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筋肉をデプロイしろ|ナヴァル・ラヴィカントに学ぶ健康投資

「富とは、眠っている間にも稼いでくれる資産だ」

ナヴァル・ラヴィカントの言葉である。

シリコンバレーの投資家で、AngelListの創業者。UberやTwitterにも初期から出資した人物だが、この人が有名なのは投資成績だけではない。「レバレッジ」についての思想でも広く知られている。この人の思想はとても面白い。

この言葉を最初に読んだとき、自分の頭をよぎったのは投資の話ではなかった。

筋肉だ。

一度つけた筋肉は、寝ている間もエネルギーを使う。食後の糖の処理に関わり、病気やけがのときにはアミノ酸の供給源にもなる。動かすたびに、筋肉は全身へさまざまなシグナルを送る。

なぜ筋肉がナヴァルの言う「最強のレバレッジ」なのか。今回はその話を書く。そして自分がサプリを30個から4個に減らしても、体調が大きく変わらなかった理由をレバレッジ理論で説明してみる。


ナヴァルの3つのレバレッジ(健康投資の分類)

ナヴァルはレバレッジを3つに分けた。

  • ひとつめが労働力レバレッジ。
    人を雇って働かせる。古典的だが、自分がいなくなると回らなくなるリスクがある。

  • ふたつめが資本レバレッジ。
    お金にお金を稼がせる。株、不動産、投資信託。寝ている間にも増える。

  • みっつめがコード/メディア・レバレッジ
    プログラムやコンテンツを一度作れば、ほとんど追加コストをかけずに複製できる。動画を1本作れば、作った本人が寝ている間にも再生される。

ナヴァルが特に重視していたのが、このコードとメディアだ。複製にかかる限界費用がほぼゼロだからである。これを健康行動にそのまま当てはめると、サプリ・睡眠・筋肉の優先順位がきれいに整理できる。(もちろん、これは医学的な分類ではなくて、健康行動を考えるために、自分が借りた比喩である)


サプリはなぜ「労働力型」なのか(レバレッジが効かない健康投資)

自分はサプリに月5万円使っていた時期がある。

NMN、レスベラトロール、CoQ10、ビタミンD、マグネシウム、亜鉛、オメガ3 etc…。朝だけで10種類並べて、水でまとめて流し込む生活を2年くらい続けていた。妻に「粉ミルクの横のサプリの山どうにかして」とキレられた話は前にした気がする。

冷静になって全部見直した。昔は30個ほど飲んでいたが、今、毎日飲んでいるのは4つだけになった。意外と、体調は大きく変わらなかった。どれを残してどれをやめたかは、別の記事に全部書いた。
オメガ3と乳酸菌をやめて、4つだけ飲んでいるサプリの話

なぜ、これで平気だったのか。

サプリの多くは、継続して飲むことを前提にしている。もちろん、1日飲み忘れたら効果がゼロになるわけではない。体内に蓄えられる成分もある。

ただ、飲む行為をやめても、筋肉のような構造が体に残るわけではない。ナヴァルの分類を借りるなら、毎日人間が手を動かして補充する「労働力型」に近い。

悪くはない。でもスケールしない。

マッサージやサウナにも、その時間や直後に得られるメリットはある。ただ、それだけで日々の運動不足や睡眠不足を埋められるわけではない。やっている間だけ効果があって、やめた瞬間徐々に効果が減っていく。

自分も、レバレッジの効かない健康投資にせっせと金を突っ込んでいた側だ。経営で言えば「社長、AIでそれ仕組み化しましょうよ」と部下に言われるやつである。パーソナルドクターとして診ている経営者たちも同じことをしていて、月5万かけてサプリを飲んでいるのに筋トレはしない方は多い。


睡眠は「資本型」のレバレッジ(7時間で17時間のリターン)

じゃあ資本型レバレッジに相当する健康行動は何か。

睡眠である。

多くの成人にとって、7時間以上の睡眠は一つの目安になる。7時間寝ると、残り17時間のパフォーマンスが変わる。集中力、判断力、感情のコントロールも睡眠の影響を受ける。

もちろん、翌日のすべてが前の晩の睡眠だけで決まるわけではない。それでも、睡眠を慢性的に6時間以下へ制限した実験では、認知機能の低下が日ごとに積み上がっていった。7時間の投資で、残り17時間の土台を作る。ROIで考えれば、かなり大きい。

しかもこれは複利で回る。

良い睡眠を取ると翌日の判断力が上がる。判断力が上がると仕事が早く片付く。早く帰れるから早く寝られる。さらに良い睡眠につながる。正のフィードバックループ。資本が資本を生む構造そのものだ。

逆もある。睡眠4時間から判断ミス、トラブル対応で残業、また4時間、さらにミスが増える。負の複利。借金地獄と同じ構造をしている。

たしか去年、40代の患者さんに「先生、最近なんか判断力が落ちた気がするんですよね」と言われた。血液検査もMRIも異常ないということで受診した。聞いてみたら睡眠が4〜5時間だった。

