いぬがしゃべりました ㊲【サトーさん宇宙へ】あと3話
「ある日突然、イヌがしゃべった!なぜ?」
中2女子 桃々と犬のサトーさんが、謎を解明するふしぎな3年間。
「犬と話したい」と夢見る方にお贈りする、冗談みたいなお話です。
(※第1話へ)
<第37話>「サトーさん宇宙へ」
ついにその日がやってきた。
サトーさんは気球で宇宙に旅立った。
インドのシュリ―ハリコータ島。ジャレ―ビー宇宙センターからの離陸打ち上げ。全世界でその様子が実況生中継された。
やがて宇宙空間での船内作業。作業は36時間に及ぶと想定されているため、各局テレビ番組の画面は速報のように大きく『L字型』に切り取られて、右下にワイプでずっと打ち上げられた気球のキャビンの様子が流れていた。
そこに映るのは、上空4万キロメートルの世界。
頭上は空気の無い真っ暗な宇宙。足下には鮮やかに青く輝く地表が果てしなく広がっていた。荘厳な美しさの中に恐ろしさをはらんだ光景だった。

キャビンには、サトーさんの他に日本、アメリカ、イギリス、インドの技術者の混成チームで乗員クルー4名が搭乗した。気球というからカゴを想像していたら、小ぶりのスペースポッドのような黄色いカプセル状の乗り物だった。
サトーさんはヘルメットと酸素マスクをつけて、ベルトで固定されながら丸いハッチから宇宙空間へニョキッと上半身を乗り出している。上空の空気は薄いものの強風なのだろうか、スーツからこぼれた毛が激しくはためく。
スタッフと連携しながらコンピューターを無心に操作しているのか、地上管制室とのやりとりの無線の会話が微かに聴こえる。
「"Control, this is Sato… Initiating phase delta—targeting frequency shift to... krrrch—inverse resonance locked. Particle density’s spiking—solar wind velocity exceeding... shhhk—expected parameters—bzzzt—なんたらかんたらkzzzzk—"」
終始英語なので、よくわかんないけど。
外苑の新国立競技場オリンピックスタジアムでも、巨大なLEDスクリーンでライブビューイングが無料開放され、多くの観客が訪れた。
生中継のその一挙手一投足に全世界が固唾を呑んで見守っていた。
ソーシャルメディアでは人々のコメントがさまざまな言語で今、量産され続けている。いまだに犬のサトーさんが信用できないという批判も多く、賛否両論ひしめいている。
◆

その頃、時を同じくして、なぜか私たち家族はまぶしいライトと大勢の人々の目の前にいた。
背後には『特派員協会』と金の刺繍でほどこされた深い紺色の幕が飾られている。
そう、私たちは『日本外国特派員協会』の記者会見を行なっているのだ。
政府が機密扱いにして、これまでベールに隠されていた私たち家族。それがいきなり自ら表舞台に顔を出すと声を上げたのだ。かなりの注目が集まった。
家族会議で決めたことだけど…、言い出しっぺのくせに私は緊張で死にそう。
目の前には、ずらりと置かれたマイク。大勢の記者たち。
パパのテレビ局や新聞社を始めとする国内の報道機関、それに米国CMMを始めとする各国メディアが今か今かと待ち受けている。
一番後ろの席では、内閣情報調査室の葛切が恨めしい顔で腕を組んでいる。ぺろんと前髪を垂らし ” 勝手にしやがって " とばかりににらみをきかせる。隣には、防災担当課長の白玉さんが汗をふきふき、嬉しそうに葛切を横目でうかがっている。
「桃々、だいじょうぶかい?手術前だから無理しないでいいからね。」
壇上に家族並んで座りながら、こっそり声でパパがささやく。
「う…うん。」
「気分がすぐれなかったら言うのよ。」ママが背中をさすった。
「ありがと。でも決めたから。」
脇に大きなテレビモニターが設置されていて、そこにサトーさんたちの作業する映像が生中継されている。宇宙の状況を見ながらの特別な形式の会見だ。
ズラリと並ぶ頭の集団からひょっこり手が挙がり、黒ぶちメガネのアフリカ系女性記者から質問が飛んだ。
"This is Madeleine from Nougat Journal. Momo-san, may I ask—do you see Mr. Sato as an ally to humanity, or a threat?"
