裏側にこんなところが…。」

足元には集落へと続く石畳。
うながされるようにつづら折りになった坂を下り、最後の緩やかなカーブを曲がると、それまで木々で目隠しされていた小さな ” 鳥居 "が姿を現した。

スタート地点にあったのと同じだ。集落の入口らしい。
その時、私たちは鳥居の脇に左右に並ぶ何かを見つけた。その形を認識した瞬間、全員が思わず息をのんだ。

「…狛犬だ!」

小さな鳥居の左右を挟むように、静かに犬の形をした狛犬像が2体並んでいる。

おそらく想像を超えるほど昔からここにあるのだろう。長年の雨風で犬の形の石はやや丸みを帯び始め、自然の粉塵がしみ込んでうっすら黒ずんでいる。まるで根が生えたみたいに台座の下の部分が土に埋もれ、枯れた植物のつるが絡んでいる。土地の人々に愛されているのだろう、首に前掛けがつけられ、足元に饅頭が供えられている。

「パパ、タブレット出して!」

狛犬の古い写真と見比べてみると確かに同じ。


昔ここで撮られたものらしい。
一匹は白い犬。りりしく座って片前足で行き先を指す。もう一匹は黒い犬。伏せて威嚇しているよう。弘法大師を案内したという伝説の犬に間違いない。ここだ。まさに探していた像だ。
初めてきた場所なのに、なぜか懐かしくなる感覚が私たちを優しく包む。大きさといい、形といい、像がかもしだす神聖さすらも、あまりに東京の飴宮神社の狛犬にそっくりだったからだ。

「本物だ。ね、ね、ここに何があるの?サトーさんの秘密?ね、ね?」

私のうすっぺらな感想など気にも留めず、サトーさんは周囲を嗅ぎまわる。
「犬の匂いがする。しかもたくさん。」

「あれ!?」ママが指をさした。

車が停まっている。
草木のくぼみに隠れるように停まっているが、どこかで見たことがある車だ。

「あのベージュ!」

街で黒いワンボックスカーに追われた時、追手の前に飛び出してくれたおかげで私たちは逃げ切れた。あの小さな車。
クリーム色をやや濃くしたようなベージュ。車名の通りカブトムシの丸い背を思わせる曲線で覆われたボディ。年代物の外車らしい細い左ハンドル。一度目にしたら忘れるはずもない。

「シッ。味方とは限らない。下がって。」
サトーさんは息を殺して低い姿勢をとった。ミラーにも映らないよう枯草の死角に身を沈めて静かに忍び寄り、窓からそっと覗くと、

「誰もいない。」

空っぽの運転席。残念そうに尻尾を垂れる。
「ん?この匂いは?」
鼻をヒクヒクさせたかと思うと、一転、熱心に周囲を嗅ぎ始めた。誰かが触ったであろう車のドアを、運転席から降りたであろう地面を、その先へ続くであろう足跡を。

ママをうかがうと、複雑な表情でその様子を見つめている。
街で見た光景が頭を離れないからだ。たった一瞬だけど、八ツ橋さんの顔をこの運転席で見た気がしてならなかった。
でも…でも、京都にいるはずがない。今日もいつものように図書館に出勤のはず。昨夜電話で話した時にだって、私たちの行き先を伝えもしなかったし。何も聞かず明るい声で「あらほんま?ゆっくり養生しなはれや。」と労ってくれた。

しかし江東区ナンバー…、
…東京の車だ。

心配するママの目を見て、サトーさんが応えるようにうなずいた。
「うん、当たっちゃったかも。」
「え、もしかして…?」
「この匂いは間違いない。ママの見た人は、八ツ橋さんだ。」
「そんなわけ…どうして?」
信じられない。

そんな時、サトーさんは遠くの気配に気づいた。
目を見開いて事態を理解したのち、衝撃的な言葉をママに伝えた。

「…なら、本人に聞いてみようか。」
「えっ?」

警戒をにじませ、サトーさんが身構える。
集落の建物から、下駄で砂利を踏み鳴らしながら、誰かの丸い人影が現れた。

「ここまで来はったんやね。」



聞き慣れた声。そこに立っているのは、少しぽっちゃりしたおばさん。

「八ツ橋さん!?」

ママは目を疑った。
ワンサイズ小さめのカーディガンが横に引っ張られ、ワンポイント刺繍の犬が伸びてちょっと苦しそう。間違いなく八ツ橋さん本人だ。
訝し気な視線を私たちに向け、口紅を塗りたくった唇をへの字に曲げて歩いてくる。無言で下駄を ” ザッ、ザッ、ザッ… ” と一歩一歩踏み鳴らし、こちらへとにじり寄ってくる。まるで小石が悲鳴を上げているかのようなキリキリとした摩擦音とともに。

「ど、どうして?ここに?」

頭が追いつかないママ。それも無理はない。
毎日仕事でお世話になっている八ツ橋さん。情に厚くいい人だったはずだけど、どうも疑り深い。ことあるごとにサトーさんを怪しんでいた。その度にママは嘘でごまかすしかなかった。
なんで今ここに?なんのために?怒ってるの?
身近で信頼していた人が、予想を超える行動をしてきた時、人は恐怖に陥る。

八ツ橋さんの勢いに押されてママはどんどん後ずさり。
一歩、一歩…近づいてくるたびにママは後ろへ後ろへ…。

” どん! ”

背中が何かにぶつかった。木でも壁でもなく、柔らかくて生温かくて重く鈍い感触。
振り向いたその瞬間、ママの顔が青ざめた。
なぜなら、ぶつかった相手から、また同じ聞き慣れた声が聞こえたからだ。

「ここまで来はったんやね。」

「八ツ橋さん!!??」

もう一人!?

