ならざるものが、帰る場所
▼今週のお題
■セリフ
「これしか勝たんのよ」
■三題
・温泉 ・パジャマ ・頬骨
▼投稿ルール
・投稿締切(任意):2026年2月19日(木)23:59
・ハッシュタグ「#せりふ三題噺」「#温泉パジャマ頬骨」をつけて投稿
職場に、ふしぎな先輩がいる。
いつもぼーっとしてるし、慌ててるのを見たことがないけど、
毎日私より先に帰るし、成果も申し分ないようだ。
上司の覚えもめでたくて、時々表彰されたりもする。
ぎりぎりまで残業して私生活を犠牲にしてるのに、
ほめられるどころか怒られてばっかりな私としては、
実に、うらやましい限り。
できることなら、ぜひ、あやかりたい。
そう思うのは周りのみんなもおんなじで、
やっかみ半分の追求を受けることもしばしばなのに、
なんでかしら? あたし、なんか運がいいみたいなのよ。
その独特のキャラクターにはぐらかされて、未だに真相は謎。
やつには小人がついてるらしい。
それが現在、社内の定説となっている。
そんな先輩から先日、直々にお誘いをいただいてしまった。
あたしの実家ね、古い温泉宿なんだけど、
帰って来ないんなら、お客を連れて来いって、うるさくて。
一点の曇りもない、穏やかな笑顔。
ええっ? なんで私なんか? お金ないですよ?
思わず口を滑らせる最低な私。
ほら、こないだの打ち上げでたくさんお話しして、
あなたなら、大丈夫かなって。
あれのどこから信頼を得たものであろう。
酔って黒い歴史をわめき散らした挙句、赤ちゃん返りした所を
よしよししてもらった断片的な記憶が今整列しながら黄泉返る。
もれなく叩き伏せて草葉の陰に身を寄せたい。
自分のパジャマと、枕だけ持ってきてくれればいいから。ね?
温泉なら浴衣とかではないのか。枕はたいそう荷物だが?
いろんな疑念が脳裏に渦巻くが、なるほど、あの醜態の一部始終を
握られている以上、私に拒否権なんてものは無かったのであった。
それにあわよくば、秘密の一端をうかがえるかもしれない。
覚悟を決める。
そうは言ってもたった一人で敵地に乗り込む度胸は無いので、
仲良しさんならば、ご一緒にどうぞ?
とのお言葉に甘えて、
肝胆相照らす腐れ縁というか、髄まで腐った女子の絆を頼って、
かつてのサークル仲間を引きずり込むことに成功した。
我ながら、万が一の際も社会的損失を最小限に抑える優れた人選。
あ、せんぱーい! お出迎え、痛み入りますう。
いらっしゃい。遠い所、わざわざありがとう。
外にいてもいつもの笑顔。
さりげない私服が、さらに眩しさを際立たせる。
一方我が精鋭たちのブレない救いようのなさたるや。
私の背中に隠れるんじゃない。そっちは威嚇を止めろ。
挨拶くらいまともにしてくれえ。
聞いたことのない最寄駅から、車でなんと3時間。
長いトンネルを越えると、スマホは揃ってただのカメラ付き思い出小箱
と成り果てた。
すごい田舎で驚いた? 言ってなかったわね。ごめんなさい。
いえ、たまのデジタルデトックスはむしろ現代人に必須でしょう。
旅先なんだし、やっぱり自分の目で見て、体感しないといけないと、
思い、ますし!
魂が抜けたみたいになってる左右の廃人のスネを蹴り上げる。
そう言ってもらえると助かるかな。ここに在るのは、なんというか、
全部、昔そのまま?だから。
窓の外は、すでに抜き差しならない大自然。
何が出てきても違和感なく受け入れられるであろう。
タヌキが二足歩行してそうだし、空ゆくカラスも天狗の手下に見える。
ようやく宿に着くと、いきなりその親玉と対面することになった。
遠路はるばるよく来たな! 歓迎するよ!
ええと。ここのオーナー。私の……伯父です。
とにかくデカい赤ら顔。鼻の長さも申し分ない。山小屋のヌシ然とした
カジュアルな格好だが、山伏装束も似合うに違いない。
人外推しなツレの一人の熱量が、背後で静かに上昇するのを感じる。
このままでは厄介な夜になりそうだ。早々に寝かしつける算段をせねば
なるまい。
他の客も来てるし、久しぶりに料理の腕がふるえるな!
ムジナ相手じゃそうもいかん。
たまに会う親戚同士、積もる話もあるのだろうが、声もデカいので
筒抜けだ。 ん? 料理が久しぶりとな?
