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ブラックアウトを経験した私が、防災を本気で考えるようになった理由

北海道全域停電。あの日、私は「電気が当たり前ではない」ことを知った


noteを読みに来てくださりありがとうございます!
この記事では私が防災に関する活動に至った経験をお話ししようと思います。
地域全体が停電になるとどんなことが起こるか、どんなことが困るかがリアルにわかるかと思います。是非最後まで読んでいただけると幸いです。


深夜の激しい揺れ


私は札幌に住んでおりますが、平成30年北海道胆振東部地震を経験しています。
2018年(平成30年)9月6日03時07分、北海道の胆振地方中東部を震源とする地震が発生しました。 地震の規模を示すマグニチュードは6.7、最大震度は厚真町の震度7で、北海道で観測史上初めて震度7を記録した地震です。
私が住んでいる地域は札幌市内でも地盤が強い地域ですが、それでも震度5弱を記録しました。

真夜中、けたたましいアラームが鳴り響く中、小学生の娘の「パパ地震!」という声で目が覚めました。

携帯画面を確認すると震度5弱の表示。
マズい、経験したことが無い揺れが来る!
南側の窓の方から徐々に地震が襲ってくるのがわかりました。
あの時の感覚は本当に不思議です。
 
咄嗟に取った行動は妻と保育園児・小学校低学年の娘二人を集めて三人に覆いかぶさるでした。
無意識に家族を守らなきゃって思った行動がこれでした。

今思えば天井が落ちてきたら一発アウトですよね。

当時はコンクリート造の築40年を超える6階建てマンションの2階に住んでおり、古いマンションということもあり、常々マンションが地震で潰れたらと心配していたことがこの行動につながったと思います。
 
震度5弱の地震でも命の危機を感じます。
間違いなくパニックになります。
地震の長さは永遠とも思え、早く止まってくれと心の中で祈るばかりでした。
 
地震が止まった後、家族に大丈夫か確認しましたが、小学生の子は震えて泣いています。
保育園の子は半分寝ている状態で何が起きているかはわかっておりません。妻は若干パニクッていましたが、子供をなだめることに必死でした。
 
「ちょっと部屋見てくる」
地震が収まったのでとりあえず部屋の被害状況を確認しました。
幸いなことに棚に立て掛けていた写真やテーブルにあったコップが倒れている程度で大きな被害はなかったです。
あんなに揺れていたのにこの程度の被害かと腑に落ちない感じがあったのですが、とりあえず安堵しました。
 
この時はまだ事の重大さに気付いてませんでした。
まさかあんな経験をするとは思ってもいませんでした。
 


テレビが突然消えた


家の中の被害がほぼなかったことに安心し、多少頭が働いてきたのでとりあえず情報収集と思いテレビをつけました。
 
リモコンの電源をポチッ!
すぐにNHKをつけて状況確認
「北海道厚真町で震度7・・・」
「震度7!?」
「札幌は?」
「震度5?」
「あんなに揺れてたのに、あれで震度5なんだ」
 
ブチッ!
 
いきなりテレビが消えました。
えっ!?
リモコンの電源を何度押してもテレビはつきません。
ブレーカー落ちた?
懐中電灯を持って玄関にあるブレーカーを確認しに行くと異常なし。
 
まじか!停電か!
 
保育園児の子を起こさないようにと部屋の電気を消していたのが仇となり、すぐ停電だとは気づけませんでした。
 
テレビからの情報はもう得られないので家にあったラジオをつけました。
普段ラジオは聞くことが無いのですが、何かあった時に役立つだろうと用意していたラジオがここぞとばかりに活躍しました。
 
あ~過去の自分ありがとう!
 
ラジオの電源を入れるとすぐ災害情報が流れてきました。


ブラックアウト発覚


ラジオからは各地の震度が流れ、途中から停電が発生していることが知らされました。
時間が過ぎていく中で徐々に状況がわかってきました。
北海道全域停電=ブラックアウトになったと。
 
この時の自分はブラックアウトになったと聞いてもすぐ復旧するんでしょくらいにしか考えていなかったのですが、かなりまずい状況になっていることを後になって気付くのでした。
 
妻「明日の小学校と保育園休みになっちゃうよね?」
自分「そうだね、結構強い地震だったから点検とかもあるし、停電続いてたら休みだろうね」
 
妻「さっきお母さんに電話したら大丈夫だって言ってたけどもう一回電話してみる」
妻「あれっ?繋がんない」
自分「地震の後だからみんな連絡取り合って回線こんでるんじゃない?」
妻「パパ違うよ、携帯のアンテナゼロになってる」
自分「えっ!?」
 
そう、携帯基地局も停電で携帯電話が使えなくなってたんです。
 
朝になったら会社に電話してアルバイトの子たちの出勤をどうするか相談しようと思っていたのに連絡手段がない!
 