判断力が落ちているというより、判断力を支える睡眠を毎晩削っていた可能性がある。貯金を毎月切り崩しながら「なんでお金が減るんだろう」と言っているのに近い。

病気ではない。資本の運用ミスだ。

(もちろん、短時間睡眠だけで説明できないこともある。睡眠時無呼吸症候群や不眠症、うつなどが隠れている可能性もある。症状が続くなら、睡眠時間を増やすだけで終わらせず、医療機関で原因を確認したほうがいい。)

食事も資本型に入る。1回の食事で血管や腸内環境が決まるわけではない。ただ、毎日の選択は数カ月、数年単位で体組成や代謝に積み重なっていく。即効性は乏しい。でも、あとから差がつく。


筋肉は「コード型」レバレッジ

ナヴァルが「最強」と呼んだレバレッジ。コード型。一度構築したら、自分が何もしなくても勝手に働き続けるやつ。

健康行動でこれに当たるのが、筋トレだ。正確に言うと「筋肉をつけること」。ただし、筋肉のレバレッジには二重構造がある。

まず「つけているだけで24時間動き続ける機能」。プログラムの世界で言えば、一度起動したら止めるまで走り続ける常駐プログラムのようなものだ。

基礎代謝
筋肉は一度つけたら、寝ている間もデスクワークしている間も、24時間カロリーを消費し続ける。体重の約40%を占める骨格筋は、安静時のエネルギー消費の20〜30%を担っている。

同じ食事をしていても、筋肉1kgあたり約13kcalの代謝差が生まれる。5kg違えば1日65kcal。小さく見えるが、年間に換算すると約2.4万kcal、脂肪にして約3kgぶんになる。太りにくい体質というのは遺伝だけの話ではなくて、この常駐プログラムの稼働率の問題でもある。

血糖の吸収
筋肉は、食後の糖を処理する大きな受け皿だ。食後に血液から取り込まれる糖の多くを骨格筋が引き受けている。筋肉を繰り返し動かすと、インスリンが働きやすくなり、糖を取り込みやすくなる。

経営者に多い午後の猛烈な眠気にも、食事と血糖の動きが関わっていることがある。寝不足や食事量など別の原因もあるが、自分自身、トレーニングを続けてから午後に眠くなりにくくなった。これはかなり実感している。

血糖値の安定は判断力にも直結する。経営者にとっては地味だが大切だ。

アミノ酸の貯蔵庫。
これはあまり知られていないが、筋肉は体内最大のタンパク質リザーバーでもある。病気、外傷、手術、感染症。こうした緊急事態が起きたとき、体は筋肉のタンパク質を分解してアミノ酸を取り出し、免疫細胞の燃料や創傷治癒の材料として使う。

筋肉量が多い人は、重病時に動員できるアミノ酸の備蓄が大きい。逆に筋肉量が少ない人は手術後の回復が遅く、合併症リスクが高いことが報告されている。健康なときには気づかないが、病気になったとき筋肉量が回復力を左右する。経営で言えば、平時には眠っているが有事に命綱になるキャッシュリザーブのようなものだ。

常駐機能は、この3つ。筋肉がある限り、止まらない。経営で言えば、一度構築したシステムが勝手に売上を立て続けている状態に近い。

もう一つが、動かすたびに発動する機能だ。こちらは筋肉を動かすたびに走る、定期実行プログラムのようなものになる。

2003年にペダーセンが「マイオカイン」という概念を提唱した。筋肉が収縮するときに筋細胞から放出される物質だ。培養したヒト筋細胞を調べた研究では、600を超える分泌物の候補が見つかっている。働きが詳しくわかっているものは、まだ一部しかない。

マイオカインがどこまで強力かをわかりやすく示したのが、以前に書いたこの記事だ。エアロバイクを10分こいだ直後の血液を、培養したがん細胞にかけると、増殖に関わる遺伝子の動きが下がった。マイオカインが「副作用ゼロの薬局」として働いている、その実例。

マイオカインの中には、筋肉が動いたときに増えるものが多い。運動がトリガーだ。週2〜3回の筋トレで定期的に発動させるイメージである。そして筋肉量が多い人ほど1回あたりの放出量が大きい。マシンのスペックが高いほど、実行結果も大きくなる。

代表的なマイオカインを簡潔に挙げる。

BDNF。脳の"肥料"。運動時に脳内での産生が増加し、海馬の神経細胞の新生を促す。筋肉自体もBDNFを産生するが、こちらは主に筋内で脂肪酸酸化を促す局所作用と考えられている。「運動後に頭がスッキリする」の正体の一つは、運動による脳内BDNFが増えることとされる。

IL-6。筋肉から出るIL-6は内臓脂肪の分解とインスリン感受性の改善に寄与する。慢性炎症で増えるIL-6と同じ物質だが、運動時の一過性の上昇では働き方が違う。

イリシン。白色脂肪を褐色脂肪的な細胞に変換し、脂肪の「燃焼モード」への切り替えと骨形成を促す。

IL-15。内臓脂肪を減らす作用があり、皮膚の老化を遅らせる可能性も示唆されているが、ここはまだエビデンスが弱い。

これらが全部、筋トレをするたびに放出されている。運動後数時間〜24時間は血中濃度が上がった状態が続き、やがてベースラインに戻る。だから週2〜3回の筋トレで定期的に発動させ続けることに意味がある。

