EUはなぜBig Techを規制するのか
EUのデジタル政策を追っていると、巨大なテクノロジー企業に関するニュースを頻繁に目にします。
競争法上の調査や制裁金だけではありません。近年は、DMA(デジタル市場法)やDSA(デジタルサービス法)など、オンラインサービスを直接の対象とする新しい法律も運用されています。
そこで浮かぶのが、素朴な疑問です。
なぜEUは、これほど積極的にBig Techを規制するのでしょうか。
「欧州には世界的なデジタル企業が少ないから」「米国企業を狙っているから」と説明されることもあります。
しかし、それだけではEUの政策を十分に説明できません。
EUが問題にしているのは、企業が大きいこと自体ではなく、巨大なデジタルサービスが市場、消費者、基本的人権、さらには社会や民主主義にまで影響を及ぼすようになったことです。
もっとも、EUのデジタル政策をすべて「Big Tech規制」と呼ぶのも正確ではありません。DMA、DSA、AI法などは、それぞれ異なる問題に対応する制度だからです。
出発点はEUの「単一市場」にある
EUを理解するうえで重要なのが、単一市場という考え方です。
EUは、加盟国ごとに分かれていた市場を統合し、人、物、サービス、資本が国境を越えて移動できる環境を作ってきました。そのためには、加盟国ごとに異なる規制を調整するとともに、企業が公正な条件で競争できる市場を維持する必要があります。
EUの競争政策も、この単一市場を機能させるための重要な手段です。欧州委員会は、企業がその実力に基づき、公正かつ対等に競争できるよう、EU競争法を執行すると説明しています。
デジタル市場でも基本的な発想は同じです。
問題は、検索、SNS、アプリ配信、オンライン広告、オンラインマーケットプレイスなどの一部で、限られたサービスが企業と利用者を結ぶ重要な入口になったことです。
その入口を事実上管理する企業は、単なる一事業者を超えて、他の企業が市場に参加する条件そのものに影響を及ぼす可能性があります。
デジタル市場では、規模がさらなる規模を生みやすい
多くのデジタルサービスでは、利用者が増えるほどサービスの価値も高まります。
利用者が集まれば、企業や広告主も集まります。それに伴ってデータが蓄積されれば、サービスの改善や新規事業の展開にも利用できます。そして、利用者や取引先が増えるほど、別のサービスに移ることが難しくなる場合があります。
もちろん、企業が優れた製品やサービスによって成長すること自体は問題ではありません。
EUが警戒しているのは、市場で成功した企業が、その地位を使って競争者の参入を妨げたり、自社サービスを優遇したり、取引先や利用者の選択肢を狭めたりする可能性です。
従来、このような問題には主として競争法が使われてきました。しかし、競争法は通常、特定の行為、市場、効果を個別に調査し、違反の有無を判断します。
変化の速いデジタル市場では、判断が出るまでに市場構造が固まってしまうのではないか。その問題意識から、個別事件への事後対応に加えて、一定の事業者にあらかじめ行為規律を課すという発想が強まりました。
DMAは「大企業一般」を規制する法律ではない
その代表がデジタル市場法:DMAです。
DMAは、すべての大企業やプラットフォームを対象とする法律ではありません。一定の要件を満たし、企業と利用者を結ぶ重要な入口としての地位を持つ事業者を「ゲートキーパー」に指定し、その「コアプラットフォームサービス」に義務を課します。
目的は、デジタル市場の公正性と競争可能性を確保することです。欧州委員会も、DMAについて、オンライン上のゲートキーパーにルールを課し、公正で開かれた、競争可能な市場を実現する制度と位置付けています。
DMAは競争法に代わる制度ではありません。
競争法が個別の行為について違法性を判断するのに対し、DMAはゲートキーパーとして指定された事業者に、あらかじめ明示された義務を適用します。両者は目的や仕組みが異なり、相互に補完する関係にあります。
したがって、DMAを「競争法を速くしただけの法律」と説明するのは少し不正確です。
より適切なのは、
「デジタル市場の構造的な特徴に対応するため、競争法による事後執行を補完する事前規制を導入した」
と理解することだと思います。
DSAが扱うのは市場支配力だけではない
一方、デジタルサービス法:DSAの問題意識はDMAと異なります。
DSAが主に扱うのは、オンライン上の仲介サービスが、違法な商品やコンテンツ、広告、利用者の権利、コンテンツ・モデレーションなどにどう向き合うかという問題です。
DSAは巨大企業だけを対象とする法律ではなく、幅広い仲介サービスに段階的な義務を課しています。そのうえで、EU域内の月間利用者(MAU)が4,500万人を超える「超大規模オンラインプラットフォーム」(VLOP)や「超大規模オンライン検索エンジン」(VLOSE)には、システミックリスクの評価・軽減など、より重い義務を課しています。
こうした巨大サービスは、個々の利用者間の情報交換を仲介するだけではありません。
その設計、推薦システム、広告、コンテンツ管理の方法が、基本権、子どもの安全、消費者保護、公共の安全、選挙、メディアの多元性などに広く影響する可能性があります。DSAの下では、巨大サービスがそのようなシステミックリスクを自ら評価し、必要な軽減策を講じることが求められます。
