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家族がクソだった時の人生戦略

関東圏で働いていると、会う人の多くが地方出身で驚く。
それぞれ事情があって今の場所にいるのだと思うけれど、
私は“家族との関係がきつすぎて”地元を飛び出してきた側の人間だ。

詳細は重くなるのでまた別の機会に書くとして、
現状は完全な絶縁状態。
もう20年以上経っているので、復縁することもない。

■ 「親と一緒に地方で暮らすか?脱出するか?」という選択肢
実家を出るのが現実的じゃない人もいる。
だから「誰にでも選択肢がある」と言うと違和感があるかもしれない。

でも、
本気で家族・親類すべての血縁者との縁を切る覚悟があるなら、誰にでも脱出の選択肢はある。

普通はそこまでやらない。
ただ私は、自分の人生を守るためにやった。

背負った罪悪感や心の傷は一生癒えない。
それでも、得られたものは大きかった。
もし生まれ変わって同じ境遇に置かれても、
私は同じ選択をすると思う。

■ 不幸の根を断つには、怖いものと闘う必要がある
「なんて恐ろしいことをしようとしているんだろう」
そう思って気持ちが弱くなる瞬間は何度もあった。

でも、覚悟を決めたならやりきるのが最短で正しい。

家族の問題は、基本的に友人や先輩には頼れない。
唯一頼れる可能性があるのは、
将来“運命共同体”になる配偶者候補くらい。

ただ、そこで自分の事情を話すと
「この人、やばいかも」と思われて離れられるリスクもある。
相手の本気度を測るには確実だけど、かなり危険なモノサシだ。

■ 「戻りたくない自分」と「戻ってきてほしい親」のねじれ
私は地元に戻りたくない。
でも親は、いつか自分に引き継がせたいと思っている。

就職先の関係で関東に出てきている、
という“建前”があるからこそ、
お互いに一番つらい関係性になっている気がする。

さすがに「介護のために仕事を辞めて戻ってこい」と
強制する親は少ないと思う。
子どもも従えないだろう。

だからこそ、
「仕事も家族もあって戻りたくても戻れない」
という状況を盾にするのが常套手段なのかもしれない。

長男だと、欲しくもない地元の土地を押し付けられて
謎の税金を払い続けている人もいる。

■ 家族の判断軸は、正解・不正解では語れない
家族に関する選択は、誰も責任を取ってくれない。
だからこそ、正解・不正解で語ること自体が無意味だ。

私は自分のルーツともいえるものをすべて捨てた。
子どもの頃の写真が一枚も手元にない。
それでも、こうして歩いている人間がいる。

今日はただ、それを伝えたかった。

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