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いぬがしゃべりました ㉛【サトーさん誕生の真相】あと9話

「ある日突然、イヌがしゃべった!なぜ?」
中2女子 桃々と犬のサトーさんが、謎を解明するふしぎな3年間。
「犬と話したい」と夢見る方にお贈りする、冗談みたいなお話です。
(※第1話へ)

<第31話>「サトーさん誕生の真相」


「サトーはん。あんたはんの出生についてお話させてもらいます。ちょっとこれを見ておくんなはれ。」

八ツ橋姉妹は白手袋にするりと手を通し、飴宮神社の資料の底から紐で止められた古文書を取り出した。そこに書かれた崩し文字を指さして、サトーさんに見せる。

「あんたはんの血筋の半分は、ヨーロッパから来たらしいんどす。」

海外にも " お犬さま " に似た賢い犬種がいたそうな。
1680年ごろオランダ東インド会社の貿易商によって日本の出島に運ばれてきたという。



『南蛮犬、倭布留(ワフル)』という名で呼ばれたその舶来犬も、非常に頭が良かったと記録されている。人の言葉を理解し、文字も読むことができた。驚くことに、鳴き声を工夫して、ハッキリではないものの人の言葉に聞こえたと言う。
やがて長崎から、京都のここ八ツ橋神社を経て、その後、江戸へ献上された。

ワフルは、時の将軍徳川綱吉にたいそう可愛がられたそうだ。1687年の『生類憐みの令』が制定されたのもその所以であると言われている。
しかしやがて側近たちに、殿の寵愛を一身に受ける賢い犬は「不吉な使い」「いつか将軍家を狙う」と忌み嫌われ、毒を盛られて殺された。人知れぬ陰謀だったため一般には知られていないけど。

綱吉は悲しみワフルを祀るため、生前飼われていた地、神田の神保小路に作られたのが、あの『飴宮神社』だ。のちに江戸の大火で多くの神社が深川へ移された時代に、一緒に今の場所へ移動したという。
残された彼の子孫たちは代々言葉をしゃべることはなかった。私たちが江戸資料図書館で見た浮世絵、そう、寺小屋で犬が子どもたちに読み書きを教える江戸時代の擬人画は、のちに言い伝えを基に想像で書かれたもの。
やがてその言い伝えも現代ではすっかり風化してしまった。秘密を知るのは飴宮神社の亡くなった宮司のおじいさんが最後だった。



「だからおばあさんは知らなかったんだね。」

そのワフルの末裔は、実は現代のつい最近まで、たった1匹だけ残っていたらしい。
「そやけど、数年前に亡くなってしもうたんどす。」
八ツ橋姉、お萩さんが残念そうに首を振る。

「もしかして、飴宮神社のおばあさんとおじいさんの飼っていた、あの…?」

「そうですねん。宇井郎君です。」

宇井郎君。ボヤ騒ぎで助けられたおばあさんが可愛がっていたオス犬。亡くなってからも誕生日のお祝いケーキを焼くほどに。

「その宇井郎君なんやけど…。」さらに妹の八ツ橋団子さんが重ねるように続ける。「実は、サトーはんの父親です。」

「えっ!?」

お父さん!?サトーさんの?

ここで育てられたメス犬のキナ子、サトーさんのお母さんは、しゃべることさえなかったものの非常に賢く、人の言葉を理解し、簡単な計算くらいはできた。
しかし、この血筋は生まれつき身体が弱く、京都に住む八ツ橋お萩さんが一度だけ、治療のために東京の国立大学農学部の附属動物医療医療センターに連れてきたことがあった。

「その時ですわ。飴宮神社の宮司さんに面会するために数日ほど立ち寄りましてん。それまで私たち西の八ツ橋神社と東の飴宮神社さんは、互いに秘密を守るために交流はあえてしてきませんでした。やけど飴宮神社がこの代で閉じてしまう話を聞いたもんで『えらいこっちゃ』と宮司さんの保管していた文書を引き継ぐことになったんどす。」

そこでメス犬キナ子は、神社の宮司のおじいさんに飼われていた最後の一匹のオス犬と出会った。
江戸時代オランダから来た賢い倭布留(ワフル)の血を引いてはいたものの、宇井郎はごく普通の犬だった。
知らない間にキナ子と宇井郎は恋に落ちた。互いのDNAが引き合わせたのだろうか。まさか賢いキナ子と釣り合うことなどあるはずもない。八ツ橋さんも油断していた。

