氣づいた | 取り止めのない話題大好き界隈
noteを開いていただきありがとうございます。
このnoteでは、思想がどうとか、宗教がどうとか、性別がどうとか何かに対して攻撃するものではなく、それら"全てに理由があり背景がある"ことを理解しようというものです。
結論
私の善は、誰かの悪
思想過激
近年ではSNSが発達して、自分の「好きなもの」「気になるもの」「思想感」を自らが自由に制限なく世界に発信できるようになってきました。
その中でひときわ目立つのは"炎上"です。
炎上の性質といったら次のトピックがすぐに頭に浮かぶでしょう
不適切な言葉や振る舞い
戦争・宗教観
男女平等
ビーガン、添加物の賛否
これらはナゼ起こってしまうのか
次の例に習って、言動・事象が起こっている原因を見ていきましょう。
肉食否定を訴える思想過激
SNSでは肉食を訴え、それに対し「大賛成だ!」「絶対に間違っている!」などの賛否が繰り広げられます。
ナゼか?
発言している全ての個人が、私の善は、誰かの悪だという思考が抜け落ちてしまっているためです。
この話題の結論、肉食が悪いわけでも、ビーガンが悪いわけでもないわけです。
あえて強い言葉を使うと、両者が黙っていればいいのです。
自分が善いと思ったものは善い、他者まで変えようとするのは無理です。
身体的特徴に対する思想過激
同じように、「◯性は◯性より生きにくい」「◯性は楽でいいな」などの身体的特徴に対する賛否も繰り広げられています。
ここまで読んでいただいているみなさんなら答えはわかるはずです。
ナゼか?
発言している全ての個人が、私の善は、誰かの悪だという思考が抜け落ちてしまっているためです。
次にもう少し、抽象度をあげてみます。
第二次世界大戦の核となる思想
かつて日本には「八紘一宇」という思想がありました。
八紘一宇は日本書紀に記された文章から解釈された思想で、Wikipediaにはこうあります。
「天下を一つの家のようにすること」または「全世界を一つの家にすること」を意味する語句であり、「天皇総帝論」、「唯一の思想的原動力」等ともいう。
現代思想から見れば、戦争は人の命を奪い合う悪いもので、起こってはならないものです。
ですが、この時代は「世界を一つにまとめて統治することができれば、世界は平和になる」という思想がありました。
つまり、領土を広げ戦争に勝つことは善(幸せになること)だと考え、思想的原動力にしていたのです。
もちろん当時の日本にも反対していたり、悪だという意見はありました。
ですが国単位で見ると、勝てば幸せになるといったプラスのモメンタムが生まれていたのです。
その結果世界中で多くの犠牲者を出して、事実 日本は敗戦しました。
国単位の抽象度でも、先ほどと同じことが言えます。
国が私の善は、誰かの悪だという思考が抜け落ちてしまっていたのです。
まとめ
SNSで起きている個人間の争いや、世界で起きている国単位での争いの結論は同じです。
私の善は、誰かの悪
自分がどれだけこれが善いと思っていても、相手にとっては悪だと捉えられる可能性は十二分にあると言うことがわかったと思います。
この記事をぜひ自分ごと化して、「社内で自分の理想や言動ばかりを押し付けていないか」「他人の喜びを否定するような言動をしていないか」を考えてみてください。
私も皆さんと同じ人間であり、生き物です。
他人の悪を責めず、自分の善を主張しすぎない。
これがあれば基本的な人間的なコミュニケーションを取れるはずです。
みなさまへ
ここまで個人的な気づきを綴ったnoteを読んでいただきありがとうございます。
これからも発信を続けていこうと思っていますので、興味があればリアクションとフォローをお願いします。
改めまして、ありがとうございました。
