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読書感想文 「読書する人だけがたどり着ける場所」 齋藤孝 前編

はじめに:現代の「情報消費者」からの脱却


私たちが日々インターネットで文章を読むとき、それは真の意味での「読者」としての行為ではないのかもしれません。
齋藤孝氏は、ネット上の情報に接する私たちを「読者」ではなく「消費者」だと指摘しています。

インターネットでは、次々と新しい情報が流れ、深く潜ろうとすればクリックひとつで簡単に飛び回ることができます。
しかし、この消費行動の結果、得られるのは刹那的な満足感だけで、知識はバラバラのまま統合されません。

一方、読書とは、能動的に思考を深め、著者と対話し、知識を自分の中に取り込んでいく「教養を得るための創造的な行為」です。

齋藤氏の言う「教養」とは、雑学や豆知識のようなものではありません。
それは自分の中に取り込んで統合し、血肉となるような幅広い知識を指します。

この「知識を血肉にする教養」を獲得するために、読書を「受動的な消費」から「能動的な創造」へと変える具体的な方法論とはどのようなものでしょうか。



第1章:【戦略】読む前の「知識の偏り」をなくす読書デザイン


読書を創造的な行為に変えるためには、まず「何を、どう読むか」という戦略を立てる必要があると、著者は主張します。


1.ぼんやりとした「教養願望」を具体的な行動に変える


私は「幅広い教養のある人間になりたい」という願望をぼんやりと持っていますが、いざ本屋や図書館に行くと、つい自分の守備範囲内の本ばかり手に取ってしまいます。

つい先日、私の書評を集めたnote記事を作成したのですが、やはり大分偏っていることに気が付きました。

これでは知識の偏りは解消されません。

この偏りを打破するために、意図的に普段読まないジャンルの本と出合う機会を設計するべきだと著者は主張します。

私の実践として、図書館の返却本コーナーから普段なら選ばない本を選ぶようにしています。

ですがそれでもどうしても自分がいつも関心を持っている分野の本を手に取ることが多いのです。

そこで本書でも勧められている通り、普段はあまり関心がありませんが、ベストセラー本に手を伸ばすのもいいかもしれないと感じ始めています。
ベストセラーになっている本は、たとえ自分の守備範囲外であっても、多くの人の関心を惹きつけていることは間違いないからです。

これが一つ目の戦略となります。
自身の「好き」や「得意」から少しだけ離れた場所に、新しい知識の入り口を見つけ出したいのです。

2. 短期集中で知識を「面」で掴む2つの技術


知識を線ではなく「面」として立体的に捉えるための方法が二つ紹介されていました。

一つ目は「著者月間」です。

今月ある一人の著者に没頭し、その世界観や思考を集中して吸収すると決めるのです。

一人の著者の複数の著作を読むことで、その思想の核や変遷を深く理解できます。
翌月は別の著者を追いかけることで、時期をずらしながら知識を広げていくことが可能になります。
意識的に短期集中で著者を追いかけることは、多角的な視点を養う訓練になるでしょう。

二つ目は「1テーマ5冊読破」です。

あるテーマについて知識を得たい場合、続けて五冊ほど読むと、かなり深い知識が得られます。

このとき、完璧に理解しようと気負う必要はありません。
「八割忘れたっていいや」というくらい気楽に、まずは通しで読んでみるのがコツ。

そして、そのテーマの全体像を把握するために、図鑑や百科事典といった概論書も併せて活用すると、知識が整理され、定着しやすくなるとのことです。

3. 知的欲求を満たす「古典」の優先順位


「できるだけ一流のものに触れたい」と考えるなら、古典を読むのが最も確実です。
古典は時代や国境を超えて読み継がれてきたものであり、その普遍的な価値は保証されています。

古典には「難しい」「とっつきにくい」というイメージがありますが、その「もやもや感」も含めて読書の楽しみだと受け入れるのです。
すべてを理解できなくてもかまわないのです。

まず古典に触れるきっかけとして、「名言ピックアップ読み」が勧められていました。
名言部分だけを拾い読みして、その言葉の背景に関心を持ったら本文に戻るという読み方です。

そして、古典を読破した自分を自画自賛します。
くだらないことに見えますが、「この本を読んだ自分はかっこいい」と思えることは、読書の習慣化と知的欲求を満たす上で、とても重要な要素になります。

私もいろいろと本を読んできましたが、その中で「古典」と呼ばれるものをどれくらい読んだのかと聞かれると困ってしまいます。

「古典を読んでいない自分は恥ずかしい」
という気もしてきました。
ということで何か1冊、古典に手を出してみたいと思います。




第2章:【思考】読んでいる最中に「自分事化」する3つの回転術


知識を血肉に変える読書とは、受動的に活字を追うことではなく、頭の中で思考を回転させる行為です。


4. 「ハッ」とした部分に過去の経験を繋ぐ技術


思考を深める際にまず大切なのは、文章を「自分に引きつけて」考えることです。
ただ「なるほど、そういう意味か」と納得して終わらせてしまうのではなく、「これは自分の場合の何にあたるだろう?」「自分だったらどうだろう?」と問いかけるのです。

本を読んでいて「ハッ」とする瞬間は、必ず自分の経験と何らかのつながりがあるはず。
この貴重な気づきを放置せず、読み進めるうちに忘れてしまわないよう、必ずメモに残すことを著者は推奨しています。

私は最近、Obsidianで作成している読書メモに、「私見」の欄を設けて感想なり反論なりをすぐに書き込むようにしています。
さらにそこに「過去の経験」とのつながりも書くようにすると、もっと充実した読書メモになるでしょう。

読んだ内容を「自分事」として捉え直し、過去の行動や思考と結びつけることで、知識は定着し、すぐに活用できる知恵へと昇華します。


5. 思考を深く回転させる「ツッコミ」と「先読み」


読書中に思考力をフル回転させるための技術が二つあります。

一つは、著者の意見に対し、少し距離を保ちつつ「ツッコミを入れる」読み方です。

「本当にそうだろうか?」「この前提は正しいのか?」と批判的に読むことで、受動的な受け入れを避け、思考の深度が増します。

もう一つは、「先を予測しながら読む」ことです。

これは仮説思考に近いもので、「この論理展開だと次はこういう結論になるのではないか」と予測を立てながら読み進めます。
予測が当たれば達成感が得られ、外れればなぜ外れたのかを考えることで、より深く著者の思考を理解することができます。

読書と仮説の関係については、こちらの記事も参考になるでしょう。


ただし、批判的読解には注意が必要です。何でも斜めに読めば思考力が深まるわけではありません。
著者の思考や世界観をいったんは素直にそのまま受け入れることで、初めて得られる知識や見識も多くあります。


私の経験を振り返ってみるに、科学者や人文学者の書いた本は素直に受け入れ、経済人や自称文化人の書いた本は批判的に読む傾向があることに気づきました。

変な偏った思想に影響を受けないためには必要な態度ですが、度を過ぎると自分の読書の可能性を狭めることにもなりかねないため、素直に受け入れるべき領域も意識的に広げていきたいと思っています。



以下次号!



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