建物自体は、旅館というより、古民家を改装した今時の人気宿といった
風情だった。なんとなく古色蒼然を想像していたが、これならうら若き
乙女の端くれとしてもなんの不満も無い。確かに、パジャマのが似合う
かも。
そこにドヤドヤと入ってくる、リアルハロウィンご御一行。
魔女にカボチャに狼男。実に、真に迫っている。円安を満喫中の外人
さんたちであろうか。さすが本場のクオリティ。でも、今、何月?
我々現地人に気づいた魔女が、ワーオと奇声を発して接近してくる。
やべえ、こいつ陽キャのパリピか?しかもHello警報発令中。
高度な専門知識特化型として世を渡る我ら風前のトモシビ。
この中に鬼滅語の習得者はおらぬか?
ジブリか?ジブリ好きを装えばいいのか?
それから起きたことをかいつまんでご説明いたしますと。
お食事は大変美味しゅうございました。
その後、ご当地の地酒なんてものが登場。ほどよく血の巡りが良く
なった結果、かのハロウィンモンスターズとも無事親交を深め、
一度みんなでお片付けの後、食堂全面使用のお楽しみ枕投げ大会に。
理由を知っていたら、低反発のなんて持ってこなかったのに。
そこで運動神経の無駄使いの呼び声も高い、ツレの一人が大活躍、
惜しみなき賞賛を浴び、一旦お開きに。
その後、有志によるパジャマパーティーなるものが開催され、
ドレスコードの謎は解明されたのでした。
パジャマって言ったのにネグリジェ持ってきやがったもう一人の
ツレが魔女とかぶって意気投合、秘薬入りを標榜するボトルが投入され
、場は一気にイリーガルなムードにボルテージUP、あとはもう何が
何やら。
で、今、これしか勝たんのよ、を連発するスケルトン?に捕まって、
死後のハーレム入りを勧誘されながら、頬骨を撫でられている私。
見れば弟子入りして基礎魔法を身につけつつある者あり、
ケモナーに開眼して狼男の胸毛をこねてるヤカラあり。
これはうつつかまぼろしか
どうせ負け組確定な投げやり人生
永久就職先も決まったし、夢ならもう、醒めなくてもいいかも
あくる日。
頭の中、および表皮に巣食う鈍痛はまだおさまらなかったが、
温泉宿に来たのに、まだ肝心のそれに入っていないことに気づいた私は、
無理に起き出して、浴衣を羽織る。なんだこっちもあるじゃないか。
部屋の四隅の内の二つには、放蕩の報いを受けてぐったり動かない
何かのなれのはてが、アラレもない姿を晒している。
聞けばモンスターズは今朝方元気に帰国の途についたそうな。
さすがは上位種、といったところ?
のれんをくぐると、先客がいた。
かけ湯をして、つま先を湯に浸す。
お疲れ様。無事、生還したわね?
湯船の中なのに涼しい笑顔。まったく、この人は食えない。
あれだけの情報量、順番に披露してたら受容する前に逃げ出すだろう。
こいつなら耐え切れると踏んで、わざとあれを当ててきたのだ。
もう思い返しても、驚く気力もない。見事な手際。
もういいです。降参です。
ここって一体、なんなんです?
瞳を巡らせて、白い人差し指で、下唇に触れる。のぞく白い歯。
何って言われても、見ての通り、としか。
私の実家には、違いないし。
するりと上がって、洗い場へ向かう。
張りのある両脚の間に、しなやかな尾が躍る。
パンツルックの先輩を見ないわけだ。
でもね? どんなに隠しても、バレちゃうことって、あるじゃない?
桶に湯を溜める。
ボディソープを泡立てて、滑らかな肌に添わせる。
お背中流します、と言いかけて、止めた。
知りもしない私が触れるには、畏れ多いほど、神々しい。
それに、洗い方もわかんない。妙に敏感なところだったらまずいし。
やっぱり、一緒に生きていくのだとしたら、
知っておいて欲しいんだ。
後ろ向きのまま、手が止まる。髪から滴る、雫。
せめて、わかってくれる、人たちには。
それってわがまま、かな。
休みが明けて、職場に戻った私は、ほんの少し、評価が上がった。
一度も褒めてくれなかった老害上司が、よく頑張ってるなと、
頭を撫でてきたのだ。もちろんセクハラ上司に降格だ。
先輩はいつも通り皆に愛されつつ、そつなく仕事をこなしている。
毎日定点観測する笑顔にも、含むところは認められず、
ちょっぴり悔しい気がしないでもない。
でもあの日、駅でお別れした時、こっそり私だけに握らせてくれた
小さなお守り?は、今も肌身離さず身につけている。
うっかり手放すと、どんな呪いが降りかかるかわからないし。
でもまあ、迷信嫌いの私にも、日々の決断の後ろ盾になってくれている
側面は、否めないのである。
例の二人もあれから、やたらとやる気にあふれている。
目指す方向が魔力の向上と鋼の肉体だから、腐敗が進んでいるきらいは
濃厚だが。いつか発酵であったと喜び合う日が来ることを祈っている。
