見出し画像

コスパ・タイパでなく、淡々と好きなことをやる

「メリット」とか「得」とかを追い求める人生は、最終的には疲弊するし、後悔する。
だって、そんなものを追いかけて生きていても、結局、誰のための人生なんだ?ってなるからだ。
それよりも、自分がやりたいことをやったほうがいい。好きなことをやったほうがいい。

やりたいことをやっているとき、その最中にふとセレンディピティが起きることがある。
スピリチュアルとか好きじゃないし、むしろ嫌いな方だけど、それでも俺の人生の中で、何度もそういう「偶然の奇跡」みたいなものは起きてきた。
やりたいことをやっていると、道が開けていく感覚。誰かと繋がる、誰かに求められる、気づいたら何かを得ている。
これって、損得を計算して「これをやれば得する」「これをやれば成功する」とか考えているときには絶対に起きない現象だと思う。

「やりたいことがないんです」という人もいる。でもそういう人って、だいたい誰かにとって使い勝手がよくて、いい駒として動ける人たちだ。
タイパだの、コスパだの、合理性だのって言う人たちもそう。総じて小狡くて、せせこましくて、結果として薄っぺらい。
それよりも、好きなことをやる。やりたいことをやる。
ひいては、その中で自然に人から求められることをやる。それが一番いいんだと思う。
嫌なことはやらない。それがシンプルなルールだし、残酷なようだけど、結局、幸せになるためにはそれしか道はない。

もちろん、コスパやタイパ、メリットを追い求めた結果、死ぬことだってある。でもそれもまた事実だし、別にそれで社会が大きく変わるわけでもない。よくある話だ。これが世の中の9割ぐらいなんじゃないかなと思う。
ただ、俺は思うんだよ。
自分の時間、体力、そして認知——つまりはこれこそが人生そのものだということ。
人生は結局、認知をどう感じるかでしか決まらない。自分の脳みそにとって、何が楽しいのか、何が心地いいのか。それを深く考えて選ぶことが、一番大事なんだと思う。

俺の場合は、新しいものを情報収集するのが好きだ。
本を読むこと、音楽を聴くこと、映画を観ること。新しい刺激を受けて「うわ、何これ?」って驚く、その瞬間がたまらなく好きだ。
それから、好きな人たちと対話したり、笑ったりする時間。家族、友達、会社の仲間、そういう「自分にとって大切な人たち」との時間が何よりも大事だと思う。
健康状態もそう。自分が思う美しさや、健全な見た目を保つこと。それも自分の機嫌を良くするために必要なことだ。
旅行することも同じ。新しい景色を見て、新しい人に会って、一緒に行った人と笑い合ったり、思い出を作ること。それがまた次の力になる。
あとは、書くこと。これも欠かせない。
自分が何かを感じたとき、考えたとき、その思考や感覚を言葉にしてアウトプットする。
それ自体が、俺にとってはすごく大切な行為なんだ。

結局、好きなことをやる。それに尽きる。
無理なことは無理だって言えばいい。
他人のためとか、社会のためとか言いながら、自分をすり減らして、最後には何も残らない、そんな生き方をする必要なんてないんだと思う。

いいなと思ったら応援しよう!