30 桃太郎のPPM|BCGの事業ポートフォリオ理論
稼いでいる事業は先細りで、育てたい事業は赤字が続く。
コモモを立ち上げて二年。鬼ゴーへの対抗策として始めた新会社は、収益にはまだ遠い状態が続いています。そんな朝、猿が一枚の図を持って現れました。縦軸が市場の成長率、横軸がシェア——BCGのプロダクト・ポートフォリオ・マネジメントを軸に、事業の選択と集中をどう考えるかを物語と解説の二部構成で読み解きます。
桃太郎のPPM
コモモを立ち上げてから、二年が経ちました。
小中規模案件に特化した新会社として、鬼ゴーへの対抗策として始めたはずでした。しかし鬼ゴーはすでに市場に深く根を張っていました。価格でも知名度でも先行しているところに後から入るのは、想定以上に難しかった。コモモは件数こそ伸びていましたが、収益にはまだ遠い状態が続いています。
桃太郎は毎朝、社長室の窓から街を見下ろしながらコーヒーを飲む習慣を続けていました。景色は変わっていません。しかし考えていることは、二年前とずいぶん変わっていました。
月曜の朝、猿が資料を持って部屋に入ってきました。いつもより少し厚い。
「整理してみました。見てもらえますか」
資料には、二つの軸で事業を整理した図が描かれていました。縦軸が市場の成長率、横軸が市場でのシェアです。
「大規模案件事業はここです」と猿は図の左下を指しました。「シェアは高い。でも市場全体の成長が止まっています。鬼の数が減ってきているのと、大規模案件を出せる依頼主自体が頭打ちになっている。今は稼ぎ頭ですが、このまま市場が縮んでいけば、収益も落ちていきます」
「コモモは」
「右上です。市場は伸びている。でもシェアはまだ小さい。鬼ゴーが先行しているので、追いつくのに時間とお金がかかります。今のままでは、大規模案件の収益を食いつぶしながらコモモを支え続ける形になる」
桃太郎は図を眺めました。
「つまり、稼いでいる事業は先細りで、育てたい事業は赤字が続く」
「そういうことです。どこかで次の柱を作らないと、どちらが先に限界を迎えるかという話になります」
コーヒーがすっかり冷めていました。
その日の午後、犬が営業報告を持ってきました。
「一つ、気になっていることがあって」
「なんだ」
「最近、鬼退治の依頼と一緒に、こういう相談が増えているんです。鬼を倒した後の村が荒れていて、建物が壊れたままだとか、農地が荒廃しているとか。誰かに再建を手伝ってほしいという話で。うちでは対応できないので断っているんですが」
「それは受けられないのか」
「受けたいのはやまやまです。でも再建となると、大工仕事や農地の整備ができる人間が必要で。戦士とは全然違うスキルですし、そういう人材を新たに雇う余裕は今はない」
桃太郎は少し考えました。
「件数はどのくらいだ」
「この半年で十五件ほど。断るたびに、他を当たるのが大変だとおっしゃっていて」
「そうか」
それ以上は言いませんでした。犬が部屋を出た後、桃太郎はしばらく窓の外を見ていました。需要はある。でも必要な人材がいない。そう思いながら、話はいったん頭の隅に置きました。
夕方、雉が今週の情報収集の報告に来ました。一通り聞いてから、桃太郎は何気なく聞きました。
「うちのベテラン戦士で、最近出番が減っている者はどのくらいいる」
「かなりいます。大規模案件の件数が減ってきているので、月に一度も出ない戦士も出てきました」
「出身はどんな者が多い」
雉は少し考えてから言いました。
「さまざまです。もともと農家だった者、大工だった者、漁師の出身の者も何人かいます。戦士になる前の仕事を持っていた人が多くて」
桃太郎はそこで手を止めました。
午後の犬の話が、頭の中で動き始めました。必要な人材を新たに雇う余裕はない、と犬は言っていました。でも、すでにいるかもしれない。ずっとここにいたのに、誰も気づいていなかっただけで。
「村の再建に、そういう技術は使えないか」
「……使えると思います」と雉は言いました。「大工仕事や農地の整備なら、むしろ戦士よりも詳しいくらいで」
桃太郎はしばらく黙っていました。
翌朝、桃太郎は三人を集めました。
「村の再建支援を、新しい事業として検討したい。鬼退治の後に続けて受注できれば、既存の顧客との接点もそのまま活かせる。出番が減っているベテランの受け皿にもなる。小さく始めて、様子を見たい」
猿が資料に何かを書き込みながら言いました。
「コモモに使っているリソースの一部を、こちらの検討に回すということですか」
「そうだ。全部ではない。ただ、優先度を整理する時期に来ている」
「大規模案件の収益があるうちにやらないと、選択肢がなくなりますね」と猿は言いました。
「そういうことだ」
犬が「やってみる価値はあると思います」と言いました。雉は何も言わず、少しだけうなずきました。
答えが出たわけではありません。うまくいくかどうかも、まだわかりません。ただ、次に何をすべきかだけは、少し見えてきた気がしました。
桃太郎はコーヒーを一口飲みました。今日は、まだ温かい。
~おしまい~
解説①プロダクトポートフォリオマネジメント
あなたが複数の仕事や事業を抱えているとき、どこにお金と人を投じるべきか、どう判断しますか。感覚や経験だけでは難しいこの問いに、一つの地図を与えたのがプロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)です。
PPMは1970年代にボストン・コンサルティング・グループ(BCG)が開発したフレームワークです。縦軸に市場成長率(上が高、下が低)、横軸に相対的市場シェア(左が高、右が低)を取り、事業を四つの象限に分類します。

右上の「問題児(Question Mark / Problem Child)」は、市場は成長しているもののシェアが低い事業です。投資すれば花形になれる可能性がある一方、撤退を検討すべき場合もある。判断が最も難しい象限です。左上の「花形(Star)」は、市場成長率が高くシェアも高い事業です。将来有望ですが、競合との戦いに勝ち続けるために多くの投資が必要です。左下の「金のなる木(Cash Cow)」は、市場成長は鈍化しているものの高いシェアを持ち、安定した収益を生み出す事業です。大きな投資をしなくても稼いでくれる、組織の財源です。右下の「負け犬(Dog)」は、市場成長も低くシェアも低い事業です。撤退や縮小を検討する対象になります。
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