【エンターテイメント進化論】人は、また文字に帰る
かつて言葉は、
我々人間にとって
最高のエンターテイメントだった。
言葉を操る我々は、色彩に心を奪われて
絵画を志した。
さらに我々は
自然色を融合させて
陶芸品を織りなす。
陶芸
建築
家具
彫刻
染織
庭園
言葉を操る我々は、言葉を学べない人々に
唯一無二のエンターテイメントを
創り出していった
神話が言い伝えられて
物語になっていく
喜劇
悲劇
即興劇
叙事詩
叙情詩
言葉は模倣され
演技は人々を魅了していく。
模倣は、魂の受け渡しになっていった。
そして、オペラが生まれた。
それは
言葉のための音楽だった。
音楽のための言葉だった。
台詞は歌になり
歌は祈りになり
劇場は、ひとつの宇宙になった。
人は、舞台に座り
誰かの魂が震える瞬間を
自分の胸の奥に
移植していった。
やがて、都市は繁栄し
公開の劇場が増え
芸術は、貴族の宴から
大衆の熱へと溶けていく。
美しい声を浴びたい。
一度でも、天に触れたい。
その欲望は
音と光の共同体をつくった。
けれど、快楽は
いつしか劇場の外へ溢れた。
録音は
“その瞬間”を瓶詰めにした。
映画は
視覚を量産した。
テレビは
家庭に舞台を持ち込んだ。
音は
街角へ
耳の奥へ
脳の中心へ
最短距離で侵入した。
人は、
浴びる快楽に慣れていく。
そしてついに
快楽は、個人の手のひらに落ちた。
指で押せば
音楽が鳴る。
画面を滑らせれば
世界が流れる。
我々は、
速い刺激に慣れた。
同時に、
飽きる速度も速くなった。
そしていま――
人は、また
文字に帰る。
音も、映像も、
強すぎる光も、
“整いすぎた快楽”も、
心の芯までは届かない。
残るのは
たった一行の言葉だった。
誰かが置いた
小さな文章が
ある夜の心を救う。
誰かが書いた
短い独白が
人生を動かす。
言葉は
最も遅く。
最も静かに。
最も個を形づくる。
だから、強い。
きっと
未来のエンターテイメントは
派手さではなく
参加の形へ戻っていく。
読むこと。
書くこと。
返すこと。
人は
もう一度
物語の中に住み始める。
そして
言葉を操る我々は
また最初の場所へ立つ。
かつて言葉は
最高のエンターテイメントだった。
そしてこれからも
きっとそうであるように。
エンターテイメント進化論-END
-余談-
イタリア🇮🇹フィレンツェで
家具の修復士をされているみっちーさんの記事を読んでいるときに
この詩のイメージ像が湧きました。
私の脳みそ🧠どーなってんだ?🤣って話ですが…
古いものが再生していく
流行が巡っていく
我々は原点に還る
みっちーさんが100年ものの家具に想いを馳せ、もう一度使えるように再生する工程は
まるで魂の再生。
言葉にもそんな可能性を感じたのです。
彼女の記事に、魂を感じた。
私はそれを受け取って
自分の言葉に変換する。
それが、私だけの魂になる🔥
みなさんも、
みっちーさんのフィレンツェの風が吹く素敵な記事に触れて
自分だけの魂を灯しませんか?🔥
