【#創作大賞2025 #恋愛小説部門】『制服にサングラスは咲かない』13章
ーーおい、大丈夫か?
ーーどうした今、連絡とれないのか?
ーー取れないなら一言、言ってくれ
ーーおい
ーーまじめに
ーー頼むよ
ーーおい
ーーいい加減にしろって
ーー何やってんだよ
ーー今何やってんだ?
ゲンジさんに起こされてスマホの充電を確認した時だった。
ビーチサンダルから大量のメッセージと20件くらいの着信通知が来ていて、寝ぼけていた僕の頭はちょっとした違和感で覚醒した。
一体全体なんだって、たった2日連絡が取れないくらいで、こんなにもメッセージを送ってきたり電話をかけてくるのか、さっぱり心当たりがない。
今までだって、お互いメッセージに既読無視をして、ふとしたときに連絡を取り合ったりしてきたはずだ。
僕らの間に急を要するような事情は挟み込んでいない。
ただ、オンラインゲームの世界でそこそこ交流を保ち、延長線上でリアルでもたまに連絡をとるくらいだったのに、この違和感というか一種の粘着質なメッセージはなんだろうか。
僕はアジサイに一言、言ってから階段を下りて玄関に向かった。
途中キッチンからゲンジさんが顔を出して
「おい、どこ行く、飯だぞ」と僕を呼び止めたから、僕は
「ちょっと電話」と言った。
ゲンジさんは持っていたフライパンをどこかへ置き、目を細めて右手を出して小指を突き立てた。
女か、と笑っている。
僕はそんなんじゃないよ、とわざと背中を丸めて見せてから外に出た。
引き戸がガラガラと、昔の家特有の音を立てる。
この家を一言で言い表すとすれば、日本人の全員の頭の中にある『田舎の懐かしい家』と言えば十分だと僕は思う。
蝉はもう地上の音すべてを支配していた。
手で庇を作る。
カンカン照りだ。
朝の空気はまだ冷めた珈琲みたいにひんやりとして飲みやすいようにも物足りないようにも思えたが、じきに猛威を振るうだろう。
人間と一緒だ。
最初はほどほどに、次の瞬間には執着。
どうして簡単に相手に関心を持つのだろう。
どうして簡単に相手が心を開くと思うのだろう。
どうして簡単に相手をコントロールしようとするのだろう。
今の僕の感情を言語化するのなら、うんざりが一番近いのかもしれない。
内容はまだ知らないけれど、沢山の通知とか着信に僕は感情的になっている。きっとそういうのが嫌いなんだ。
それでも僕はビーチサンダルに電話をかけた。
今日も何件もメッセージや着信があったらたまったものじゃないし、僕には小さなことでもビーチサンダルにとってはとても重要なメッセージがあるのかもしれない、と僕は無理に考え直している。
何度かのコールのあと電話は通じた。
「ごめん、電源が切れててさ、何かあった?」
「ごめんじゃねぇだろう、お前さ、2日前さ、電話切れたあとすぐに掛けなおしたのに出ないのなんで?」
開口一番のビーチサンダルの口調の強さを予想していなくて僕はたじろいでしまった。
「いや、なんでって、僕は切ってないよ」
「俺が切ったんだよ、それに俺が聞きたいことってのは、なんで出なかったのかってことだ」
「忙しかったからだよ、というかビーチサンダルはどうして切ったの?」
「女だろう?」
僕の質問には一切答えない。
「女ってどういう意味?」
「女といるんだろうって意味だろ」
「まぁ、うん、そうだよ、それはそれとしてさ、昨日までの着信はどうしたの?なんかあったんじゃないの?」
「お前さ、彼女いないんじゃねぇの?」
「いや、彼女とかじゃないよ」
「嘘つくなよ」
「いやいやいや」
「彼女じゃない女と連日いるわけねぇだろ?学校はどうしてんだよ、そろそろテストとか言ってたろうが」
僕はここで自分がついてきた嘘の厄介さに気づく。
嘘は嘘でないと塗り固められないのか。
「あーうん、そう、テストなんだけど、ごめん正直に言うよ、確かに彼女、初めての彼女だよ、恥ずかしくて言えなかったんだ、それで今は学校サボって一か月記念の旅行に来ててさ」
ここにきて、僕は自分にもうんざり。
嘘にうんざりするくらいには、ここ数日で僕のなかの何かが変わったらしい。
ちょっと前までなら、僕の日常は数々の小さな嘘に守られていたのだから。
それこそおばちゃんがポケットに入れている飴玉の数くらい、僕は毎日嘘をついていた。
「お前、嘘つきやろうだな」
「だから悪かったって、もしかしてその件であんなに電話してきたの?」
「だったらなんだよ?」
「それで怒ってるの?いや、でもさ、気を悪くしないでほしいんだけど、それでビーチサンダルが怒ってるんだとしたら、僕にはよくわからないな」
僕は目の前にあった小石を何個か蹴った。
「お前さ、学生だろ?学生の本分は勉学だろうよ、俺さ、そういうのおざなりにして、自分勝手に人生を消費しているやつってむかつくんだよ」
それでさえ、僕にはよくわからない理屈だった。
もしかしてこの場合僕がおかしいのだろうか?