信じられないことに、私たちの背後にも、八ツ橋さんがいる。
こちらも小さいカーディガンがきつくて、ワンポイントの犬がちょっと苦しそう。



訝し気な視線を私たちに向け、無言で下駄を ” ザッ、ザッ、ザッ… ” と一歩一歩踏み鳴らし背後から近づいてくる。

「えっ!?」
「えっ?」
「なに?」
「同じ人?」
「八ツ橋さんが2人ぃ!?」

混乱して交互に見比べる私たち家族を挟みこむように、前から八ツ橋さん、後からもう一人の八ツ橋さんがじりじり近づいてくる。
サトーさんは警戒の姿勢で、ライカの盾となる。
ああ、ダメ、もう目の前。

あまりに動転したからか、パパが思わずとんちんかんなことを口走った。
「も、もしかして、ク、クローン!?」

ザッ、と歩みを止める。

「は?そんなSF展開なわけおまへん。」

あきれた顔の八ツ橋さん2人。
「後ろは妹です、双子の。」

は?双子だって??
…目が点、の私たち。


「ぶっ、ふふふふ…。」


目尻をくしゃりと細めて、笑いだす八ツ橋さんたち。
回り込んで2人揃って並んで見せた。見れば見るほど全く同じ顔。

「ようこそお越しやす。姉のお萩どす。妹がお世話になってます。」
もう一人の八ツ橋さんは、
「やっとこさ、到着しはりましたね。妹の団子どす。千巻さん、私も図書館ズル休み。ふふ。」
とママに微笑んだ。

あっけにとられる私たちをよそに、
「この子やね。」
「そうえ、お姉さん。」
よっこらしょ、どれどれとサトーさんの前に揃ってしゃがみこみ、優しい眼差しを送る。

「サトーはん。何度も会うてるけど、初めまして。」
「ちょっと顔を見せておくれやし。」

さすがに雰囲気に飲まれたのか、言われるがままに一歩踏み出した。
ささやかな抵抗で鼻をクンクン利かせつつ、恐る恐る見上げる。

まじまじと見つめる八ツ橋姉妹。
「んもぉー。」
たまらなくなって、サトーさんの顔を両手でガツッとつかみ、一斉に撫で始めた。

「賢そうな顔してはるなあ。」
「お母ちゃんの『キナ子』に、よう似てはる。」
奪い合ってあんまり揉みくちゃにするもんだから、毛だらけの顔がクニュクニュになりながら、サトーさんが思わず声を漏らしてしまった。

「いてて、いてて。あの、『お母ちゃんのキナ子』って?」

「しゃべらはった!」
「しゃべらはった!」

八ツ橋さんたちは、思わず後ずさりする。
サトーさんは咳払いで気を取り直し、流れを悟ったようにハッキリと滑らかな言葉で言った。

「八ツ橋さん。お二人には、お聞きしたいことがあるんです。たくさん。」

目を丸くして顔を見合わせた八ツ橋姉妹。互いにコクリとうなずいて、肩に手を置く。
「ここまで賢い子は初めてやわ…。姉さん。」
「ほんまにいるんやなんて…。」

何かを思って声が震える。
「その時が来たのかもしれへんね。」
「私らの代でねえ。」
「おとんやおじいちゃん、ご先祖はんが生きてはったなら…。」
「ほんまやね。長いこと、お待ちしておりました。」
感極まったのか、目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

「ほんまに。長いこと…長いこと…何百年も。」

ポロポロと泣きながら、

「んもぉー。」

とまたクニュクニュ撫でまわす。されるがままのサトーさん。どうしていいか分からず、しばらくもみくちゃにされた。

どういうことだろう?
八ツ橋さんたちは、私たちが来ることを知っていた。サトーさんのお母さんのことも知っていた。サトーさんが何故しゃべれるのか?その秘密を知っているというのか?

私たち家族は事態を飲み込めないまま、茫然と立ち尽くしていた。そんなマヌケ面を眺めながら、八ツ橋さん2人はうんうんとうなずき、立ち上がった。
膝の砂をポンポンと払い、私たちに向けてこう言ったのだ。

「お話してさしあげまひょ。」
「私らが知ってること…、」

「ぜ~んぶ。」
「ぜ~んぶ。」




(つづく) あと10話…


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