「ふざけろよ」
「ふざけるな」じゃないのかよ。心の中で僕はそう思いながら、教室に響くような大声で先生は、叫んでいた。
僕の小学校の5.6年の担任の先生は、
恰幅がよく学校でも有名な怖い先生だった。
僕は、先生のクラスにだけはなりたくないと思っていた。怒られたり怖いのは、苦手だった。
だが、たいてい思う事と違う方向に進む人生だと。この頃から理解していた。
そして、結果よくなることも。
先生のクラスになった僕は、二年間とても不安になっていた。
朝の会、先生は出席を取る。
○○。「元気」
△△。「風邪気味」
一人、一人返事の代わりにその日の体調を返事する。
なんだこのシステムは。
当時の僕は、素直に「はい」と返事するのが当たり前。予定調和から外れるということを恐ろしく思っていた。
何が起きるかわからない不安。これを抱えて学校に行くのはほんとに不安だった。
先生は、次から次へと予定外を持ってくる。
土曜日の午後は、今なら考えられないが、先生のパジェロで班ごとにBBQ。牧場で上等な肉の塊を買ってくれて河原で焼いてくれて切り分けてくれて、皆で食べる。
「絶対に他のクラスの生徒に話すな」が条件だった。
皆守っていたと思う。それは、当時だってこういう事が普通ではないことを理解していたからだ。
だけど、どこか内緒でいけない冒険をしているという体験は、あっという間にクラスの結束を固めてくれる。
先生は、カメラが趣味だった。どこか行った時、授業している時。生徒の写真をいっぱい撮影していた。
先生は、現像した写真を教室の端にある、四角い箱のテレビ画面に映して皆に見せた。
「一番よく写ってる人の名前言って」
クラスは、一枚一枚画面を見ながら○○と叫ぶ。
選ばれた子に写真をそのままくれるのだ。
毎日とは、毎日進むけれど、それなりに何かあるんだと知ったのもこの時だった。
春に植えたヘチマが、ぐんぐん伸びる夏。
3階の教室まで届いたヘチマのツル。10m以上あったのだと思う。
皆でスゴい。スゴい。と話していた。
先生は、その日の午後、授業を変更した。近くのお店から大量の2Lジュースと細く長いビニールホースを購入して持ってきた。
「今から、ヘチマの気持ちになります」
3階からおろしたビニールホースをペットボトルに繋いだ。
「どれだけ大変か吸ってみろ」
順番で回ってくるホースを受け取り僕は、精一杯吸った。吸っても吸っても全然口に届かないジュースは、青空と若干チカチカしてくる目の光の中、スッと口の中に訪れた。
これは。大変だ。ヘチマスゴい。素直に思えた。
途中、吸えなくてブクブクさせた子がいて、皆から笑いながら責められていた。
運動会の綱引きは、脇の下に綱を入れてせーので後ろに倒れる。この練習だけをいっぱいした。
もちろん勝った。
修学旅行は日光でバスガイドさんと、運転手さんを感動で泣かせると言い出し、前日までにサプライズ出し物と手紙の読み方の演出を考えた。
「いろは坂の運転手さんのハンドルさばき、バスガイドさんの歌声。とても素敵な思い出です」と。僕達の合唱付きだ。
もちろん泣かした。気持ちを伝えるには、前もって用意することの大切さも知った。
冬に出てくるストーブは、先生のお手製おでんや、給食の残りのパンを焼くなどでいつも教室には、食欲そそる香りがしていた。牛乳も温めていたっけ。
思い返すと良い思い出だが、先生が怒った時に生徒に求めたもの。
「意見を言えよ」
これは、深く刻まれて今に至る。
「何を考えている。今どう思っている。言葉に出せよ」と怒る先生に、指名されるのは本当に苦手だった。
よく前の子の背中に隠れて逃げていたのを思い出す。だけど、意見を持つのは大事な事だと理解していた。
2015年、僕は久しぶりに先生と会った。
KONISHIKIを伊勢原に呼んでイベントするからと先生に報告した。
先生は、久しぶりに会う僕にとても喜んでくれて、協力してくれた。定年間近の先生は、刺々しさが無くなり一段と優しい教頭先生になっていた。
僕達は、僕達の企画のイベント。伊勢原市民文化会館で1000人集めたらゴールですと伝えた。

僕は先生に、2015年のコンサートNo.1000のチケットを渡した。

サプライズとは、あなたに教えて貰った事だと思います。
なんのはなしですか

このイラストは、Instagramで繋がった方に先生の写真を見せてこういう記事を書きたいとリクエストして書いていただきました。
2022年。どういうイベントになり、どういう奇跡が起きるか分かりませんが、まずは、このイラストを額に入れて僕の記事を添えて先生に渡すでいかがでしょうか。
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いただいたお気持ちは「なんのはなしですか」に関連する活動に使わせていただき、人に会いに行ったり、呑んだり、遊んだりとそれをまた記事にして有効に活用させていただきます。