「25円で、煙草一本くれませんか?」
その青年は、遠い場所から私に確かにそう言った。その瞬間、赤いスポーツタイプの自動車ではなく、自転車から私を認めて颯爽と降りてきた。颯爽と自転車から降りることの出来るタイプの男性は、青年だと相場が決まっている。もし仮に、私が赤いスポーツタイプの自転車から降りてみるならば、颯爽プラス滑降になりそうなので、若いとはなんとも羨ましいものだと感じていた。
青年は、先ほどの言葉を置き去りにするように、ヘルメットを脱ぎながら一直線に私の方へと歩いてきていた。その迷いもない一直線は、今にもハグをされそうな勢いを感じるほどだった。もしかしたら私の知り合いなのかもしれないと思わせるには充分な一直線だった。私は、その一直線を素直に受け止めた瞬間に、もしかしたら青年が求めているのは、本当は煙草ではなく、正真正銘のハグなのではないかと思うに至り、ハグならハグでも良いとさえ考えてしまうくらいに純粋な一直線だった。
あまりにも一直線なため、私の頭によぎったのは、果たして25円分のハグを青年に対してきちんと与えることが出来るのかという不安だった。本当に25円ならば、ハグのハで終わってしまう。そんなハグを青年は私に求めているのだろうか。
ハグというものは、グをしっかりしないとハグにはならない。それに、私が女性以外にハグをするとなると、25円はあまりにも安すぎる。私は自分をそんなに安売りしているつもりは微塵もない。
普段は女性に対して、何かしらの笑顔や対価を支払ってでもハグを求めることに貪欲な私が、一転ハグを求められる側になると、こんなにも動揺してしまうものなのかと、私の中にある少しの乙女心の存在を感じ、今までハグを求めた女性たちのドキドキを一堂に会したいと思っていた。ドキドキを与えられる側になるのも悪くないなと、私は少しだけ嬉しくなっていたりもした。
ハグとはいったいイクラが本当の値段で、正解なのだろうと、青年は私に煙草を求めているのにも関わらず考えていた。
私は、ハグを求められているということに頭を切り替えることに成功し、煙草を求められていると聞こえてしまった自分の耳を疑うことにした。
確かに私は、25円で煙草を一本あげそうな雰囲気ではある。雰囲気で言えば、紺の作業服を着ながらにして、作業服を超えた着こなしをしている自負がある。何も作業服とは、ガタイが良いだけで似合うワケではなく、作業を匂わす所作から色気と同じように醸し出すモノだと思っている。
「作業服姿にグッとくるわ」
と、私はかなりタイプの女性に言われ続けている。その言葉をとても大切に自分の心の浅いところに閉まっており、いつでも引き出せる大事な自慢の一つとして、毎日引き出してみては、自分に自分で勇気を与えて貰っている。それこそが、作業服を超えた着こなしに繋がっている証だと思っている。今では私服ですら、作業服に変化している。
ある日、私はかなりタイプの女性にこう説いた。説明するよりも、感じて欲しいことがある場合に、私はあえて口に出すことの必要性を知っている。
「君にグッと感情を染み込ませてからが、作業のはじまりだからね」
そう伝えると、かなりタイプの女性は、さらに一段深く目の奥が潤うことを知っていながら、それを悟られてはイケナイように慌てて答える。
慌てていることを、悟られないようにする女性は、一段と女性としての香りが増すから好きだった。
「サ行ってことはアナタ、私にそのうちサ行の続きの『スキ』と言わせたいのかしら。『ス』までは、三つもステップがあるわよ」
「それこそが、二人の共同作業でもあり、サ行でもあるのサ」
こんなことを、作業服ロマンスとして、仕事の合間に日々こなしている毎日だった。私の作業服は、サ行の中でも『し』。修行も含めて日々生きている。だからこそ、いつでも作業服を超えた着こなしが出来ている。スキへのステップは、予め自分が女性のために道を慣らしておく必要性がある。
駄菓子菓子、現実はかなりタイプの女性ではなく、青年だ。青年は、ヘルメットを右手に抱えハグでもスキでもなく、私の前に来てきちんともう一度、同じ台詞を繰り返した。
