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<ムカツヒメとは誰か?> アマテラス、セオリツヒメと絡めて考えてみた。

*口絵は、住吉社細見絵図:江戸時代「大阪歴史博物館」


4.

住吉三神の底筒、中筒、表筒、が、「津」の奥、中、外に対応するなら、そのまま奥筒、中筒、外筒であったはずです。

水平方向に広がる水に関する神として、宗像三神があります。神名はそれぞれの島に宿る女神名の形をとっていますが、宮名は辺津宮、中津宮、沖津宮です。
住吉三神の「筒」が「津つ」であるなら宗像の宮名に近い形になったのではないでしょうか。

では、住吉三神の「筒」が「星」であった場合はどうなるか?
天空に天中線を引いて天央から遠い方を「底」とするのか?
しかし、これも無理があります。
なぜならオリオン座(参宿)は一晩で東から西へ移動するからです。
上昇時、下降時の三つ星の角度は垂直に近づきますが、上下が入れ替わる。三つ星両端の星のどちらが「底」かは時刻によって変わるのです。

そもそも三つ星に「底」も「表」もない。
では、どうすればいいか。簡単です。マークをつければよい。

そして三つ星には、すでにマークが付いていた。


「stellarium」より抽出

図はオリオン座の三つ星付近を拡大した天体写真です。
アルタニクの下に明るい星がある。天文学ではオリオン座シグマ星と呼ばれています。
これがマークです。

そして、三つ星のシグマ星が隣りにある方を「表星(うわつつ)」とした。
なぜ、表筒とわかるか?

シグマ星こそが、第四本宮の正体だからです。
第四本宮のとなり、第三本宮の祭神は表筒男だからです。


住吉大社配置「全ては古事記の中に」https://kojiki.imawamukashi.com/05kosatu/05sumiyosi.html

上の図は住吉大社の配置図です。
補助線が惹かれていますが、これは画像をお借りしたブログのブログ主さんが引いたもの。レイラインとのずれを表しています。これでわかるのは、第一~第三本宮は直線上に並んでいるわけでない。
さらに、第一本宮と第二本宮の間隔は、第二本宮と第三本宮の間隔より広い。

さらに上空からの俯瞰写真。
第四本宮が画像の右へずれていることがわかります。

住吉大社配置 俯瞰写真「住吉大社」

厳密には現地での計測が必要ですが、オリオン座三つ星+シグマ星の配置と重なります。また、古代の天体観測精度の問題もあるので正確には一致しないでしょう。ただ、それぞれのずれは意図的なものと思わざるを得ない。

つまり、住吉大社は天空の星の写し絵として建てられたのです。
古代の人々は、天空から舟人を見守る神の写し絵を地上に描いた。
三つ星が神として機能するためには、シグマ星(第四本宮)は欠くべからざるものだったから第四本宮が存在する。

・住吉大神≠住吉三神
・住吉大神=住吉三神+第四本宮

であったということです。

柳田國男は、「第四本宮は、住吉三神に仕える巫女が控えた建物だった」と述べていますが、勘違いも甚だしい。第四本宮=オリオン座シグマ星がなければ、オリオン座三つ星=住吉三神は航海の指標として使えなかった。

延喜式内社として住吉神社は6社あげられています。すべて住吉三神が祀られていますが、第四本宮の祭神「姫神(息長足姫命)」が祀られているのは住吉大社だけです。

第四本宮の謎の一つとされています。
私は、これは住吉大社の創建が他の5社より古いことを示していると考えています。

何故か?
『住吉大社神代記』に姫神は住吉三神と密通をしたと書かれているからです。これは息長足姫からの連想でしょう。

だとすれば、『住吉大社神代記』が書かれた平安初期にはすでに第四本宮が何を表しているかはわからくなっていた。同時にそれは住吉三神がオリオン座(参宿)の三つ星であることもわからなくなっていたことを示している。

大社以外の他の5社は『住吉大神の正体=オリオン座三つ星+シグマ星』が不明になってから建てられたのです。


「以下、書かずもがなのこと」

これでこの項を終えるのですが、§3が全く書けていません。
30人ほどの多いとはいえない読者の方に見捨てられないように、なるべく早くアップしようと考えています。
しかし、構想はあるものの終着点が見えないのです。おそらくは資料の読み込み不足です。少し時間をください。

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