イヤフォンから耳の穴に同時通訳が飛び込む。「(桃々さんにお聞きします。サトーさんは人間にとって味方なのですか?敵なのですか?)」
一斉にたくさんの記者の目とカメラのレンズが向く。
ひゃあ!
「あの…私は…私は…。」
ヤバい、手が震える。
同時通訳も私の言葉を待っている。鋭くとがった好奇心が突きつけられる。やばすぎる圧。
学校に行けなかった日々が頭をよぎった。人前で話すのなんて……怖い。
すばやく脇からパパが助け船を出す。
「皆さんにも家族がいますよね。家族が敵だと疑われたり、命を懸けて危ないところに行ったり。皆さんだったらどう思いますか?」
不意に質問を返されたことで、記者は不満そうにメガネを外してツルの先をくわえ、
「(私だったら…家族を守りますね。)」
「そう。だからこそ私は皆さんにお伝えしたいんです。サトーさんは、わたしたち人間の平和を誰よりも願い、そのために尽くしてきた。人類を愛した犬なんです。人知れず災害予測を伝えてくれていたのはご存じの通り。そして彼は自分の命をかけて、世界中の人間の安全のために、今、上空4万メートルにいます。」
パパが指したモニターには、酸素マスクをして、作業をするサトーさんの姿。
” コーホーコーホー “ と呼吸音が遠く離れたこの会場内に響く。
今度はママも続く。
「しかもサトーさんは、難病の娘のために、自分の身を投げうって手術を準備しているのです。たった一人の娘のために。彼は人間の味方である前に、私たちの愛する家族なんです。皆さん、お願いです。どうか理解してください。」
ざっと記者たちが私を見る衣擦れ音。
怖い…。
背中がびっしょり濡れ、こめかみから汗がしたたり落ちる。
でも…でも…、
チラリ、モニターに目をやると、宇宙空間のサトーさん。
操作卓の上に何かが置いてある…。よくみると小さな犬のぬいぐるみが飾ってある。
「え?嘘。もしかして…?」
私の大切な " タル兄ちゃん " だ!
幼い時のサトーさんがかじってボロボロにしたやつ。泣いて私がサトーさんを責めたっけ。どうしてあんな遠くに?
なんだよ、サトーさんはあんなところで頑張っているのに、桃々、あんたなにやってんの!ダメダメ!テーブルの陰で自分のお尻をつねる。
…そう、話す!私は話すのだ!
決意で強く握った手の腹に、爪が刺さる。
すうっと、息を吸って…、
「私は思うんです。」
たくさんの目が覗き込む。
よし、しゃべれてるぞ。息が上がる。でも私は負けない。
「サトーさんは、私の身に危険があってもいつも守ってくれました。地震からも。私が病気やケガをしそうなときも。サトーさんは、私を、家族を救ってくれたんです。私たち家族の一員なんです。」
画面には、宇宙空間で必死に作業しているサトーさん。
そうだよ。私たちは、ずっとサトーさんに守られてきた。
うまくいっていなかった家族を変えてくれた。
今度は私たちがサトーさんを助ける番だ。
「私たちは家族なんです。どうか見守ってください。だってサトーさんは私たち世界中の人間を愛してくれているから。どうか分かってください。彼は誰よりも血の通った人間なのです!」
パパとママが両脇からすっと優しく肩を抱いてくれた。
3人で目線を交わし、うなずく。
そう、私たちは " あの事 " を宣言するのだ。自立するのだ。
今日ここで、この場で、ハッキリと!