ここでの発想は、単純に「有害な投稿を削除させる」というものではありません。
巨大なオンラインサービスが社会の情報基盤になった以上、その仕組みが社会にもたらすリスクについて、透明性と説明責任を求めるというものです。
AI法まで「Big Tech規制」と呼ぶのは正確ではない
AI法は、さらに別の問題を扱います。
AI法の対象は特定の巨大企業ではなく、AIシステムや汎用AIモデルを開発・提供・利用する幅広い主体です。規制の強さをAIのリスクに応じて変える「リスクベース」の枠組みが基本になっています。
AI法の目的は、AIによる健康、安全、基本権などへのリスクを抑えるだけではありません。EU域内で統一された法的枠組みを設け、人間中心で信頼できるAIの普及とイノベーションを促進することも明記されています。
もちろん、巨大なテクノロジー企業がAIの開発や提供で大きな役割を果たしているため、AI法の重要な対象になることはあります。
それでも、AI法をDMAやDSAとまとめて「Big Techを抑える法律」と理解すると、制度本来の対象と目的を見失います。
EUのデジタル政策は、単一の反巨大企業政策ではなく、市場、オンライン空間、データ、AI、サイバーセキュリティなど、それぞれ異なる政策課題に対応する法律の集合体です。
「米国企業を狙った規制」なのか
現実には、EUの規制や競争法執行の対象として、域外の大手企業が目立ちます。
そのため、EUには有力なデジタル企業が少なく、外国企業を規制によって不利にしているだけだ、という批判があります。この批判を完全に無視することはできません。規制が企業の投資、製品設計、サービス提供、イノベーションに与える影響は、常に検証される必要があります。
ただし、EUの法律は原則として企業の国籍ではなく、EU市場で果たす役割、提供するサービス、利用者数、リスクなどを基準に適用されます。
また、EUの説明上、デジタル政策には、利用者の権利保護だけでなく、欧州企業が成長できる公正な市場を作ること、域内で異なる国内規制が乱立するのを防ぐこと、欧州の技術的・経済的な自律性を高めることも含まれています。EUの2019~2024年のデジタル戦略も、競争力、リスクの抑制、デジタル主権、単一市場における共通基準を並行して掲げていました。
したがって、EUの政策には競争政策、基本権保護、消費者保護、域内市場政策だけでなく、産業政策や経済安全保障に近い側面もあります。
「外国企業への差別」と「純粋な公益規制」のどちらか一方だけで説明するのではなく、複数の政策目的が重なっていると見る方が実態に近いでしょう。
EUは規制強化を続けるだけなのか
近年のEUでは、別の問題意識も強まっています。
それは、デジタル分野を含むEU規制が複雑化し、企業の事務負担や法的不確実性が、投資やイノベーションを妨げているのではないかという懸念です。
欧州委員会は2025年1月に公表した「競争力コンパス」で、イノベーション格差の解消、脱炭素化、対外依存の低減と並び、規制の簡素化を競争力政策の重要な要素に位置付けました。その後、複数の法律をまとめて修正するOmnibus提案を相次いで示し、デジタル分野でも既存制度の重複や実施負担を減らすための提案を進めています。
ただし、これは「規制するEU」から「規制をやめるEU」への単純な転換ではありません。
欧州委員会は、社会・環境・基本権などの政策目標や保護水準を維持しながら、規制の重複、矛盾、過度な事務負担を減らすと説明しています。
現在のEUが直面しているのは、
「デジタル市場の公正性や利用者の権利を守りながら、欧州の競争力とイノベーションをどう確保するか」
という、次の段階の問いです。
EUのBig Tech規制をどう見るか
EUがBig Techを規制する理由は、一つではありません。
巨大なサービスが市場への入口を管理するようになったこと
従来の競争法だけでは構造的な問題への対応が難しいと考えられたこと
オンラインサービスが社会や民主主義の情報基盤になったこと
データやAIが基本権、安全、消費者保護に新しいリスクをもたらしたこと
加盟国ごとの規制の分断を避け、単一市場の共通ルールを作る必要があること
欧州の競争力や政策的自律性を確保しようとしていること
これらが重なった結果として、現在の制度が作られています。
EUのアプローチが常に正しいとは限りません。規制が複雑になりすぎれば、新規参入やイノベーションを妨げる可能性があります。執行が特定の企業に偏って見えれば、公平性をめぐる疑問も生じます。
しかし、EUが提起している問いそのものは、EUだけのものではありません。
巨大なデジタルサービスが市場と社会の基盤になったとき、自由な競争、利用者の権利、企業の責任、技術革新をどのように両立させるのか。
EUのデジタル規制は、その問いに対する一つの答えです。
このnoteでは今後、それぞれの法律や執行事例を追いながら、EUの答えが実際に機能しているのか、それが日本にどのような意味を持つのかについても考えていきます。
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