私の声は届かない 毒親は変わらない
私の声は、届かない
80の父は、生まれ持っての小ボケの母を本物の「痴呆患者」にした。
昨日言われたのは、「痴呆の進行をゆっくりにするためのものだ」
だって。
悪化してるのに。
どこまで自分しか信じていないのか?とリアルに思った。
〜〜〜
私は、幼少期からずっと受けてきた。
「否定」「押し付け」「良かれのアドバイス」
父の言葉、態度、正しさを振りかざすその姿。
嫌で嫌で、たまらなかった。
行きたくない学校に行かされて、
「これが正しい」とガンとして譲らない。
私の「行きたくない」「嫌だ」という声は、最初からなかったことにされた。
気づいていない。あの表情は。
自分が正しいと思い込んでいる。
だから、見ようとしなかった。
もしかしたら、見ないふりをしてきたのかもしれない。
私は20年以上、殺され続けたようだ。
存在を、否定され続けた。
父にとって「善」は全てわたしにとって「我慢と試練」
感情を、考えを、潰され続けた。
そして今も。
会えばまた言われる。
「わしは、こんなにやってやってるのに!責めるな!」と
私の声は、届かない。
母もまた、父に振り回されていた。
父は薬と医者を信じきっていた。
自分の痴呆を認めず、「年齢のせいだ」と言い張る。
娘や妻の声より、医者の言葉。
間違った情報を繰り返し見て、固定観念のかたまりになっていた。
そして母を痴呆外来に連れていき、薬で母まで「.本物の痴呆」になってしまった。
薬で悪化しているのに、「これくらいで済んでよかった」と言う父。
正気か?と思う。
もはや悪魔にしか見えなかった。
私は、毎日、ぐちぐちと命令し、束縛し続ける父の姿にうんざりしていた。
「こんな人間が70歳以上を占めているのか」と思うと、ぞっとした。
現実が嫌すぎて、
いつまでこんな理不尽に付き合わなきゃいけないのかと、何度も思った。
朝昼晩、食べたくないものを与えられる母。
コンビニ弁当を「楽ができて幸せだろう」と思い込む父。
自分の行いだけが「正義」。
人の痛みや声に耳を傾けない人間の末路。
これは、洗脳された人生の果て。
「共働き」や「義務教育」によって、
愛のない施設で育てられた大人たちが、さらに子どもを傷つけていく。
「◯◯してくれて当たり前」の親。
「愛を持って◯◯された」ことのない先生たち。
そうして、次の世代にも
負の連鎖が引き継がれていく。
これは、“カオス”だと思う。
最後に――
アートシフトで、気づいてしまった。
良かったのか、悪かったのか、正直わからない。
でも、気づいてしまった以上、もう戻れない。やるしかない。
もしこのブログを読んで、何かに“気づいて”くれた方がいたなら。
これから訪れる混沌(カオス)の時代、
本来の自分に立ち返り、「今、自分に何ができるのか?」を一緒に考えていけたら。
わたしはやってみたいと思っている。
この土地で、たくさんの人を巻き込んで。
小さな村を作ってみたい。
街かもしれない。
“共に生きる場”を。
それができるかどうか、正直まだわからない。
でも、まだ残っている「大切な何か」を守るために、動きたい。
この土地に暮らす人たちは、減反政策をすんなり受け入れるほど、
純粋で、まじめで、きまりを守る人たち。
でももう高齢だ。
「過去が間違っていた」と気づいた時、後悔して苦しむ姿を見るのは、あまりにもつらい。
だからこそ、私は“中庸”を選びたい。
ワクチンや添加物を“敵”にするのではなく。
すべてを排除して経済を止めるのでもなく。
今あるものを活かしながら、
少しずつ気づき、
少しずつ、軌道修正していける道を、探したい。
これから
「本来の日本人としての生き方ができる場所をつくりたい。
誰かのために“自分”を消すのではなく、
まず“自我”を持った一人ひとりが、自分らしく生きる。
その上で、少しずつ互いを認め合い、
得意・不得意の凸凹を組み合わせながら、
本当に“機能する社会”を創っていけるはず。
私たちは、それぞれに“生まれ持った役割”がある。
誰も余らない世界へ。
ここから、始めていきたい。
「“和”とは、自我を持った私たちが集うこと」
「役割を思い出せば、生きづらさは減っていく」
「自分のままで、社会とつながる」
今後も模索していきます🫡🇯🇵✨
誰も傷つけない世界を作りたい。
by里美
怖い、怒りはエネルギーにアタオカになろう♪
