見出し画像

産土神社に詣でる 中村八幡宮 ちょっとだけ子供時代の話

4月最初の神社参拝は横浜市南区に鎮座する中村八幡宮でした。ここは、わたしにとっての産土うぶすな神社でもあります。

産土神社とは自分が生まれた土地の守護神(産土神)が鎮座する神社のこと。必ずしも生まれた場所の一番近いところが産土神社に当たらない場合もあるので、ご自分の産土神社を知りたければ神社本庁に問い合わせてみると教えてくれます。


わたしの両親は二人とも宮崎出身ですが、わたしは横浜生まれの横浜育ちです。まあ父親の仕事の関係で横浜に住んでいた時に、わたしが生まれたと言うわけで、その後、小学一年生ぐらいまで横浜にいたのですが、当時、働き盛りの父のおかげで、以後何度となく引っ越しと転校を繰り返し、結果、小学校は4回、中学校は2回変わりました。

こんなに転校回数が多いのは姉妹の中でもわたしぐらいで、母はよく「あんたにばかり苦労かけて」と労いの言葉をかけてくれましたが、自分としてはこんなことが「苦労」だとは微塵も思っていないので全然気にかけてなかったのですが、転校先の勉強についていけずいつも成績が悪かったのは仕方ありません。周囲の皆と足並みを揃えようという「努力」はその頃からまったくありませんでした。

ただ、今となってはその時代の経験というか体験というか、長い間一箇所に留まらない生活と言うのが普通になってしまったのだと思います。

小さい時は家で一人遊びが好きでしたが、中学にあがる頃からあちこち旅をするようになりました。最初は、わたしと同じように旅好きの友達と一緒に回っていたのですが、高校を過ぎるあたりから次第に「一人旅」に昇格していくことになります。これも自然の流れで、今の自分の性格形成および行動パターンの根本をこの時代に培った感じです。

幼少時代の横浜は、特にわたしが住んでいた界隈はどちらかと言うと下町に位置し、山手の方の高級住宅街とはまったく違い、お爺さんがステテコ一丁で歩き回る、よくある庶民的な街でした。自宅のすぐ近くに中学校があり、今思うとそこは不良学校でした。わたしが小さかった頃仲良くしてもらっていたお姉さんが、確かエミちゃんという名前だったその子が、中学校にあがってしばらくしたら、髪の毛が真っ赤に染まっていました。

小さい時は、教えられでもしない限り、髪の毛を染めることが何を意味するのかなんてわかりゃしません。親も教えてくれませんでした。子ども同士では真面目な子とか不良とかの区別なんか意味なくて、夏になると夕方日が暮れてから、校庭に遊びにいき、近所の中学生の子たちと花火を上げて盛り上がり大騒ぎ、近くに交番があったんですね、お巡りさんが騒ぎに気づき駆けつけると「逃げろ!」とばかり、蟻の子を散らすように皆で一目散に逃げたこともあり、今となってはいい思い出です。

そんな界隈に小学一年生ぐらいまで暮らしていました。


今回参拝にあがった中村八幡宮は、そんなやんちゃな子たちがたくさんいる地域(中村町・八幡町・睦町・山谷・平楽・唐沢など)に住む人たちの氏神様です。


中村八幡宮

御祭神:誉田別尊ほむだわけのみこと
    天照大御神
    五丹大神ごたんのおほかみ

最寄駅は地下鉄(ブルーライン)「阪東橋」駅。
近くに庶民の商店街「よこはまばし商店街」があり、そこを抜けていくと、これまた庶民の演芸場「三吉演芸場」があったりしてなかなか下町色の濃い街です。

何か見て帰りたかったな。


三吉演芸場の前をずんずん歩いて行くと、首都高と並行して川が流れている。

中村川。いつもはあまり綺麗な川ではないのですが、この日はお天気だったので青空が川面に写って綺麗でした。川沿いの桜はほぼ散っておりました。


川を渡ってしばらく行くと鳥居が見えてきた。
境内はきれいに掃き清められている。


鳥居をくぐると、どの神社にもあるように、右側に獅子、左側に狛犬が置かれてある。二体で一対。邪を防ぎ、神社を護っている。獅子は雄、陽を意味し天を表わし、狛犬は雌で陰を意味し地を表わすなど諸説あるようです。

こちらの阿吽の狛犬は二体とも、富士塚のような岩の上に乗っている。

「あ」の獅子


「ん」の狛犬。岩と同化してよくわからない。


拝殿。扉が開帳されていて奥の御本殿を見ることができた。
以前来たときよりも清々しい印象を受ける。きちんと手入れがなされたお社。


神紋は「左三つ巴紋」


桜 葉桜 青空


書き置きの御朱印を拝受。干支の午が描かれています。


よく「産土うぶすな神社を参拝すると懐かしい気がする」と言われる方もいらっしゃいますが、わたしはそんな感じはなくて、多分、うちは習慣的に神社参拝する家ではなかったんじゃないかと思います。むしろ感じるのは、この界隈を改めて歩いてみると、昔からずっと変わらずそこに在るような朽ちかけた家や軒先、店の看板などを見るにつけ、昭和の名残りが色濃く残っているこんな町に、かつて母はわたしの手を引いて買い物や銭湯に連れてきてくれたんだなと、妙に感慨深い気持ちになったりしました。



いいなと思ったら応援しよう!