「だから、私たちは…、」
パパとママも声を揃えて加勢する。
「私たち家族は………、国を訴えます!」
「(ええっ!!??)」
あまりに意外な言葉だったのだろう。どよめきとともに、記者たちが驚きの目で私たちを見る。内緒にしてたから、同時通訳者も驚きで私たちと記者席を交互に見比べながら追いつこうと懸命に英訳する。
「私たちは、サトーさんを取り戻します!『保護』だなんてきれいごとを並べて、不当な拘束で国に奪われた家族を取り戻します!サトーさんの人権を主張し、本日、裁判所へ訴状を提出しました!」
「なんだと!?」
怒号に似た叫び声が部屋中に響いた。
最後列で見ていた内閣府調査官の葛切がイスから飛び上がったのだ。ぺろんと垂れた前髪をかき上げながら、「そんなことができるわけ…。」
すかさず、「ええ、できますとも。こちらが弁護団のリーダーです。」
パパが指した左手。そこから登場する、とあるふくよかな女性。
深々と丁寧なお辞儀をして顔を上げると…
…八ツ橋姉のお萩さん。
いつもより増量のエンジ色の口紅を塗りたくった唇。にいっと伸ばした不敵な笑顔で、記者たちをぐるりと鋭く見渡した。ピチピチスーツの胸には弁護士バッジとワンちゃんのバッジがきらりと光る。
「あれ、言ってませんでしたっけ?」
パパがいたずらっ子っぽく葛切に笑いかける。
八ツ橋さんが司会者からマイクをぶん取って、
「そうどす。ご存じでっしゃろか?オーストラリアの哲学者ピーターシンガーは、『動物は人間と同じように苦痛を感じる能力がある。だから人間と同じように扱われるべきだ。差別してはならない。』としました。実際、2014年の判例ではアルゼンチンの裁判所がオランウータンにも人間と同じ基本的な権利を認めました。他にも、欧米では、動物の原告適格を認めた裁判例がいくつも挙げられてるんどす。日本だけがアカン理屈はおまへんやろ?」
とニヤリ。
「そう。」パパも勢いよく立ち上がり、「考えてもみてください。『1つの惑星に知的生命体は1種類だけしかいない』と決めつけるのは人類の驕りなのではないでしょうか。だから…。」
私たちの顔を見て、
「私たちの家族、サトーさんにも権利が認められるはずです!」
ごとり、スマホを落とした。難しい長セリフのカンペ原稿が見えちゃった。
「パパ、カッコわる。」
フフフとママと顔を見合わせた。
「オホン。」ごまかすように咳払い。「私たちにとって、息子なんです。この桃々にとって兄弟なんです。大切な家族なんです。」
パパの本音の言葉に腹を括る。
強い決意とともに私はマイクをぐっと固く握りしめ、大きく口を開いた。
「私たちは…、私たちは、たとえ世界中が敵になっても、サトーさんを、かけがえのない『お兄ちゃん』を守ります!」
一斉に無数のシャッター音とフラッシュの光が押し寄せる。
「ふざけるな!」葛切が立ち上がった。「国を訴えるだと?恩知らずめ!娘の手術なんてやめさせろ!中止だ!中止!」
白玉さんが汗だくのハンカチを丸めて葛切の口に突っ込んだ。「んごっ。」
「落ち着け。記者たちの前だぞ。世論をおさえられないだろ。慎重に。」
先ほど質問した女性記者が、手をひとつ、そしてふたつ叩いた。
それを見たほかの記者も穏やかな笑顔で、拍手をひとつ、ふたつ…。
”パチ…パチパチパチパチパチパチパチ…”
外国人記者たちから、さざ波のように一斉に拍手が沸き起こる。
共感した皆が笑顔で惜しみない賞賛を送ってくれている。
「くそっ。」腰を落とす葛切。
鳴りやまない温かい拍手。
隣でパパが目を細くした。「強くなったなぁ、桃々。」
ママも「ええ。そうね。」
その時、
『Teeeeeeeeeeen(10)!!!』
いきなりサトーさんの叫び声が響いた!
同時に生中継の宇宙空間のクルーの会話音声も突然騒がしくなり始めた。
『……9!Orbital mesh stabilizing(軌道メッシュ安定中)
……8!……7!……』
緊張に張り詰めたカウントダウンだ。
「なんだなんだ?」
記者会見会場も一気に静まり返る。大勢の記者たちの目が一気に会場のモニターへ集中する。
画面では、キャビンのハッチから大気圏空間に上半身を乗り出し、上空4万キロメートルの風に吹かれながら作業するサトーさん。そしてカウントダウンする酸素マスクごしの叫び声と、合わせてコールする地上管制室の通信音声。
『6!……5!
