from図書館返却本棚その21 「「人生の地図」の作り方」 橋本努 その1
副題:くいなく賢く生きるための38の方法
恥の多い人生を送ってきちゃったりした感じの私ですが、まだ諦めてません。人生を。
てゆうかまだ半分しか生きてない。
予定としては100歳まで現役で遊んで、そこから少しのんびりして120歳くらいまで生きるからです。
なお科学が間に合ったらネットスフィア(順列都市でも可)に人格をコピーして、基底現実からオサラバしてからももっと生きます。
なおこれはそういうつもりで生きるということなので、現実化するかどうかは知らんというか、どうでもいいことです。
それでも半分までは来ちゃったので、残り半分を充実させたい!という思いが、この本を手に取らせました。
果たしてそんな私に有意義と言えるものがこの本の中にあるのかどうか、読んでみましょう。
著者はどんな人?
現役経済学の教授。
国際社会動向の研究所所長も務める。
はいでました、エラい人です。
教授とか博士とかをノータイムで信仰しているわけではありませんが、とりあえず信用はできそうです。
はじめに ─── 悔いなく賢く生きるには先人の思索が役に立つ
やもすると哲学的になってしまう「どう生きるか」という問題を、経済学やビジネスの理論を元にその羅針盤を提供しようという試み、とのこと。
正直、それって割と普通じゃね?などと思わないでもないですが、根性論や理想論を持ち出さないというのであれば、読む価値は大いにありそうです。
第1章 何から手を付けたらいいか問題
実現可能な目標を立てるために
目標を立てるに際し、「GROWモデル」の使用を推奨しています。
GROWモデルとは以下の4つの意思を明確にすること。
Goal 立てるべき目標
Real 今の自分の現実
Option 目標実現への準備作業
Will 実行計画とそれを成し遂げるための意思
正直、
「グロウ(成長)っていいたかったんだけちゃう?」
などと思わないでもないが、たしかに重要なことだとは思います。
なお、目標が達成できそうにないときは、目標そのものを立て直してもいいそうです。
これはありがたい!
そしてこのGROWモデルを用いて達成すべき人生の目標を、カナダの哲学者テイラーの言葉を借りて「人生を充実させること」と定義しています。
これもまたいい目標、というよりは指針ですね。
少々曖昧な概念ではありますが、
すべての行動を「人生を充実させること」と結びつける
という考え方には大賛成です。
有限な人生を限られたお金でどう生きる?
吉田兼好は、徒然草の中で人生において重要なことは「一つのことに打ち込むことだ」といいました。
その自分の人生の時間とお金を注ぎ込むことに値するものを「追求財」とするというのが、著者の立場です。
つまり追求財を追求するのが人生です。
では現実的には、その理想の追求財はどのようにして見つけるべきでしょうか。
まずはお金をあまりかけなくても追求できるもののなかに見つけるのが理想だといいます。
読書や自分の身体一つでできる運動などが該当するでしょう。
もしくは逆に、とことんお金を注ぎ込まなければならないものを追求するという道もあります。
海外旅行や骨董品の収集などが挙げられます。
どちらがいいという話ではありません。
どちらにも価値があります。
多くはその中間に自分なりの「追求財」を見つけることになるでしょう。
私の場合で考えると、お金かけない方面としては図書館通いや散歩、かける方としてはやはり音楽でしょうか。
ギターもDTM機材も「沼」以外の何物でもないし(^_^;)
(ちなみに今はすごーくガマンしてかなりミニマムな機材で遊んでおります)
第2章 長くて短い人生、どう生きる?
「いま」をよりよく生きるために
毎日何かに没頭する、集中する、のめり込む、浸る……。
このような日々を送ることができれば、後悔することはないでしょう。
いわゆるフロー状態に入ることです。
ところがこのフロー状態を追求しすぎると不幸になりかねないと著者は警告します。
フローに入るにはその行動の難易度が重要になりますが、毎日同じことをやっていれば誰だって少しづつは上達します。
当然それには上限があります。
であればいつしかフローに入ることができなくなるのは必然になるでしょう。
もしくは飽きることだって大いにあります。
私も場合はこの「飽き」が大いなる敵です。
常に「飽き」には負け続ける人生でした……。
とはいっても、フローに入る状態までいにはいかなくても、毎日なにかに集中したり没頭したりする時間があることは大いに幸せなことだと思います。
第3章 自分の強味と弱味を知ろう
「ジョハリの窓」を使って自分を開く
ジョハリの窓とは自分を知るためのツールで、以下のようなマトリクスを用います。
横軸:自分にわかっている←→自分にわかっていない
縦軸:他人にわかっている↑↓他人にわかっていない
詳細はググってください。
これは他人とのコミュニケーションが自分を決定する大きな要素になっているということを表します。
非常に興味深いことに、ジョハリの窓の「AIとの関係性」も含めた拡張版を著者は作っていました。
自分と他人、そしてAIという3者の関係から自分を知ろうとする試みです。
これはここで詳細を完全に説明するのは難しいのですが、非常に面白い考え方だと思いました。
基本となるのは以下の考え方です。
AIという存在は自分ではない。
でも他人ともいい切れるだろうか。
AIが知っている(学習している)自分は、他人が知っているということとは意味が違うはず。
そして究極的には「機械の中に存在する神のみぞ知る領域]がある……
最後は非常に観念的ですが、昨今のAIの急速な発展、そして広がり続けるサイバー領域(もしかしたらもう人知の及ばぬ領域があるかも!?)のことを考えると、あながち間違いでも大げさでもない考え方なのではないかと思いました。
余談
そしてサイバースペースにコピーされた人格の哲学的な側面を描いた難解ハードSFが「順列都市」グレッグ・イーガンですが、ようやく読了したので近日レビューを公開予定です(^^)
おおっと、今回も長くなってしまったので、以下次号。
次はこの本でもっとも私が参考になった部分をご紹介します。
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