でも僕が仮に本当に学生だとして、僕が勉強しないからといって、明日世界の半分が消し飛ぶわけでもなければ、この世からコカ・コーラが消え去るわけでもない。
道路には社会にくたびれた車が蛇みたいに渋滞となってそこにあるだろうし、きっと悲しい人間だって沢山いる。
「そうかもしれないね」
「かも、じゃなくてそうなんだよ、お前どこいんの?」
僕は周りを見渡した。
相変わらず両側には竹林、裏手には奥行きのある盛り上がった山。
「福島県だよ」
「福島県のどこだよ」
「郡山」
「なんでそんな田舎にいんだよ?」
「いいところだよ、とりあえずこの旅行終わったら、家に帰って勉強するかな」
「そういう問題じゃねぇんだって」
「え、どういう問題?」
「お前がなんで女といるんだよって話だろうが」
あれ、そうだっけ?そんな話だっけ?
「僕は高校生で、そこそこな学校生活、彼女ができても不思議じゃなくない?」
「そんなことはもうどうでもいい」
「え、どういうこと?」
「お前の女さ、もしかして」
「うん」
「アジサイか?」
僕は自分の心臓に手を置いた。一瞬、本当に鼓動が聞こえなくなった。
後頭部に衝撃。精神的なものかと思ったら、また何か当たった。
物理的な衝撃だ。振り返る。
二階のベランダから半分身を乗り出して僕に手を振るアジサイ。
僕はなんてことない顔をして、手を振る。
嘘つきが役に立った。
「沈黙かよ、まじか、お前本当にアジサイといんのな」
「もし、そうだとしたら何?ビーチサンダルには関係ないよ」
「アジサイとお前の最終ログイン日にさ、二人であるフィールドにいるのを見たって奴がいたんだよ、まさかとは思ったがな」
「だから、それだとしたらビーチサンダルとか幕の内弁当さんとかに迷惑もかけていないし、別によくない?それとも、チームの秩序を乱した罪がどうたらこうたらってやつ?」
落ち着け。
自分でもわかるくらい、早口になっている。感情のコントロールがしきれていない。
その証拠に、ビーチサンダルのペースにのせられて口調が棘を持ってきていることに気がついた。
「別れろ」
「なんで」
「お前知ってんのか?」
「なにを」
「アジサイが」
ビーチサンダルはそこで、ひと呼吸間を置いた。
わざとらしい間だった。
「人殺しだってことをよ」
アジサイは昨日の夜、またうなされていたことなど知らない顔で僕に手を振っている。
僕も微笑んで振り返した。
「アジサイが人殺し、そんなわけない」
「アジサイのことをリアルで知ってる奴がいて、そいつが殺人事件について話してたんだよ、父親を殺して、アジサイは行方不明で学校にも来てないって」
「そんな話本当に信じてるわけ?」
「俺だって、そこまで信じてるわけじゃなかったさ、でも、どうしてか偶然、お前らはゲームからいなくなって、ゲームの世界ではアジサイの事件について騒いでるやつがいる、それで今一緒にいる?怪しいだろうがよ」
「はいはい、まぁ帰ったらまた連絡するよ」
「調べたんだよ、そしたら本当にアジサイさ、事件になってんじゃん」
「それでさ、ビーチサンダルはどうしたいの?」
「だから別れろって、俺はお前のためを思って言っているんだぜ?お前そんなんで人生棒に振ってどうすんだよ」
玄関からゲンジさんが出てきた、手招きをしている。
どうやらご飯ができたらしい。
アジサイもベランダからいなくなった。
「ちょっと今からすぐに行かなきゃいけないところがあるんだ、またあとで時間を見て掛けなおすよ」
「本当だろうな、もし掛けてこなかったり俺のメッセージ無視したらどうなるかわかってるだろうな?」
「どうなるの?」
「警察に通報」
「本気?」
「マジだよ、俺はお前のためを思ってるんだから、しょうがねぇだろう、まぁいいや、絶対また連絡して来いよ、俺もメッセージ送るからよ、じゃあな親友」
電話は切れた。
ビーチサンダルに親友なんて言われたことがなかったから、ちょっとゾワッとした。
僕が考えている親友という関係からは遠く離れたところにある親友のようだ。
最初は、学業をおろそかにしている僕に怒りだして、次は彼女がいるということ、そして最後には僕の彼女がアジサイであることに怒っている?
何がしたいのかさっぱりわからない。
彼の目的は何だろう?
僕の為を思っているのだろうか?
友人として、いや、彼の言葉を借りるなら親友として僕を助けたいのだろうか?
確かに考えようによっては、そう受け取れなくもない。
なんにせよ、嘘つきであるはずの僕が、僕らがいる場所まで馬鹿正直に言ってしまった。
軽率な発言だった。
ビーチサンダルが先にアジサイのことを言っていたとしたら、絶対に僕らの居場所は伝えなかった。
あえてそうしたのだろうか?
わからない。
彼は何がしたいのか、さっぱりわからない。
けれども確実に言えることは2つ。
僕は今後も、ビーチサンダルと連絡を取り合わなくてはいけなくなったことと電話なんて出るべきではなかったてことだ。
特に電話は失敗した。
僕が電話に出なければビーチサンダルの疑念は疑念のまま、いつしか煙のように消えていったっだろう。
ただ、僕が出たばっかりに彼の疑念は確信に変わった。
「それにしても」
ゲームの世界でアジサイのことを知っている人間がいるなんて。
アジサイに余計な不安を与えたくない。
これは僕だけの秘め事だ。
僕がなんとか今後の対策を考えるしかない。
それも、ビーチサンダルと定期的に連絡をとりあって、欺きながら。
僕は二度自分の頬を叩いた。
それから、家に戻りゲンジさんとアジサイと三人で朝の爽やかな食卓を囲んだ。
アジサイは不思議そうな顔で僕を見ていた。
何を食べても味がしなかった。
