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本日は、幸せなり。~開催&開店編~

 7月13日です。noteの街の路地裏から飛び出した人達が、渋谷に集まっているみたいです。この日を迎えるのに、多くの人達に助けてもらいました。大勢の方達を前にして話すと、きっとふざけたまま終わるので、来れなかった方達に向けて少しだけ真面目に書きたいと思います。

 先日、「なんのはなしですか」が拡大前のコニシ木の子について知りたいと、スタエフで蒔倉みのむしさんよりお言葉をいただいたので、少しだけ振り返らせてください。

 私は、人前で会話をしたりするのが苦手でした。それもつい最近までです。Instagram時代を知っている人がもしいるならば、インスタライブに出た時についたアダ名が「肖像画」というくらい何も喋れませんでした。

 自分の表現をしたい。もっと文字数多く書きたい。創作をしたい。読ませたい。自分が一番面白いと分かって欲しい。面白い筈だと自信満々でnoteへ約四年くらい前にやってきました。

 自分本位で味わったのは、誰も何も読んでくれない事実であり、上手く書ける人、分かりやすく書ける人、読ませることが出来る人が世の中には、溢れているという現実でした。

 自分が面白くなかったという事実に気付くのに、そこから二年半くらいかかりました。筆を折る寸前でした。欲しいのは、誰かから認めてもらうこと、面白いと思ってもらうこと。見つけてもらうこと。そればかりでした。コンテスト等にも挑戦したこともありました。書く腕もないのに、落ちる度に書きたいものではないと言い聞かせてきました。

 そういう事実は、自分をかなり苦しめることになりました。

 だけど、世の中では、きちんとカテゴライズされているものでしか評価されない。そこにどれだけ寄せて書けることが出来る腕を持つのかが、プロだということだと知りました。

 大きな挫折でした。この事実は、自分の表現に対して、まったく面白くなかったです。

 自分が本当に書きたいもの、表現したいものは、エッセイでは括れない。小説でもない。

 自分が描きたいものは、生き方や人生であり、それもフィクションとノンフィクションの間にいるような、人間の表裏一体や、頭の中のはなしであり、真実など何も分からない、結末などないはなし。だけど、誰かが読んで、何かに繋げてくれるようなはなしでした。

 だけど、そのジャンルは、どこにも受け皿はありませんでした。自分が面白いと考える表現のエンターテイメントは、形すらなかったです。

 「何を書いても良いんだよ」と、よく言うわりに、そんな土台は存在せず、「何を書いても良いんだよ」のまま放置され、上手く書けないのならやがて居場所はなくなる。正しい書き方に寄せていくという方向でしか、評価の対象にもなりませんでした。

 「これは、違うよね」で、弾かれるのはあまりにもキツかったです。

 書くことが好きならば、自分が変わらなければ、何も変わらないと思い直しました。ただし、私の場合はすべて自分の表現へ意識を向けました。誰かと比較するのはやめろ。誰かに寄せるくらいならやめろ。自分の考えている世界のことを自分の文体で面白いと証明しろ。そういう方向に心を変化させました。幸いなことに、自分の人生は、人よりも遠回りの人生だと知っていたので、何年かけても証明すると決めました。

 この決断を、二年半での覚悟もない中途半端な期間のうちに気付けて良かったと思いました。

 そこから、文体をどんどん変化させていくことに躊躇しなくなりました。求めたのは自分の言葉です。ただし、自分にはかなり厳しいです。どのようなくだらない文章であろうと、一語一句までこだわることにしました。あとになり、昔の自分が残っていることは、価値があると考えました。自分自身を表現しろと言い聞かせました。自分の生き方、自分が描きたいものを書き、納得して出した作品が、それでも評価されない、カテゴライズすらされないものならば、

 自分がしていることは、誰も知らない新しいものだ。

 と、思考を変換させました。誰も知らないだけだと言い聞かせました。だとしたら、どんな表現でも楽しめることの出来るカテゴリー、ジャンルそのものを作れば良いと覚悟を決めました。

