父親の生命力が強い話
世の中言い方は悪いが死んでも死なないやつというのは一定数いると思う。
うちの父親がまさにそれ。
あらゆるトラブルを運よく回避してきた男。
しかもそれだけ徳を積んできたという話でもなく、徳もないのに恵まれてきた男。
生まれは新潟。女・女・男という、3兄弟の中待望の長男として生を受ける。
ちなみに父の両親は早いうちに他界してしまったので、私はおじいちゃんの顔もおばあちゃんの顔も、仏間の写真でしか見たことがない。
特に母親がとても病弱な人だったらしく、待望の長男である父は病気がうつるといけないからと母乳は与えられず、隔離された母との接点は少ない中育てられたらしい。
その策が効いたのかどうか真偽は定かではないけれど、上のお姉さん二人はとても病弱で、父は全く病気知らずの健康優良児で育った。
ちなみにそんな大事に大事に昭和の封建社会、男尊女卑の世の中で育てられた父ははっきり言って性格に難がある。性格が悪いともまた違って、人間性に問題があると言った方が当てはまってると思う。
大人になった父は就職の際に大阪に出てきて、そこの修行先で母と出会って所帯を持つわけだが、母曰くまぁなかなか大変な新婚生活だったようだ。
うちの父は自分の考えが真っ当で自分と合わない奴は全員頭がおかしいと思っているので、しょっちゅう人とのトラブルを起こす。
しかも大酒のみの酒癖が悪いときたもんだから、飲みに行ってはしょっちゅう喧嘩をして、血まみれになって帰ってきたこともあるらしい。海老蔵か。
子供の頃と言えば酔って帰ってきた父に叩き起こされて、訳のわからない雄叫びをあげたり、アホとかボケとか誰かを罵る様を見させられ、機嫌が悪いと孫の手をへし折ったり、この頃は両親は毎日喧嘩をしていたので「お父さんとお母さんとどっちが好きか」と聞かれるのがとても嫌で悲しくて、布団の中でシクシク泣いていたのを思い出す。碌な思い出じゃない。
妹とも「あんなんでよく今まで無事に生きてこれたよね」と話すのだが、本当にそれ。あんだけあちこちで人を不快にさせてきてよくもまぁ刺されずに生きてこれたもんだなとつくづく思う。
本人には全くその自覚はないけれども。
嘘のような話しだけど父は自分の事を世界で一番お人好しで人間ができていて人格者で、善人であると思い込んでいる。これ本当に。
思いたいだけかと思うじゃん?マジで思ってるんよ、これが。
ほんとに自分で言うからね。
だから自分と喧嘩になったり、揉めたりするのはすべて相手が原因で相手が100%悪いと思っている。世界一幸せな頭である。
そんな父の良いところは賭け事と女遊びはせず、仕事だけは真面目にするという、まぁはっきり言って世の大半の人が当たり前にしていることが、唯一良いところなのが悲しい。
素行の悪い人間がたまに良い事すると見直されてしまうと言う謎現象である。
そんな父は73歳まで自営業で働いて、そこからまぁ隠居生活を送ることになるわけだけど、今までは無病息災だった父もさすがにその頃からあちこち不調をきたす。
一番初めは田舎で母と隠居生活をしていた時。
畑にいた父は急な心臓の痛みに襲われて周りを見渡すも当たり前だけど田舎の畑に人なんていやしない。
しょうがないから自力で登って家までたどり着き、まずは自力で母の職場に電話を掛けた。(なんでやねん)
電話口で母に「苦しいから帰ってきてほしい」とお願いするも「仕事中だからそんな急に帰れない」とあっさりふられる。ぷw
しょうがなく自力で救急車を呼んだ。
田舎なので都会の病院まで山道を延々約1時間。
ガタガタ揺れる救急車の中で「殺す気か!」とピンピン文句タラタラだったらしい。
結局無事に一命はとりとめて助かったわけだけれども、血栓ができたのが原因でその理由は心房細動という持病にある。
これは私は全く知らなかったんだけど、昔病院で診断されたのにもかかわらず、仕事を理由に放置してたのが原因だ。本来ちゃんと服薬を続けていたなら治っていた病気らしい。
若いころは大したことないと鷹をくくっていた事が年を取ってから返ってくる。
そしてそれから彼はさらに3回脳梗塞で倒れることになる。
1回目は症状が足に出て口はちゃんと喋れたため、またもや自力で電話口まで這って行ってなんとか救急車を呼ぶ。
2回目は大変なことに今度は口に症状が出たため、一切喋ることができず、今度こそ詰んだかと思いきや、兄が家にたまたまいたため、兄に助けを求めて救急車を呼ぶことに成功し助かる。
3回目は早朝に脳梗塞を起こしたのだが、トイレの前でうまくドアノブが掴めずモタモタしているところを出勤前の妹に発見され、そこから母とのやり取りに飛び起きた私が即救急車を呼んだため助かった。
毎回一命をとりとめるだけでなく、早めの発見のせいで後遺症も最小限ですんでいる。
ちなみに父は両親も早く他界したことから「自分は絶対早死にする」と母に明言しており、若いころは多額の保険金をかけていたようだが、それも全部台無しだと母はぼやいている。
父もいいかげん自分の生命力にうんざりしてきているのか、よくもう死んでしまいたいとか、俺はもう生きすぎたとか、早く死にたい、いつ死んでも良いとしょっちゅう漏らしているが、ちょっと下痢をしただけで大変だと大騒ぎしている。
私は「逝く逝く詐欺」と名付けている。
3回目に入院した時に病院にお見舞いに行ったら周りは父より若いのに重傷で、いびきを延々かいてる人、苦しそうに淡吸引されている人、体が自由に動かされずに泣いている人がたくさんいた。
そんな中1人元気でピンピンしている父は「隣のばあさんがしょっちゅう泣いて鬱陶しい」と文句を垂れていた。
私はそんな悪態の限りを尽くす父を見下ろして「この死に◯いが」と心の底から思った。
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