「25円で、煙草一本くれませんか?」
果たして、煙草一本を見知らぬ作業服の男に25円で交渉する勇気が私にはあるだろうか。
しかもその言葉は、純然と真っ直ぐに私に向かって、投げられている。
この時に私は、25円の本当の価値を知った気がした。百円にも満たない25円。それを見知らぬ作業服の粋な男との交渉に使う勇気。そして、何よりも青年から見て、私は25円で煙草をくれそうな男として選ばれた感動を素直に感じていた。
その勇気に対する対価を与えたい。私は青年に煙草をあげることに決めた。青年に25円以上のモノをすでに私は貰っている気がしたからだ。
私は、心からの感謝を込めて、私が吸っていた吸いかけの煙草を颯爽と差し出した。25円分はまだ残っているだろう。
「いや、新しいのです」
「知っているよ。吸いかけの煙草ではなく、新しい煙草が欲しいことは。本当は知っているよ。これは25円に対する私なりのお礼の所作だよ」と心で叫びながら、私は新しいタバコを取り出し、この日一番の笑顔にウインクを乗せて青年に一本手渡した。
「あげるよ」
「ありがとうございます」
青年は、私から新しい煙草を貰い、自分のライターで煙草に火を付けた。それと同時に、私はさらに青年を観察したくなり、煙草の火を消した。
この瞬間私は、なぜ青年が自分のライターを持っていたのか気になりはじめていた。これは、最初から25円の交渉でタダで煙草を貰うために、私に仕掛けた罠だったのではないかと感じていた。
この青年は、常習かもしれない。普段から煙草を貰えそうな人に、それ相応の値段を付けて、人間というものの価値を推し量っているのかもしれないと感じていた。
そうなると、試されていたのは最初から私だったのだ。
だとすれば、青年が付けた私の人間としての値段は25円の価値だったということになる。
私は、生まれて初めて自分の価値が25円だったのだと知った。
青年は、私の横で幸せそうに煙草を吸っている。25円の男として、私は出来る限りのことをしようと考えた。
「なぁ。君はいったい何を吸って、何を吐いているのか良かったら私に教えてくれないか。こんなこと、初めて会う人間にしか尋ねることは出来ないから記念に教えておくれよ」
不思議と私は青年に尋ねていた。青年は、しばらく煙草を吸いながら逡巡するような間を私に与えて、極めてめんどくさそうに答えた。その様がまた、妙にシックリきていた。
「いただいたモノですかね」
貰ったモノは、自分に取り込み、不必要なモノは吐き出す。随分と幸せな吸い方だと感じていた。余分なモノに囚われることなく、好きに吐き出す。一つ先の人間と対峙している気持ちになっていた。いつの間にか、私も幸せのお裾分けを貰うように、何も囚われない次の人間へと意識を向け、もう一本煙草を吸うことを選択していた。
私がいただいたモノは何かと考えていた。
青年は煙草を吸い終わると、ヘルメットを被り、また一直線に赤いスポーツタイプの自転車に跨がり、颯爽と走り去っていった。私に対して御礼や、会釈は何もなかった。
最後まで、一直線であり、なにモノにも囚われている様子はなかった。
私は煙草を吸いながら、残された灰皿に目をやった。するとそこには、人から貰ったにも関わらずに、半分ほどしか吸っていない煙草が消されていた。
そこには、なにモノにも囚われていない吸殻だけが残されていた。
それに対して、ただ作業服を超えた着こなししか出来ない普通の人間である私は、タダで貰ったのなら最後までちゃんと吸えよと、とても小さなことで、囚われる自分を吸い込み、それだけではダメだと、青年にいただいた囚われない気持ちを吸い込むことにし、それと同時に自分自身の小さな器の苛立ちを吐き出すことに成功していた。
悪くないね。
二つの気持ちを青年からいただいた私は、二重のご縁の価値というものを知った。次からは、25円を持ち歩くことを誓った日になったことは言うまでもない。
私は煙草を吸い終わり、25円分の珈琲を、ただ在るままに飲むことにした。
なんのはなしですか
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