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積極的分離理論

ギフテッドが経験するとされる積極的分離理論について個人的な経験を踏まえて考察してみます。
まさに渦中であるギフテッドの人や悩みのある人に役立つ、あるいは単に読み物として面白い内容になっていれば幸いです。
積極的分離についての理論的背景はWikipediaなどをご参照ください。




はじめに


まず前提として、積極的分離が起こること、ステージを上がることが常に最善であるとは限らないと私は考えています。

積極的分離理論における最終ステージはギフテッドの能力・意識が「社会に」開かれている状態であるとされています。
しかし「個人の」幸福という観点からみた場合、この最終ステージに至ることが必ずしも最善とは限らないでしょう。

とはいえ多くのギフテッドは「最終ステージに至らずにいられない」感覚を持つでしょうから、その段階にある人にとって何かのヒントになればと思っています。

また、ギフテッドといっても性格や能力は様々です。私の個人的経験は他の誰かにとっては最適ではない可能性もありますので、ぜひご自身の適性と併せてご服用ください。


概要


まず、この現象はギフテッド特有のものとされていますが、積極的分離のような過程はギフテッドではない人にも起こると思っています。

なぜギフテッド特有とされるかというと、彼らの持つ高い知性や倫理観、OE(Overexcitability/過度激動=感情・知覚・想像力などの感受性が通常よりも高い傾向)が社会に存在する矛盾や不条理を拾い上げ、深く感じることによる強い葛藤と、複雑な課題を解きほぐす複合的な知性が問題解決へと向かわせ、結果として平均的な知性の人々よりも高いレベルの人格統合に至るためであると思われます。

一般的に見られる積極的分離現象は、例えば喧嘩をした他者との和解です。自分の価値観と相手の価値観がぶつかり、憎んで終わることも出来るけれども、情や理性がそれを拒んで擦り合わせを学びます。
ギフテッドの場合はこれが激しくて深いか、より抽象的で実存的な問いに対して起こるようなイメージです。


なぜ「積極的分離」か


先ほどの例をとると、喧嘩をした他者とその場で和解し、水に流して穏便に済ませることは「大人の対応」とされるでしょう。
そう考えるとギフテッドのように激しく反応するのは子供っぽいとも言えます(ただし表面上「大人の対応」をするギフテッドは多いと思います)。
しかし、激しい葛藤により対象から「分離」し解決を一時保留にすることで、深い内省と自己理解、対象の観察を行い、社会の在り方と自己の価値観とをより本質的に統合することが出来るようになります。

さらに自己を突き詰めることは人間を突き詰めることと繋がるため、多くの人に役立つ発見をすることが出来ます。

「分離」とは一見、逃避や断絶のように見えます。
しかしそれは表層的な拒絶ではなく、より良い関係性や理解に至るための“意志ある離脱”であり、その意味で「積極的」なのです。


最終到達地点(レベル5)


積極的分離による人格発達プロセス:AIによる概要


ステージ5に至った例をわかりやすく挙げるなら、偉人と呼ばれる人々です。著名な哲学者。芸術家。宗教家。彼らはみな自身の能力を社会のために使い、多様な豊かさを齎した人たちです。

もちろん全てのギフテッドが彼らのように華々しい成果をあげる必要はありません。ここでいったん私が好きな曲の一節を用いて理想論を中和させておきます。

例えば芸能人やらスポーツ選手やらが
特別あからさまなだけで
必死じゃない大人なんていないのさ

よー、そこの若いの
こんな自分のままじゃいけないって
頭を抱えてるそんな自分のままで行けよ

よー、そこの若いの
君だけの汗のかき方で
君だけの汗をかいたらいいさ

よー、そこの若いの/竹原ピストル

(まぁ、ピストルさん自体が「自己を突き詰め社会に還元している著名な人」とは言えそうですが……)


要は、積極的分離によって自分の価値観を更新し、自己を強く持つとともに、社会に対しても開かれた心を持ち、善を成そうとしている状態です。

ここに至るために必要なプロセスがレベル1〜4で起こるわけですが、
集団の価値観に染まっているばかりでは近づけない真理に気付く→自問自答、外界の価値観を検証(分離)→現実に打ちのめされては価値観を更新する→折り合いの付け方、社会との付き合い方を覚え、同時に独自の哲学を構築して柔軟性を備え葛藤が少なくなる→人間の本質を捉えたオリジナルの哲学を社会に共有・活用

こうした流れだと解釈しています。

この段階を昇っていくために私が特に重要だと考えているのは、「世界を愛していたいという強い感情、あるいは問題解決への強い意志」です。
「世界」を「親」に変えたり「問題」を「仕事上のトラブル」に置き換えるとイメージしやすいかもしれません。そこへ向かわずにはいられない激しい欲求のことです。
それは「放っておけない」という気持ちかもしれませんし、「こうであるべきだ」という内なる声かもしれません。共通しているのは、見捨てることができないという感情です。


あなたはどう生きるか


もし上に述べたような感情が自然に起こるならば、あなたは統合すべき時なのかもしれません。
そうでないとしても、最も重要なのはこの世界の命のひとつであるあなたが幸福であることです。

いま葛藤の中にあるあなたの悩みもいつか誰かのヒントになる日が来るかもしれませんし、苦しんだ経験は他者への優しい眼差しに繋がるでしょう。
悩むという人間らしさを放棄せず、疲れたら美味しいものでも食べ……
そんな中で、ふと見捨てたくない対象を見つけたら、守るための努力をしてみてください。
それは自分自身かもしれませんし、大切な趣味かもしれませんが、ひとまずそれでいいでしょう。


そのプロセスがきっと世界を、あなたにとってより良い場所にしてくれるはずです。

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