とりあえず会社に行って相談するしかないな。
 
そんなことを考えていると新たな情報が・・・。
 
市内の信号が停電で使用できません。
地下鉄も利用できません。
 
信号つかないってどうなるの?
会社行けないの?
 
解決策が見つかりません。
 
余震の心配もあるため外が明るくなったら周囲の状況を確認することにして
停電が少し長引きそうだったこともあって
「冷蔵庫の中身大丈夫?」
「冷凍ものどうする?」
「冷えてる間は扉開けないで冷やしておこう」
「ライト類集めよう」
など家の中で停電対策できることを進めていました。
 
夜が明けたので自宅から出て周囲の状況を見に行きました。
マンションのエレベーターはもちろん止まっており、情報通り道路の信号はついておらず、相変わらず携帯電話はアンテナ無し。
 
自宅に戻り妻に状況を説明すると電子レンジも換気扇も使えないから近所のコンビニで朝食の菓子パンでも買ってきてとのこと。
 
まあ確かに停電で電子レンジが使えないと温め・解凍ができず、換気扇回さずにハムエッグなんて作ったら家の中ににおいが充満するかと一人納得してコンビニへ。
 


お店から商品が消えるは本当だった


コンビニにがある付近に遠くからでもわかる人だかりがあります。
みたこともない長蛇の列がコンビニ前にありました。
列に並び、コンビニに入ると棚はガラガラで菓子パンなんてものはとうの昔になくなっており、棚には今使わないであろう文房具的なものしかない状態。
レジは停電でPayPay等の電子決済は使用できず現金払いのみ。
運よく食料を手に取った人で現金を持ち合わせてない人たちは恨めしそうに帰っていきました。
 
結局自分も朝食を手に入れられず帰宅しました。
とりあえず子供達にはバナナを食べさせ、今後は冷蔵庫の悪くなりやすいものから窓開けて調理しようとなりました。
 


基地局復活?そしてデマ


8時過ぎになったので会社に連絡できないかと携帯電話の電波を探してマンション周辺をウロウロしていると外階段でアンテナ1本が立ちました。
恐らく予備電源でたまたま電波があったんだと思いますが、今しかないと会社に連絡するも誰も出ません。すぐにアルバイトの子に連絡し状況を確認すると同じく停電で年配の両親と古いマンションの8階に住んでおり、家の水が出ないから、階段で1階まで降りタンクに水を入れてまた8階まで登っていくを繰り返していると言ってました。
それを聞いてとりあえず停電が解消して家が落ち着いたら連絡してと言っておきました。

私が電話をしている間に妻が保育園へ行ってみるとママ友が数名いて、お互いの状況を報告していました。
普段仲良くしているママ友の旦那さんが電波があった時に旧Twitterで得た情報では停電はもう解消されつつある。〇〇スーパーは通常営業している。とのことでした。
 
このパパさんは普段から一緒に飲んだりキャンプしたりする、とても仲のいいパパさんで凄くしっかりしている人です。
 
しかし、この情報はデマでした。
よく災害時のSNSはデマが流されるから信じないで!って聞きますが、まさにこれです。
 
パパさんはみんなの役に立つだろうと思って親切心で教えてくれたのですが、こんな状況下では普段しっかりしているパパさんでも冷静に考えることができなかったようです。
 
会社との連絡を取りたいと思って家から少し離れた公衆電話へ向かったのですが信じられない長蛇の列。
災害時、携帯電話はつながりずらい、またはつながらない状況に陥りますが、公衆電話は停電時でも電話回線の給電により利用できるようでした。
 
とりあえず公衆電話をあきらめて家に戻るころには夕方になっていました。
 
信号が機能していない道路では警察官が手旗信号で対応しているところと、そうじゃないところがあり、警察官のいない場所ではお互いが様子を見ながら進んでいく、いつ事故が起きてもおかしくない状況でした。
 