京都に戻ってから、ある時、赤ん坊がお腹の中にいることが分かった。もちろん八ツ橋さんたちは、父親がどの犬なのかなんて分かるはずもなかった。
しかし、その時だ。いよいよ出産が間近になってきたとき、

「突然、キナ子の姿が消えてしまったんどす。」

八ツ橋さんたちは方々を探し回った。

「まさか1匹で東京に向かったなんて、私たちは思いもしませんでした。」

あとで動きを辿って調査したところ、足どりが判明したのだという。
東へ行く運送トラックにこっそり忍び込んだり、箱根の山道を超えたり…。数日かけて移動した様子が、ドライブレコーダーや道中のコンビニなど各所の防犯カメラに残されていた。資料室のパソコンには、そんな画像も保管されている。

お母さんは身重の体を引きずってはるばる東京に来た。そう、彼に会うために。子どもが生まれる時に、父となる愛する宇井郎にどうしても会いたかったのだ。

窓から差し込む夕焼けが傾いた。
サトーさんの横顔を徐々に黄色く照らし始める。
防犯カメラに映るザラザラした画像の母を見て、今は会えない母と父に思いをはせる。

「お母さんは、お父さんのことを思っていたんだね。」

母犬キナ子は、愛する相手に一目会いたかった。
会いたくて、会いたくて。
自分の死期が迫っていたことも本能的に感じていたのかもしれない。残された時間、生まれる我が子と、その父である宇井郎と一緒に、家族3人でわずかな時間でも過ごしたかったのだろう。

「そやけど、悲しい運命が待っとったんどす。」

キナ子はようやく旅も終わろうとした時、渡ろうとした道路で車にはねられた。大きなケガをした体を引きずって、苦労して飴宮神社にたどり着いた時には、病気で宇井郎君は亡くなっていた。そうとも知らず、キナ子は神社の境内の縁の下に身を隠した時に、産気づいた。

彼女は暗い場所でたった一人で、赤ん坊のサトーさんを生んだ。
度重なる苦労と命を懸けたお産で精魂尽き果てていた。保健所に見つけられた時には、今にも力尽きそうな状態だった。だから保護職員に安堵の表情を見せたのかもしれない。



親子3人、もしも一緒に過ごせていたなら…。お母さんはどんなに報われただろうか。サトーさんは胸が締め付けられた。
「お母さん…。」目を潤ませ、「どんな思いだったんだろう。寂しかったよね。何もしてあげられなくて、ごめんね。ごめんね。」
防犯カメラに残された母キナ子の写真を鼻でさすった。その寂しげな背中に、私たち家族もかけてあげられる言葉がなかった。

数か月後、八ツ橋さんたちは、神社で子どもを産んだばかりのキナ子が保護された事を知った。しかも、亡くなっていた事も。子犬の引き取り手を探ろうとしたが、保健所に確認しても、個人情報だからと教えてもらえなかった。
そこで捜索は暗礁に乗り上げ、ストップするほかなかった。

「まさか、桃々ちゃんたちの家にもらわれていたとはねえ。」妹の八ツ橋団子さんが、西日でまぶしそうにしながら「覚えてはる?2年前の公園。」と私の記憶を試すように尋ねた。

「2年前…。」

「散歩で出会った時に、キナ子と生き写しやし。孫が『ワンちゃんしゃべったよ』とかいうもんやから、ドキッとしてね。アホな子のくせに証言のディテールにリアリティがあり過ぎましてん。あれからどす。もしかして…って、桃々ちゃん家の子犬を疑いだしたのは。」

「あ、あの時だ。」

かくれんぼ遊びをしていたら、サトーさんがしゃべる姿を男の子に見られてしまった。八ツ橋さんにお尻を叩かれてたっけ。
八ツ橋さんは、思ったそうだ。キナ子が残した息子は、普通の犬なのか?知能が高いのか?確かめようがない。同僚のママにそれとなく探りを入れてもわからない。八ツ橋家の長年守り続けた秘密を話すわけにもいかないし、と。

「こんなに賢かったやなんて想像もしとらんかった。動物クリニックの帰りに出会った時も様子がおかしかったし。」

そうだ。喉に魚の骨が引っ掛かった時だ。

「最後には、桃々ちゃんが江戸資料図書館に神社のことを調べに来た時に、いよいよ怪しいと思ったんどす。私、もうビックリして。慌てて資料を隠しました。そんな偶然があるんかいなって。」