 人の決めたジャンルには寄り添えない。昔の作家は、ジャンルなどない時代に自分を表現して競い合っている。誰かが作ったカテゴリーに甘えていれば、新しい表現など生まれないと思いました。

 そして「なんのはなしですか」を、そのままジャンルにしようと考えるようになりました。その結果が、「なんのはなしです課通信」です。その時の気持ちなどは、すでにまとめているので語りませんが、ジャンルを創作するということは、私にとって未知であり楽しいです。そして、こんなに面白い人達がいたんだという幸せな気持ちに変化していきました。

 このように、挫折の中から生まれたのが、コニシ木の子だと自分では考えています。この日までに、私に人間の本当の面白さを教えてくれた人達が700人以上います。

 その誰もが、表現に対して悩んでいて同じように苦しんでいるかも知れないと、いつも考えています。一緒に楽しみながら歩んでくれていると思っています。

 だとしたら、書かれた作品を読み、どこが面白いのか考える、作品そのものを楽しむ土台を作っていこう。そうすればきっと拡大すると続けています。

 今年の四月に、商標登録のクラウドファンディングをしました。初日に達成した時に、私はmika🌼さんの夫Motto氏に、「なんのはなしですか」を商品化するデザインをして欲しいとお願いしました。表現に垣根はないことを証明するには、見える化が必要だと思ったからです。だけど、私には一切時間はありませんでした。それに、文章を考えるのは好きですが、サイト管理など絶対無理だからです。なので、裏で信頼出来て動いてくれる人を紹介して欲しいとお願いしました。

 そこに現れたのが、ユーカリ・ラディアータでした。彼女は、「路地裏のために皆さんが楽しめるならやりたい」と言ってくれました。

 今日まで、約三ヶ月。ショップのすべてを影で請け負ってくれました。Motto氏との打ち合わせや、最初はどのサイトからオープンするのかから始まり、すべて調べあげてもらい、表にしてくれプレゼンしてくれたり一生懸命伝えてくれました。

 いつか、この裏側が彼女の記事になるかも知れません。すべてエンターテイメントですから。

 その結果、BASEショップが共同運営も出来て、無在庫販売が出来て、商品も色々置けるということにたどり着きました。単価は上がりますが、自由に楽しめる一番の場所でした。利益は数百円ですが、これをまた、皆さんと楽しめるために、還元出来たらなと考えています。

 一緒に楽しんでくれて本当に嬉しく思っています。

 さて、ショップがオープンしました。今日来れなくて、でも楽しみにしている方達へ私達から先にプレゼントです。「なんのはなしですか」は、きちんと形になりました。ショップの中に、すべて説明させてもらっていますが、下記mika🌼さんの記事を一読していただいたら、どういう思いで私達が楽しんで過ごしていたか伝わるかなと思います。公開されたら読めるようになります。

 めでたく、今日という日を迎えられ、この数年間は、ずっと現実感に乏しいですが、少しだけ自分のエンターテイメントが形になってきたと実感出来る日かも知れません。

 同じ時間を、こうして皆さんと共有出来ることが出来て幸せです。あきらめないで良かったと心から思えます。

 まだまだやりたいことがあるのですが、今一番感じるのは、一人じゃなくなり、嬉しいなと思うことです。

 「なんのはなしですか」という言葉を大事にしてくれる人が多くて、本当に幸せだなと感じております。

 それでは、盛大に指笛を響かせながら、会場で会う人も会えない人も、これからも私を女性好きでいさせてください。

 今日という日を、心から感謝します。

なんのはなしですか

©路地裏裏通り🍄本店
デザイン「路地裏」


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コニシ木の子🍄クラファンは8.31まで🐙次回回収は8.24から8.28まで🛸 いただいたお気持ちは「なんのはなしですか」に関連する活動に使わせていただき、人に会いに行ったり、呑んだり、遊んだりとそれをまた記事にして有効に活用させていただきます。

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