家に帰ると妻がお鍋でご飯を炊いていました。幸い水道と都市ガスの供給は止まっておらず、炊飯器が停電で使用できなくてもお鍋でご飯を炊くことができました。
 
水道が止まっていないので水には困らなかったのですが、停電でボイラーが動かずお風呂・シャワーは全滅です。
 
一日二日くらいお風呂に入れなくても死ぬことはないからと話してその日のお風呂はあきらめました。
 
すっかり夜になり、電気のつかない部屋では懐中電灯の明かりにペットボトルを乗せると明るくなると力説している娘の提案をきいて試してみることに。
 
保育園の時に聞いたらしい話でしたが実際やってみると、かなり明るくなり「すごーい!」「めっちゃ明るい~!」「キャンプみたい!」と子供たちははしゃいでいました。
 
普段であればテレビをつけてくつろいでいるような時間ですが、相変わらず情報源はラジオしかなく停電の復旧にはまだ時間がかかると流れているだけでした。
 
やることもなく普段よりだいぶ暗い環境下でママと子供たちは普段より早く寝てしまいました。
 


そこで見たもの・・・一生忘れない


一服しようと家を出て煙草に火をつけ、「明日はとりあえず会社に行ってみよう。」「いつまで停電続くんだ」ぼーっと考えながらふと見上げた星空。
「すごー」
思わず呟いてしまうほどの満天の星空がそこにはあったのです!
普段、夜でも明るくさほど星の見えない札幌でまさか満天の星空を拝める日が来るとは思わなかったです。
この星空はブラックアウトというめったに経験しない出来事と一緒に、一生忘れられない景色となりました。
 
翌朝、車で会社に向かおうと道路へ出ると、この時にはもう信号は復旧していました。
途中、ガソリンスタンドで給油をしようと思ったのですが停電の影響で給油ができない現実を知り、普段からある程度減ったら給油しておくべきだったと反省しました。
 
何とか会社へ着くと数名の社員だけが来ていました。
 
皆の状況を聞くと、停電が復旧した地域に住む人もいれば、「地震の影響で道路が波打った状態だった。」「車で移動するにも一苦労」など住む地域によってまちまちでした。
 
停電が全面復旧してから出社しようという話になりその日は解散。
 


待ちに待ったその時!


家に帰るとママから「道路挟んだあっちの地域は停電復旧したって」と良い知らせ。
自分「じゃあ、ここら辺ももうすぐ復旧するね」なんて話してましたがその日のうちに復旧することはありませんでした。
この頃になると電気の無い生活にストレスを感じ始めます。
携帯電話はつながらないにしても充電ができずバッテリーの持ちが気になりだします。お風呂・シャワーに関しても家では入れず銭湯にでも行きたいですが、やっているかもわからない状況で行くこともできません。とにかくあらゆる情報が入ってこないのです。
 
そんな中、子供たちは普段と違う環境にキャッキャとテンションが上がっており、それを見て心が和んだのを覚えてます。
 
翌朝、ママと話して今日家が停電復旧しなかったら復旧したママの実家に行ってお風呂入れてもらおうと話していました。
 
いい加減お風呂に入りたいし、テレビから情報を得たいと思っていたんです。
 
その矢先、ついにその時が来ました。
家の家電からピーという音が鳴ったんです。
 
 
完全復旧!!
 
やっと我が家にも電気が来ました!
 
ここまで長かったー
たった2、3日停電していただけなんですが、こんなにも不便な思いをするとは思いませんでした。
 
 
今回は電気が止まっただけでしたが、ガス・水道が同時に止まったらと考えると本当にゾッとします。
 
この経験を踏まえて災害時に対応できるよう飲料・食料備蓄や避難持ち出し袋の準備等を始めました。
勿論、物の備えだけではなく知識の備えも少しずつ始めました。

この経験で本気で災害について考えるようになり、色々得た知識をyoutubeやnoteで配信することになったわけです。
仕事の合間で製作しているのでまだまだ動画数も少なくこれからのチャンネルですが、仕事柄、有識者の先生や防災絡みのお仕事をしている人と一緒にお仕事しているので、いろんな情報を今後皆さんにお届けできるよう頑張ります!
 
今、日本では地震活動期に入りました。
阪神淡路大震災、東日本大震災、熊本地震等、胆振東部地震、実際起きてしまいました。
今後起きる確率が非常に高くなっている南海トラフ地震、相模トラフ地震、首都直下型地震、千島海溝・日本海溝地震、そして能登半島地震のような、起きると言われていない地域での突然の地震。
こういった震災に加え、地球温暖化による台風・線状降水帯等の水害も増えています。
今年の夏においてはスーパーエルニーニョの発生確率がかなり増加し、大型台風が頻発するようです。
 
震災・水害等が収まった後、待っているのは災害以上に怖い現実かもしれません。
 
最後まで読んでいただきありがとうございます!
あなたとあなたの家族・友人・知人が災害で困ってほしくないです。少しでも困難が取り除かれることを本気で願っています。

是非一緒にこれから少しずつ、災害に対しての備えをしていきましょう!




 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 










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