昨日家族のあとをつけて行ったら、桃々を助けるためにサトーさんがしゃべったのを見て、それで確信したという。

「もう、たまらん思いどした。まさかそのまま京都まで来はるとはね。夜通し運転して、この歳には響きますわ。」と片手で肩を揉みながら笑った。

「あのベージュの車?」ママが「やっぱり助けてくれたのは八ツ橋さん…?」

「ええ、余計な追手がいるもんやから邪魔したろうと、ついね。なかなかでっしゃろ。おばちゃんのドライビングテクニック。若い頃は " ドーベルマンのお萩 " って呼ばれたもんよ。ほほほ。」

「黒のワンボックスカーは一体、何者なんですか?」

一転、八ツ橋さんは神妙な顔で、
「それが、分からしまへんのや。けど、東京からずっと後をつけて来たようどすね。良くないやつらに何か知られてしまっているかもしれん。」

「良くないやつら?」

「さあ、お父さん。とにかく日が沈む前に、車を裏庭に回しておくんなはれ。なるべく目立たんように。」ただならぬ雰囲気に、
「あ、はい。すぐ。」とパパは飛び出していった。

「それから、サトーはん。」
「はい。」

「私らが知ってることは、これでぜ~んぶです。ここから先はウチらにもわからしまへん。サトーはん、あんたの好きにしなはれ。」

サトーさんは、「ありがとう。感謝します。最後の詰めはお任せください。」と満面の笑みを見せた。

え?どういうこと?『ここから先?』『最後の詰め?』私には話がよく見えなかった。
サトーさんと八ツ橋さんをキョロキョロ。

「どういうこと?サトーさん、何するの?」

「謎を解くんだよ。まだ解明できていない。」
サトーさんは独り言のようにつぶやく。

「ナゾ?」
は?あんた聞いてた?ナゾはわかったじゃん。賢い犬が昔からいたんでしょ。サトーさんはその子孫だった。それだけのことじゃないの?

「じゃあ、そもそもなぜ僕たちのご先祖、弘法大師を導くほどの賢い犬が存在できたの?どうやってお犬さまの血筋が誕生したの?それについては何か分かった?」

「いや、えっと…。」

「犬がしゃべる。それは、古今東西いろんな架空の物語…小説、マンガ、アニメ、映画…で存在した。その犬たちがなぜしゃべるようになったかって?時には魔法だったり超能力だったり、だいたい不思議なスピリチュアル的な設定。いや、理由にさえも触れられないことのほうが多いよね。
なぜなら現実世界では『犬がしゃべりました。』なんてことがあるわけないから、理由なんて説明しようがない。」

「それがどうしたの?」

「だけど、これは事実なんだ。今、現実に起こっていることなんだ。ということは、僕が何故しゃべれるのか?僕は何者なのか?この血筋の犬種はなぜ生まれたのか?ただの " 犬神様の霊力 " なんかじゃない。必ず説明可能な科学的理由がある。それを突き止めるのさ。あと、もう一歩だ。」

「はあ…。」

あー、理屈っぽい。
相変わらずだよ。気持ちがわかんない。いいじゃん、もう十分じゃん。
ここまで八ツ橋さんの説明ゼリフ、けっこう長かったよ。正直、聞いてたのも飛ばし飛ばしだし。半分も覚えてないかも。これが映画とか小説だったら、お客さんもうんざりだよ。マジで。

” カチャリ “

姉の八ツ橋お萩さんがテーブルに部屋のカギを置いて、静かに言った。

「今日、ようやくサトーはんが現れた。あんたなら自分自身の秘密に迫ることができるはず。この神社にある資料、私ら一族がまとめてきたデータベースを使っておくんなはれ。」

つづいて妹の団子さんも、

「八ツ橋家は見守るだけが務めでした。私らはお犬様の未来を勝手に判断したらあきまへん。それを理解できるお犬さんが現れた時、そのお方自身が判断すべきなんどす。それが今なんどす。ご先祖さんの気持ちを思うと…、」

「私らホンマに」
「嬉しゅうて、」
「嬉しゅうて…。」

姉妹揃って、ポロポロ涙をこぼした。サトーさんの丸い頭に抱きついてまたクニュクニュ顔を撫でまわす。
されるがままのサトーさん。どうしていいか分からず、しばらくもみくちゃにされた。

そんな姿を眺めていたら、以前言ってたサトーさんの言葉がふと思い返された。

「僕は一体、何者なんだ?僕はどうしてこんななんだ。なんのために生きるのか?理由を知りたい。それを突き止めたい。絶対に突き止めて見せる!」




(つづく) あと8話…


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