2026/8/9〜15 #七夕 #ラーメン #フルート #バッハ #広い河の岸辺 #ダニーボーイ #蕎麦 #日記 #コラム
2026/8/9(日)福生七夕祭り
昔は定期的にジャズのライブを開催していたアメリカンレストランが福生市にあって、そこで知り合った仲間が福生市主催の七夕祭りで集まる。今年もお祭り気分に浸りながら久しぶりに会った人たちと食事を楽しんできた。
福生市には嘉泉(田村酒造)と多満自慢(石川酒造)という酒蔵が2つもある。今年は初めて、2つの酒蔵が合同で樽酒を売っている場所に行って美味い酒を呑んできた。けっこう記憶が飛んでいる(笑)。

2026/8/10(月)怪獣ラーメン
健康のことを考えて、せいぜい週に1食くらいに抑えているラーメンだが、一日限定20食という「怪獣ラーメン」なるものに釣られた。夏ということでスタミナがつくように、肉がたっぷり載ったラーメンだということはわかった。
てっきり豚バラ肉を茹でてラーメンに載せるのかなと思ったら、さにあらず。おそらくは自家製チャーシューの端っこの切り落としになるところを集めて、少し割安な価格で肉がたっぷりのラーメンを提供しているようだ(だから数量限定なのだろう)。
こってりした豚骨スープにキリッとした「かえし」が美味しい横浜家系ラーメンであった。美味しいけれどクセになると栄養の摂りすぎ、偏りをもたらすのでほどほどにしないといけない。しかし、後で写真を見返したら凄いな、コレ。

2026/8/11(火🎌)無伴奏フルートのためのパルティータ
「無伴奏フルートのためのパルティータ イ短調 BWV1013」はバッハがフルート(当時はフラウト・トラヴェルソ)のために唯一遺した無伴奏曲だそうだ。NHK-FMの「古楽の楽しみ」で聴いた。
この曲でのフルートは旋律楽器でありながら、アルペジオや高低の音の飛び交いによって、「主旋律」と「ベースライン」が同時に鳴っているかのような効果を聴き手に与える。バッハらしいポリフォニーの作品だった。
それだけでも難しそうなのに、もともとは弦楽器か鍵盤楽器のために構想したのではないかという説もあるくらい息継ぎ無しに音が連なるので、かなりの難曲らしい。
2026/8/12(水)フルートと通奏低音のためのソナタ
これも「古楽の楽しみ」で聴いたのだが、バッハの「フルートと通奏低音のためのソナタ ホ長調 BWV1035」は通奏低音を伴いながらもギャラント様式(親しみやすく、優美で軽快、かつ感情的なメロディが主体)に接近した曲だった。通奏低音は主旋律を支える伴奏的な役割に聞こえる。
なんでもバッハが1741年頃(56歳?)、プロイセン王国のフリードリヒ大王(フルートの名手)の宮廷を訪ねた際、大王の側近であった音楽宮廷顧問フレデリク・デ・マルシャルの求めに応じて書かれたという経緯があるそうだ。
当時はホモフォニー的な音楽が流行っていたことに対応したのだろう。昨日の「無伴奏フルートのためのパルティータ」がバッハ的なポリフォニーの曲だったのと対照的で面白かった。
2026/8/13(木)The water is wide(広い河の岸辺)
7月からスコットランド民謡の"The water is wide"のレッスンを受け始めて今日でまだ3回め。なのに、仕上がったそうで今日でお終いになった。「つぎは何を歌いますか?」と聞かれても考えて来なかったので「う〜ん。Joni Mitchellにしましょうか?」と答えたら「難しいですよぉ」と言われた😂。ということで次もトラディショナル(民謡)にしてDanny Boyを歌うことになった。
"The water is wide"(邦題は『広い河の岸辺』)という歌は自分が選んでレッスンをお願いしたのだけれど歌詞の意味がよくわからない。先生とも語らったけれども、意味がわからない歌はよくあるということで一旦終わった。けれども後で調べたらわからないのも無理はない成り立ちがあった。
17世紀のスコットランドの、とある貴族に嫁いだバーバラという女性がいたのだけれど、彼女に振られた男が腹いせにバーバラが不倫をしているというデマを流したところ彼女は離縁されて実家に戻された。そんな悲劇を歌った民謡があったそうだ。
ところが20世紀初頭に、イングランドの民謡収集家セシル・シャープが各地の民謡を整理・統合し、" The water is wide" が現在の形になった。この際、先述のスコットランドの悲歌に、別の地域(サマセット州)で採譜された「川が広くて渡れない、ボートを作ってくれ」という別の歌の歌詞を接ぎ木したので、何か象徴的だけれど、よくわからない歌になったわけ😅。
現代では①恋愛の終わりと無常観、② 死別と、あの世への旅立ち、③困難を乗り越える希望を表現していると3つくらいの解釈がされているらしい。先生も言及していたけれど日本では「花子とアン」の劇中歌として使われた時は、③の希望の歌という意味が込められた。(ただし、英語圏では今でも葬儀や追悼の場でよく歌われているらしい)