Plasma sync within tolerance(プラズマの同期、許容範囲内)
……4!……』
世界中が固唾をのんで見守る。
あまりの緊迫に中継アナウンサーも押し黙ってしまった。
『3!Final calibration(最終キャリブレーション中)
……2!
……1!……
……0!
Running(起動)!!!……………』
しーん。
静寂が支配する。
永遠かと思わせるほど長い沈黙。
どうなった…?
やがて、電子音ノイズが徐々に聞こえ……
サトーさんの声が響いた。
『………It's working!!! It's working!!!(稼働したぞ!)』
興奮しキャビンの中へ転がり落ち、笑顔で乗員の皆へ計器を指し何か伝えている中継映像。それを聞いたクルーが数値を確認して歓喜の声を上げた。装置稼働を確信したのだ。全員で大きな声を上げて抱き合い、笑顔で健闘を称え合う姿が流れてくる。
「成功したんだ!」
パパが嬉しそうに私の肩を叩いた。
サトーさんは見事実験に成功した。地上から送った強い電波を無数の衛星で経由させて、地球を覆う電波ネットを作ることが可能になったのだ。
地平線に沈もうとする太陽に照らされ喜ぶクルーたちの姿は、人間と犬ではなく種を超えた友情と信頼の讃歌のようだった。
記者会見会場の記者たちも喜びにあふれた大きな歓声とともに、興奮して互いにハイタッチやハグで喜びを分かち合った。私たち家族も抱き合って喜んだ。
……はずだった。
突然、歓喜ムードを打ち消し、
“ ビーーッ!!ビーーッ!!ビーーッ!!ビーーッ!!ビーーッ!!ビーーッ!!!!!”
無機質なブザー音が鳴り響いた。会見会場の雰囲気を切り裂く。
生中継のクルーの会話音声も突然騒がしくなり始めた。
画面の宇宙空間では、サトーさんが再び上空へ顔を出し、珍しく動揺した様子でなにか叫んでいる。
「“This is serious!!”(大変だ!!)」会見スタッフが叫んだ!
同時に、記者席がざわつき始める。
「(あれを見て!一体何の光だ?)」
「“Oh my gosh... is that space debris?”」「デブリだって?」記者たちが次々深刻な表情に。
見ると、カメラのサトーさんの上空に、かなりの遠くだろうか?小さな光が見える。漆黒の宇宙に鋭利な剃刀で切りつけたような、美しくオレンジ色の光の筋。
「デブ?デブってなに?きれいね?」パパの袖を引っ張った。
「まさか…宇宙デブリか!?」
「なに??」
「宇宙ゴミだよ。壊れた衛星やロケットの部品だ。宇宙空間には無数に浮かんでいる。時々それらが落ちてくるんだ。普通は大気との摩擦で燃えつきるんだけど、中には耐熱温度の高い材質があって………ああ、大変だ!」

光が少しづつ大きくなっている。
「ね、ね、なんなの?」
「大きいものだとダンプカーくらいあるぞ。気球にぶつかったら、ひとたまりもない!サトーさんたちが危ない!!」
「うそ!」
サトーさんとクルーたちがキャビンを空中で移動させようと必死に操縦している。
けたたましく鳴り響くブザー音!!
地上管制室の通信も、興奮気味に何か繰り返し叫んでいる!!
私の頭の中で、旧ソビエト連邦のロケット実験、ライカの死が頭をよぎった。
ロケットは高熱と炎。舌を出して苦しむライカ。その姿がサトーさんと重なる。
…ああ、神様。
近づく光!どんどん加速!
「(気球に向かってるぞ!!)」
記者たちは立ち上がって叫ぶ者、電話をかけ始める者、画面に釘づけになる者、騒然とパニック!
接近してきた!
炎の揺らめきまで見えてきた!
すぐそこだ!
「サトーさん!危ない!逃げて!!」
まるで私の声が届いたように、サトーさんが振り返ったその瞬間!
” ガガガガガッ!!!!!”
乾いた鈍い衝撃音と共に、一瞬でデジタルノイズが走り、モニター画面が真っ黒に落ちてしまった!!
「サトーさーーーーーーーーーーーーんっ!!!!!」
(つづく) あと2話…
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