人生をシンプルにするということ

人生は、できる限りシンプルにしていくべきだ。
人間関係、金、承認欲求、各種依存――そういったものを一つずつ削ぎ落としていき、
自分が本当にやりたいことに全力集中できる環境とマインドを作り上げていくこと。
これが、自分の人生を生きるために、何より大切なことだと思う。

思い返してみると、酒を飲んで「楽しかった」ことなんて、本当にあっただろうか?
確かに、酒を飲んでいる最中は楽しかったように思える。
でも、その後に残るのは、翌日の後悔、体調不良、頭痛、倦怠感…
そんなものに何百回も苦しんできたじゃないか。
あれは本当に楽しかったのか?
いや、違う。
「楽しまされていただけ」だと思う。

ストロングゼロだってそうだ。
9%のアルコールで、フレッシュで甘くて、一瞬「美味しい」と錯覚させる。
でもそれは、飲んだ人の意識をフワッとさせて、社会の辛さを一時的に忘れさせるための、
安価で手軽なドラッグでしかない。
それを「美味しいんだ」「これがいいんだ」と、無批判に受け入れて飲み続けるのは、正直バカだと思う。

酒だけじゃない。
タバコもそうだし、ギャンブルもそうだし、水商売の女もそうだ。
あの世界観は「男たるものこうあるべき」というマッチョイズムと結びついて、
あたかも「やらないなんて男らしくない」という謎の圧力を生み出してきた。
でも、それは全部企業が作り上げた幻想だ。
ブランディングという名の幻想だ。
タバコ会社、酒会社、ギャンブル産業…
彼らは「カッコいい」「ハードボイルド」「危険で刺激的」というイメージを徹底的に刷り込み、
消費者に「自分で選んだつもり」にさせながら、実際には「選ばされている」だけの状態を作ってきた。
それに乗っかって、「昨日飲みすぎたよ」「二日酔いだよ」と、
少しだけ誇らしげに語っていたあの頃の自分は、今振り返れば、本当にバカだったし、未熟だったと思う。
自制心もなかった。

この「幻想」を生み出し、消費を煽る仕組みを、ビジネス用語や社会学の言葉で何というのだろう?
「ブランディング」だけでは弱い気がする。
マーケティング、プロパガンダ、ナラティブ…
それらの複合体として存在している「社会的構造」に名前をつけるなら、「社会的洗脳装置」や「消費者意識誘導装置」という表現が近いかもしれない。
俺たちは消費者として、こういう「仕組み」を意識しながら生きていかなければならない。

そして幸いなことに、俺はアル中にも、ギャンブル依存にも、セックス依存にもならなかった。
それだけでも十分に幸運だし、今こうしてシンプルで穏やかな生活を送れているのは、
過去の失敗をちゃんと学びに変えられたからだと思う。
今が楽で、楽で、しょうがない。
もう余計なものに振り回されず、自分のやりたいことだけに集中していける毎日。
これ以上の幸せはないんじゃないかと思う。

いいなと思ったら応援しよう!