2026/8/14(金) Danny Boy(ダニーボーイ)
2週間後の歌のレッスンで教わる予定のダニーボーイだけれど、これも少しややこしい。もともとは「ロンドンデリーの歌」(Londonderry Air)という民謡があって、これにフレデリック・ウェザリーという人が1913年にダニーボーイという歌詞をつけたそうだ。
で、これはてっきり英国の首都ロンドンのことだと勘違いしていたら、さにあらず。17世紀初めに北アイルランドのデリーという町にロンドンから植民し、再開発したことから、ロンドンデリーという地名に変わったという経緯がある。
で、ロンドンデリーの「歌」と邦題がついているけれど「Air」は歌詞のない曲を指すからちょっと変だ。ところが1894年にキャサリン・タイナン・ヒンクソンという人 が歌詞をつけた"Londonderry Air"が有名になったという経緯がある。そして、前述したとおり1913年にダニーボーイの歌詞がつけられた。
この歌詞の初めの方に"The pipes are calling"(パイプが呼んでいる)というフレーズがあって、これはバグパイプのことなのだけれど中学校の音楽の授業では、息子が戦地に駆り出されたことを表していると教わった。けれども戦争に限定せず、広く「離別を迫る呼び声」と解釈してよいらしい。要は今生の別れと覚悟して誰かを送り出す惜別の哀歌ということのようだ。
さて、楽譜を入手したのでギターで伴奏しながら歌ってみたけれど、こんなに譜割りが難しい曲だったっけ?四分の四拍子だけれど、8分音符が3つ分のアウフタクトで始まるので、各小節の中も最後の3拍目の裏からフレーズが変わったり、コードが4拍目で変わったりしている。
AIに尋ねたら「この曲が伝統的なアイルランドのエア(air)だからです。もともと口承で、かなり自由なルバート(テンポの揺らぎ)で歌われ・演奏されていた旋律なので、採譜したときに拍の枠にきっちり収まらないリズムになったのです」とのこと。ふぇ〜。先生、ご存知だろうな??

2026/8/15(土)蕎麦
夜は夜で、旧友と蕎麦屋で一杯やったのだけれど昼も出かけたついでに蕎麦屋で昼食をとった。デフォルトで饂飩(うどん)として提供されているランチメニューを二八蕎麦に変更してもらった。せっかく蕎麦屋に来たのだし、蕎麦は健康食品だからねぇ。
観光地でもないのに中国語を話していた6人連れの家族(なんとなく台湾の人かなと思った)、けっこう遠くからサイクリングして立ち寄ったというお母さんと小学生の男の子の二人連れとか、ふだん見かけないようなお客さんが来ていた。
ランチは胡麻だれでいただく豚しゃぶサラダのような蕎麦、夜の会食の締めは酢橘(すだち)を絞っていただく蕎麦でそれぞれ美味しかった。