サプリには「常駐機能」がない。毎朝人間が手動で飲むことでしか効果が発生しない。飲まなかった日は何も動かない。一方で、筋肉は「24時間動き続ける常駐機能(代謝・血糖管理・骨密度維持)+運動するたびに発動するマイオカイン放出」がセットで動いている。しかも筋肉量を増やすほど、マイオカインの放出量も大きくなる。

テストステロンの維持もある。決断力、リスクの取り方、モチベーション。全部テストステロンが関わっている。

冒頭で書いた「自分が寝ている間にも働く資産」。ナヴァルの言葉そのものだ。筋肉というコードを一度デプロイすれば、24時間の常駐機能が回り続け、週2〜3回の筋トレのたびにマイオカインが放出される。この二重構造が、サプリにもマッサージにも真似できない「コード型レバレッジ」の正体だ。


健康のポートフォリオをどう組むか

ナヴァルの思想に従って健康のポートフォリオを組むと、こうなる。

コード型の筋トレを最優先にする。
週2〜3回、1回40分でいい。主要な筋群を週2回以上動かすことは、WHOや2026年の米国スポーツ医学会の指針とも合っている。一度つけた筋肉も、使わなければ減る。ただ、つけるときほどの時間をずっとかけなくても、ある程度は維持できる。健康ポートフォリオで言うインデックスファンドのような存在だ。

次が資本型の睡眠と食事。
睡眠はまず7時間。健康の土台として筋トレをしている成人なら、タンパク質は体重1kgあたり1.2〜1.6gを一つの目安にする。筋肉を増やすこと自体が目的なら、そこから1.6〜2.0gまで上げる。

派手さはないが、複利で確実にリターンが積み上がる。

労働力型に近いサプリやマッサージは、そのあとに考える。
土台がないまま突っ込むのは、赤字の事業に人件費だけ積んでいる状態と同じだ。

「時間がないからサプリで」という判断は、投資で言うと「リターンの低い商品に全額突っ込んでいる」のと変わらない。

自分の17年間の投資配分

17年間トレーニングを続けている。BIG3合計520kg。
これは「コード型レバレッジに17年投資し続けた結果」の数字だ。

40歳だが20代の頃より体力がある。基礎代謝が高いから太りにくい。午後に眠くなりにくく、空腹時血糖やHbA1cも大きく変わっていない。テストステロンが維持されているから判断にブレが出にくい (脳筋なだけかもしれない)。

これは全部血液検査で数字として追っている。趣味みたいなものだが、年に4-6回自分の血を抜いて、空腹時血糖、インスリン、HbA1c、遊離テストステロンなど定点観測している。医者の職業病と言われればそれまでだ。

自分の体を数値で追う習慣がつくと「なんとなく調子がいい」で終わらない。前回から何が変わったか。何を変えた時期と重なっているか。そこまで確認できるようになる。

睡眠も食事も変わる。仕事も育児も変わる。

その中で17年間ずっと残っているのが筋トレだった。

外来で患者さんを診ている間も、子どもと公園で走り回っている間も、筋肉は自分の体を支えてくれている。

冒頭のサプリの話に戻る。自分がサプリを30個から4個に減らしても、体調は大きく変わらなかった。

サプリを減らしても、筋トレ、睡眠、食事は残っていた。土台を削らなかったから、体調も大きく変わらなかったのだと思う。

逆に言うと、土台がない状態でサプリだけ増やしても、得られるリターンは小さい。

あなたの体は、あなたが経営している最も重要なプロジェクトだ。最初にデプロイすべきコードは、スプレッドシートでも事業計画書でもない。

筋肉である。

マイオカインの個別の話はもっと掘りたかったのだが、長くなりすぎたのでここまでにしておきます。

まとめ

  • 健康行動は、レバレッジで並べ替えられる。サプリやマッサージにも役割はあるが、運動不足や睡眠不足の代わりにはなりにくい

  • 睡眠と食事は「資本型」。1回で人生が変わるわけではないが、毎日の積み重ねが数カ月、数年後に効いてくる

  • 筋肉は「コード型」。安静時にもエネルギーを使い、食後の糖の処理やアミノ酸の備蓄に関わる。動かすたびに、筋肉とほかの臓器のあいだで情報が行き交う

  • 筋肉も完全放置では維持できない。週2〜3回、更新をかける必要がある

  • だから順番は、筋トレ、睡眠・食事、サプリ。土台ができるまで、サプリの足し算は後回しでいい。

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参考文献

Pedersen BK et al. Role of myokines in exercise and metabolism. J Appl Physiol. 2007

Severinsen MCK, Pedersen BK. Muscle–Organ Crosstalk: The Emerging Roles of Myokines. Endocrine Reviews. 2020


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