コーヴィラーラ樹
葉の落ちたコーヴィラーラ樹のように、在家者としての身なりや生活様式を捨て去り、世俗的な繋がりや義務から完全に自由になったならば、賢者は誰にも頼らず、孤独に歩むべきである。(意訳)
インドの思想は、西洋や他のアジアの国々の思想と比べて、特に内向きで自分自身を見つめ直す傾向が強いといえるのかもしれません。
インドの思想家にかぎったことではありませんが、人間は一人で深く考え込み、自分の心の中を探求し、直感的に絶対的な真実を理解しようとする時があります。そこに客観的な論理とは異なる、内面的な論理が生まれてきます。
このような考え方は、社会とのつながりを意識することを弱め、むしろ孤独を楽しむようになるようになる傾向にあるといえるでしょう。

インド思想が内省的で個人的なのは、社会の風土的な性格が影響しているとされています。徹底した個人主義、つまり「孤立した人」という考え方は、原始仏教が生まれた頃のバラモン教にも見られます。
しかし、初期の仏教経典では、孤独な修行を推奨する一方で、「世俗的な欲望から離れるという共通する良い友人を持ちなさい。」と、人との交流を勧めています。
また、「恐ろしい蛇が住む場所、暗い夜に雷が鳴り響く場所」で静かに座り、孤独を楽しむように教えながら、もしそれに耐えられない人は「自分を守り、正しい心を持って仲間と一緒に生活しなさい」ともあります。
つまり、もし賢い友人を得たならば、一緒に行動しなさい。もし得られないのであれば、一人で旅をしなさい、と説いているのです。

金細工の職人が見事に仕上げた二つの輝く腕輪をひとつの腕にはめれば、ぶつかり合って音を立ててしまう。
避けられないことであると思うのであれば、悩みの種となる人間関係から距離を置き、周囲に流されず、自律的に自分の道を歩みなさい。(意訳)
長く生きていれば、誰もがその人生経験から築き上げた確固たる哲学を持っており、皆がそれぞれ異なる視点や考えを身につけています。
そのような異なる者同士が交流すると、目的に向かって協力し合い大きく広がりをみせることもありますが、意見の相違から様々な歪みを残してしまうこともあります。
美しく輝く純金のバングルをひとつの腕につければ互いが触れ合い音を立てるのは避けられません。たとえ賢い人であっても同様だとの教えです。
稀に、わざと喧しく音を立てるのが目的の方もいらっしゃいます。ぶつかり合うと、どちらにも傷がついてしまいますね。片方が鋼鉄であれば、純金にしかキズはつきませんが。

孤独な精神世界への旅は危険を伴うこともあります。自分だけの世界に陥り、実生活での居場所を見失ってしまうおそれがあるからです。
良い循環にある時は、問題ないのですが、決して良いとはいえない循環にある時、一人だとそれに気がつくのが、どうしても遅れてしまいます。
心の状態はそのまま言葉や表情に現れます。そのため、身近な人からの助言を素直に聞き入れたり、目の奥の輝きや顔色など、自らの表情を鏡などで観察したりすることで、客観的に心の状態を認識する必要があるのかもしれません。
以上、お付き合いいただきありがとうございました。
『ブッダのことば』中村元 訳 岩波文庫
2025-12-02
