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【エッセイ】社会の歯車でも自由はある。蜂が教えてくれたこと。

時々気分が悪くなる。
ベルトコンベアーに乗せられたブロイラーみたいだ。
地下鉄を降りて、改札へ向かう登りエスカレーターに乗る。
見上げると同じようなサラリーマンが同じような格好で、同じような空気を身にまとってで乗っている。
月の労働時間の4割は税金払うための労働時間。
残りの90%は家族のため。
端数切り捨てほどのお金が自分の財布に残る。
そのお金もお昼代や、通勤用バイクの駐車代に消える。
何やってんだろうなぁ—————時々この言葉が脳裏に浮かぶ。
もし家族がいなかったら、今の給与を好きなだけ、好きなように使える——————と都合よくはいかない。
家族がいなかったらそもそも今ほど稼げていないし、家も持ててない。
まるでプールの中で歩いているように手足が自由に動かない感覚に襲われる。
どこかに逃げたいけど、本当に逃げたいのかどうかもやや微妙。
自分でもなぜこんなにオチてるのか理解できない。


「同じことを繰り返し実行し、それが気分良く感じられる状態、それが幸せだ」
このアインシュタインの言葉通りなら、私は今不幸ということかもしれない。
ただ、蜂の一生を思うと、気が楽になる。
今年の夏だったろうか。公園で散歩していると突然スズメバチに襲われた。
右腕に大きな穴があき、血が流れた。その時、少し蜂の生態を調べた。
蜂は奇妙な社会で生きていると初めて知った。
蜂は、生まれながらに明確な役割を担って誕生する。
雄蜂の役割は”交尾”のみ。
エサは働きバチ(雌蜂)がせっせと運んできたものを食べるのみ。
攻撃する針は持ち合わせていない。
なんだ、雄蜂は楽で交尾のみって楽しそう——————初めはそう思っていた。
雄蜂は実に不思議な生き物で、女王蜂は未受精卵と受精卵とを分けて産むことができる。雄蜂は未受精卵のため、父親がいない。
成虫になるまでただひたすら巣の中で暮らし、エサを与えられる。
そして繁殖期になると巣を飛び出し、女王蜂を探す。
見事交尾を成功すれば、生殖器は女王蜂に引きちぎられ、死ぬ。
繁殖できずおめおめと巣に戻ってきても働き蜂からエサはもらえない。
そして役立たずの雄蜂は追放され、死ぬか、殺される。
雄蜂は”交尾”しか役割がないため、エサの取り方は知らないのだ。
人間なら母親から愛情たっぷりのご飯が用意される。
子供がたくさん食べる姿は親として微笑ましい光景だ。
しかし、雄蜂かぎってはそうではない。
ただ将来の”交尾”のためだけにエサを与えられるのみ。
ゾッとするのは私だけか。


では働き蜂の一生の方がマシかというと、そうかもしれない。
働き蜂は、幼虫の世話、巣内の掃除、修復、巣作り、野外にてエサ獲得活動と、年齢とともに仕事も異なる。
色々な事が経験できるという意味ではマシな生涯かもしれない。
だけど、生まれながらに不妊なのだ。
人間の女性は子を宿し、産むことで文字通り後世へと歴史を紡ぐ事ができる。
壮大な歴史の一部になれる。子を持ち、自身の体験、経験を子に伝える。
蓄積した経験や知識を伝え、リセットする。
これこそ、人間の神秘だろう。
それができないというのは男性である私が思う以上に悲劇なのではないだろうか。
働き蜂は女王蜂、つまり自身の母親が産みつけた大量の幼虫を育てるためだけの役割なのだ。
では、やはり女王蜂が一番楽なのかと言えば、一番悲劇のような気がする。
女王蜂の役割は”繁殖”のみ。
ただ産み続けるためだけに生きるのだ。
女王蜂はたった16日で成虫となる。
そして巣内で複数の女王候補とDead or Aliveの死闘にて女王の座を獲得するのだ。
負ければ当然殺される。
女王蜂の寿命は最長で5年。
その間、ひたすら生み続ける以外にない。
昆虫に人間のような神経はないため、産みの苦痛はないが人間だったらこれ以上の地獄だろう。雄蜂も働き蜂も短命で1ヶ月〜2ヶ月程度の寿命しかない。どんどん自分の子が先に死んでいく中で女王蜂は生み続けなければならない5年間なのだ。
地獄すぎる。
感情がないのがせめてもの救いだろう。
地球の長い歴史の中で、自然淘汰の嵐が数え切れないほどの種を飲み込んできた。
それでもなお、蜂はその生態の中で重要な役割を担ってきたのだ。
それは受粉の担ぎ手としての役割だ。


受粉は果物や野菜の実がなるために不可欠なプロセスなのは周知の事実だ。
世界の主要な作物の70%以上が担ぎ手による受粉を必要としている。
蜂は地球の生態というプログラムの中で重要なロジックを担っているといえる。
人間にもたらす恩恵は計り知れない。
ただ、個々の蜂の一生を考えると、やはり人間に生まれただけで勝ち組かと思う。
だって私の目の前には幾多もの「選択肢」があり、自身で「自由に行動する」ことができるし、拒否することも当然できる。
今この社会で生きているのは、幸運かもしれない。
なんとなく、立ち止まって思いっきり深呼吸したくなった。


「体調不良で・・・」って仕事サボっても1日くらいどうってことない——————社会的モラル、社内規定、ジャングルジムの中で生活しているような狭苦しい日本社会だけど、まだそうでもないかとさえ思えてくる。
改札を出た私は、いつものモノクロの景色が、なんだか色づいているように見えることに気がついた。周囲のサラリーマンの歩調に逆らいたくなって、ゆっくり歩いてやった。
自然と頬が緩んだ。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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