自分本位の期待はしない
今の人々は自分の利益のために、交わりを結び、また他人に奉仕する。今日、利益をめざさない友は、得がたい。自分の利益のみを知る人間は、きたならしい。 犀の角のようにただ独り歩め。
今の人々は自分の利益のために他者と関係を結び、また自分を偽り他者に奉仕する。利害関係の無い人間と関わることは難しい。自分の利益のみを欲する人間は汚らしい。
そう思うのであれば、悩みの種となる人間関係から距離を置き、周囲に流されず、自律的に自分の道を歩みなさい。(意訳)
⚫︎自分の利益のみを欲する人間
文面だけを追うと、ほとんどの人間が自分の利益のみを欲するように思えてしまいます。
しかし、大半の人は、たとえ自分の利益のためだけにしか行動できない時期があったとしても、多くの人と交わり、様々な経験をすることによって、自他共の利益のためへと考え方は変化していくと思います。
自分の利益のためだけに行動していて、ビジネスが長く成立することはありませんが、中には巧妙に立ち回り他者を陥れる人間が存在することも事実です。いつのまにかそのような人間と関わってしまい、嫌な思いをする事もあるでしょう。
嫌な思いをするからといって、そのような人間はどこにでもいるので、それらすべて排除して生きていくことは困難のようにも感じます。
運悪くこのような人間に囲まれてしまうと、嫌気がさして人間が嫌いになってしまうことがあるかもしれません。
しかし、人が嫌いになったからといって誰とも関わらずに生きて行くことなど不可能だと思います。
この章でブッダは、悩みの種となる人間関係からは距離を置き、周囲に流されない自己を確立しなさいと説いています。

クシャーン朝 2〜3世紀
パキスタン
⚫︎自分本位の期待はしない
素直に人に頼ることができず、孤独に生きていくのはとても辛く寂しい現実だと思います。
私にはそのような生き方はとてもできません。誰かを頼り、また頼られる関係があってこそ、生きている喜びを感じることができるのだと思うからです。
しかし、他者との絶妙な距離感を保つことは簡単なことではありません。夫婦間においても些細な事ですぐに喧嘩になってしまいます。
「なんでやっておいてくれなかったの!」
自分が思い描いた理想を、一方的に相手へ期待し、それがかなわないと腹を立てます。
「なんでこんなこともできないんだ!」
自分では気が付いて処理することができても、誰もが同じように行動できるとはかぎりません。
何か他者に対して、自分本位な期待をするところから他者との衝突や、すれ違いにつながることが多いのではないでしょうか。
「期待しない」というと、何かドライで冷たい印象を受けますが、自分本位の期待をし、その通りに他者が行動しないことによって、「憎しみ」の感情へと変化してしまうのであれば、はじめから期待しない方が良いのではないかと思います。
期待し合わない関係であれば、争いごとは確実に少なくなります。
しかし人間とはわがままなもので、このように割り切って生活していて、自然と他者との距離が開いてしまうことに、何か寂しく感じてしまうこともあります。
勝手に期待したことが思いかけず、叶うことがあると、とても嬉しいですし、その記憶は残り続けるので、また期待をしてしまうのです。
時には喜んで笑い合い、時には怒って喧嘩してしまうのも人と人との営みであり、そこから生まれる思い出は、かけがえのないものです。
そこに嘘や偽りが一切ないからこそ、お互いの信頼が改めて確認し合えるものだと感じます。
人と人との関係は、孤立することもなく、干渉しすぎることもない心の通う距離感を保つのが理想ではありますが、すれ違いによる衝突をも含めて、お互いが楽しんでいけるような、より豊かな関係を深めていきたいものです。
以上となります。おつきあいいただきありがとうございました。
『ブッダのことば』中村元 訳 岩波文庫
2025-12-02
